第3話 魔法勉強の開始
「おおぅ・・・・・・!」
目の前に広がる部屋は左側と奥が一面の書棚。床から天井までびっしりと書棚が並び、色とりどりの背表紙の本がぎっしりと詰まっている。
右側には手前側にベッド、その奥に衝立のように書棚がこちらに面しており、さらにその影には大きな書斎机。8畳程の広さの、見るからに書斎部屋という感じだ。
続いて案内されたのは研究室。こちらは入り口以外の壁が全て棚が据え付けられており、様々な試験管や容器、何かの材料が所狭しと棚に並んでいる。12畳程の部屋の中央に作業台と椅子が置かれており、部屋の隅には長櫃が二つ並べられていた。
「ここでは調合や合成による実験や製作が出来ます。完成した薬や道具は奥の長櫃にしまってありますです」
次に案内されたのは作業場。12畳程の広さの中央にお椀を伏せたような巨大な高炉があり、金床や水槽が周囲に配置してある。四方の壁際には鉱石やインゴットが積み上げられており、一部には木材もあるようだ。一方の壁際の棚には金槌や大きなペンチのような物、のこぎりやカンナなどの道具類が並べられ、反対側の壁の棚には幾つかの剣が無造作に置かれていた。
「ここは主に鍛冶仕事をする所です。杖の作成で木工仕事をする時は、研究室の作業台を使って貰います。シンが今持っている杖はルス爺が使っていた“ドリュアネーの杖”で、かなり優れた物なので、早々自作することになるとは思いませんのです。ただし、いずれの素材も、家妖精の力で集めることは出来ません。シンが力を付けたら、自力で迷宮内を集めて回らないとならないです」
その他、客間、台所、トイレ、洗面所、シャワー室と言った設備を案内された。異世界なのに、トイレは地球の洋式である。他の水回りも地球で見るような配管なのは予想外だ。
「この世界全体で水回りってこんな感じなのか?」
「全然違いますです。もっと原始的です。これらの設備は、異世界から伝わってきたものを家妖精ネットワークで情報収集した結果です。高位の魔法使いや一部の王族くらいしかまだ使っていないと思うです」
なるほど。俺にとっては好都合で良かったが、あれ? 何か引っかかる。ナっちゃんは普段どこに居るの?
「ナっちゃんの部屋は?」
「家妖精に部屋は必要ありませんが、強いて言えばここの天井裏です」
「天井裏?」
「天井裏にはダンジョンコアと呼ばれる
「ダンジョンコアって何するの? 大事な物?」
「ダンジョンから得られる魔素を集めてポイント化しています。これを操作すると、ダンジョンを自由に作り替えたり出来ます。ここの設備もダンジョンコアから生み出したものですし。ただし、大きな事しか出来ませんので、素材や道具類は自力で集めるしかないのです。そういった物が必要な場合はシンにお願いする事になるです。加工は、ある程度の物はナっちゃんが出来るのです」
何気にナっちゃんのスペック高いな。たまに語尾がデスデスおかしいが。良い子じゃなかったらデス子と呼ぶところだ。
「案内はとりあえず以上です。早速ですが、湯浴みをお願いします。着替えのローブは用意しておきますです」
俺は言われるまま、シャワー室で身体を洗うことになった。
ローブを脱いだ俺は素っ裸。この身体は下着も着けていなかった。ラウィーネルスタンがそういう趣味なのか、この世界全体に下着の概念が無いのかは判らない。骨と皮に申し訳程度の筋肉がついているような、がりがりに痩せた老人のような身体。これ、アンデッドじゃなかったら間違いなく床ずれとかで身体壊してるな。
股間は・・・・・・元の自分と比べても正直、比較出来ない。少なくとも通常時は小さい。この身体じゃおそらく元気になることもないだろう。早くアンデッド脱出しなければ。
シャワーのお湯を出すと正直言って温い。温いと言うか寒い! 水じゃないだけマシって感じだ。
シャワーを浴びながら、固形石けんがあったのでそれで身体を擦る。その時に気がついたのだが、よく見るとあちこちに、何かのシンボルの様な入れ墨が入っている。ラウィーネルスタンの肌は元々浅黒だったのか、アンデッドの土気色でも肌色が濃い中で、黒っぽい色の入れ墨が身体のあちこちにあったのだ。
「湯加減はどうですか? 着替えのローブを置いておきますね」
ドア外にナっちゃんが来たので聞いてみる事にする。
「正直、お湯は温いな。もっと熱くはならないんだろうか? それと、この世界では下着ってないのかな? この身体はローブしか着ていなかったみたいだけど」
「やはりそうですか。これでもかなり熱めなんですけど、これ以上は熱く出来ません。身体がアンデッドなので熱を感じるのも少ないらしいんです。ルス爺の話ですと溶岩に浸かっても平気らしいです。だったらディオネル火山で噴火口に毎晩浸かりやがれと言ったんですが、やってくれませんでしたです」
「・・・・・・」
そりゃ、そうだろうなぁ。ちょっとそれは危険だろうに。しかし、それでか。触覚が元の半分程度ってことは、温度も感じにくい訳だ。ラウィーネルスタンはそれで風呂嫌いになったのかも知れないな。
「下着は、一応ありますです。ルス爺は好みませんでしたが、パンツがあります。人によって履く人と履かない人、履く場合は紐状のものからお尻全体を包むものまであります」
紐状ってなんだよっ!
「それなら、普通のものを用意して欲しいな。それってどうやって用意してるの?」
「全部ナっちゃんの手作りです」
「ナっちゃん、すげえなっ!」
細かなものはダンジョンでは用意出来ないが素材さえあればナっちゃんが加工するってこういうことか。なんてハイスペックな家妖精だ!
驚愕と感心も束の間、俺はもう一点確認すべき事を思い出して聞いてみた。
「身体に何かのシンボルのような入れ墨があるんだがこれが何か知ってる?」
「それは魔法に関する事なので、湯浴みが済んだら説明しますね」
ナっちゃんのその説明に俺は取りあえず了解し、湯浴みを済ませて書斎に向かう。書斎机の椅子に腰掛けると、ナっちゃんが先程の質問について答え始めてくれた。
「この世界では霊命体と契約を交わす事によって、身体にシンボルが刻まれます。そうして初めて魔法が使えるようになるのです。一般には肉体にシンボルを刻む通常の契約と、魂にシンボルを刻む魂契約とがあるです」
「魂契約はルス爺のように霊命体になろうとする者が行うのですが、初心者がこれをやると霊命体に身体を乗っ取られる事があるので普通はやりません。普通は、精霊を呼び出して話し合いで契約し、身体にシンボルが刻まれるやり方です。相手によっては、一度戦ったりする必要があります」
「例えば、その身体には家妖精のナっちゃんとの契約シンボルもあるはずです。なので、ナっちゃんの力を元に、生活に関する魔法が使えるはずです」
ナっちゃんはそう言いながら、書棚から一冊の本を取り出した。
「シンがナっちゃんの言葉やこの世界の文字が読めるのも契約魔法のおかげです。その身体を捨てて新たな身体を作るときには、契約が皆やり直しになるので、それまでにこっちの言語については覚えておく必要があるです。この本から読み始めると、その辺が覚えられると思いますです」
その本は、黄色い装丁で「霊命体図鑑」と書いてあった。
めくってみると、様々な精霊等のシンボルとその相手の名前が並んでおり、途中からはそれぞれの霊命体の説明や使えるようになる魔法の説明などが並んでいる。
「それを読んだら次はこっちです」
ナっちゃんが青い装丁の本を机に置く。
「魔術初級入門」とかかれたその本は、今度は呪文の種類が書かれている。
目次には系統別、難易度別に魔法の名称が並んでおり、個別のページには、“この魔法を使うには○○と契約が必要”と言うように記載されている。また、魔力消費量については数字的なものは書かれていなかった。
「早く読んで真っ当な人間の身体になってくれないと、家妖精としてお世話のし甲斐がありません。ルス爺はダメでしたがシンには期待してるです」
こちらとしても望むところだ。とりあえずはこの2冊を読むことにして、俺は魔法の勉強を開始した。
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