第4話 侵入者
シンが勉強を始めたのを見て、ナギウスは邪魔をしないように、また、自分の仕事に戻るべく、天井裏の自室へ転移した。
そこは、大きな青い水晶球―ダンジョンコア―が台座の上に鎮座しており、近くには小さなベッドが一つあるだけの殺風景な部屋である。
家妖精であるナギウスにとって、生物のような休息は本来必要ないのだが、実体を持って活動しているとどうしても人間の生活にも慣れてしまうのだ。
ポフン、とベッドに飛び込むと身体を横にしながらテレビを見るかのようにダンジョンコアに手をかざして操作し、迷宮内の映像を表示するナギウス。
そこには、たった1人で
「普通はこんな子は入ってきませんねぇ・・・・・・何か事情がありそうですが。少し様子を見ますです」
ナギウスはそのまま少女を見守り始めた。
侵入者の少女ミユは、名高いラウィーネルスタンの
盗賊集団に故郷の村ノルキスを襲われ、商店を営んでいた両親は殺された。自身は奴隷扱いで連れ去られたのが4日前である。移送中に荷馬車の故障が発生し、その機会に逃げ出したのが昨夜。雷雨の天候の中、夜霧に紛れて闇雲に走った結果、気がついたら朝靄の中にこの塔を見つけたのだ。
追っ手から逃げることだけを考え、助けを求めて扉を開けたのだが全然人の居る気配がない。それでも、これが何らかの見張り塔ならば衛士や騎士がいるのでは、と考えたミユは恐る恐る通路を進み始めた。
ミユがしばらく進むと、十字路が現れるがとりあえずそのまま真っ直ぐ進む。すると、前方に粘性の高い半透明の水の塊状のモノが現れる。天井から通路の真ん中に鼻水のように垂れてきたソレは、迷宮における基本のモンスター、スライムだ。ミユもそれくらいは知識として知ってはいたが、そもそも、装備も心構えも含めて戦う準備をしていない。
ミユは振り返って来た道を戻りだし、十字路まで差し掛かる。
しかし、前方から足音と話し声が聞こえ、シユは十字路を右に曲がって足音を立てないようにしつつも、とにかく前方へ急いだ。
やがて、通路は右に折れたが、ミユがそこを曲がってしばらく進むと、前方からガシャガシャという音と共に、2体のスケルトンがやって来た。
「ひぃっ!」
思わず声を上げしまい、立ち止まるミユ。
しかし、その右足は迷宮の罠を踏みつけたか、足下が通路幅一杯の正方形状に光り出し、次にはガクン、と下方に向かって床が両開きに開く。
「きゃぁああああああ!」
ミユはそのまま、真下へ落ちていくのであった。
ナギウスは少女が落とし穴のそばに来ると、念のため落とし穴内部の構造を変更し、穴の途中にハンモックを出現させた。迷宮内で直接、侵入者に手出しは出来ないが、罠の設定等を変えることは出来るのだ。特に、テレポーターを用いれば大抵の侵入者は排除出来る。
案の定、スケルトンが現れた事によって少女が落とし穴に填まる展開は予想どおりであった。問題は、このあとテレポーターで少女を助ける為にはこの居住区まで連れてくる必要がある事だ。流石にその点については、家妖精の独断では無く、
ナギウスはシンの元へ転移する事にした。
俺が魔法の勉強を始めて1時間程経った頃だろうか。
その頃、俺はナっちゃんこと家妖精ナギウスの凄さを思い知らされていた。
家妖精というモノは、結構何処にでも、それこそ建造物があれば自然発生するもので、築10年もすると自然と霊格が上がって人の前に姿を見せるようになるらしい。
そんな家妖精の中でもナっちゃんは有名で、書物に載る位に昔から存在しているらしいのだ。その為、通常の家妖精よりも様々な魔法が使えるらしい。
脳裏で「ナギウス一覧」と意識すると、目の前の空間に、俺にしか見えないように仮想ウインドウが開く。この辺はバーチャルゲームのようだ。そしてそこには、ナっちゃんと契約していると使える魔法の一覧がずらりと表示される。
灯り、洗浄、蒸留水、着火、消化、と言った生活に必要な魔法はもちろんのこと、道具製作、研磨、抽出、分析等の工作に必要な魔法、そして契約印一覧や霊体捜索、霊命体召喚等の魔法契約に必要な魔法等。
試しに灯りの魔法を使ってみようと思って実行してみると、無詠唱で卓上に灯りをともすことが出来た。呪文詠唱は基本的に、基本形として定められていない事象を霊命体に頼むときに口にするらしく、殆どの魔法は意思だけで発動出来る仕組みのようであった。
単なる灯りの魔法ではあるが、初めての魔法成功に俺が1人で感心していると、ナっちゃんが不意に現れた。
「シンの判断を仰ぎたい事があるのです」
「ナっちゃん、どうした?」
「一応、仮とは言え今の
ナっちゃんの説明によると、冒険者らしからぬ少女が侵入した事。流石に敵対者とは思えないが、保護するとなるとここへ連れてこなければならず、その判断を仰ぎたい、との事だ。また、その少女を追って盗賊らしき集団が入り込んでいるらしい。
全く迷宮に対応出来て居らず装備すらもない少女は、ナっちゃんが迷宮の罠を利用して一時的に保護しているらしい。ナっちゃんが俺の目の前に、空間にテレビでも付けるかのように映像を映し出す。落とし穴の中にハンモックを用意し、そこに横たわっている黒髪ショートな少女。たぶん、まだ15歳前後に見える。いかにも村人的な、簡素な短衣とミニスカートの服装で武器は持って居らず、体つきはまだ大人びていない、美少女と呼べる部類のルックスである。こんな娘が盗賊団に追われているとは、盗賊団許すまじ。
続いて迷宮内の別の場所の映像。そこには、スケルトンと戦っている男達が6人いる。どいつもこいつも人増が悪く、統一の取れていない薄汚れた皮鎧に身を包み、短剣や斧で武装している。少なくともこれで騎士ではないだろう。と言うか盗賊決定だな。こいつらが実は善人でしたって展開はまずないだろう。
迷宮1階と言う事もあり、2体のスケルトンを簡単に倒した盗賊団は、そのまま通路を進み始めた。
「これ、音は拾えないのかい?」
「その機能はついていないのです。音を拾っちゃうと監視中に五月蠅すぎます」
「なるほど。とりあえず女の子は保護しよう。こいつらは盗賊であれ冒険者であれ、ここに攻め込もうとしているなら排除だな」
「この子を助ければ色々と面倒な事になりそうですがいいのです?」
ナっちゃんの言うことはもっともだ。一時的な保護で済むのか、ずっと面倒を見なければならないのか。一時助けてもその後は放り出すとなれば、偽善でしかない。しかし、ずっと面倒を見る覚悟が今あるわけでも無い。
それでも俺は・・・・・・自分の目の前の出来事に目を瞑りたくは無いな。
「これでも元は公僕なんでね。偽善でも目の前の不幸は排除したいんだ」
「コウボク?」
「元の世界では役人をやってたんだよ。だから、盗賊行為は許せないんだ」
「判りましたです。女の子は客間に転移させますが、シンは近づかないでくださいです」
「まだ、俺、臭い?」
俺は身の回りをクンクン嗅ごうとするが、そう言えば嗅覚死んでるんだった・・・・・・
「湯浴みしてくれたおかげで大丈夫ですけど、そんなアンデッド姿でエナジードレイン持ちは少女の前に出るべきじゃないです」
それはそうだわな。
俺は後の処理をナっちゃんに任せて、再び勉強をする事にした。
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