カランとパキリ
昔から氷が好きだった。
一口に氷と言っても南極大陸からはぐれた氷塊から、ふんわりこんもりと積まれたかき氷のてっぺんにちりちりと鎮座する結晶まで様々なのであるが、特に好きなのは家庭用製氷機で作られた、台形の氷である。
思い出による強力な後押しがあることは重々承知、しかしあれが好きだという人が多いこともまた事実である。不純物、多くは水に含まれていた気体であるが、それを取り除くことなく作った氷は台形の内、真ん中から上の部分が白くくすんだりして、跳び箱のように見えなくもない。小型でかわいらしい。
グラスにカランカランと幾つか投げ込み、上から然程冷えてもないジュースを注ぐと、ぱきぱきという歯切れのいい音を立てて亀裂を生む。それでも二つに別れたり粉々に砕けたりしないところが甲斐甲斐しくていとおしい。
程よく冷えたアイスコーヒーの中に慎重に落とすと、今述べたような決定的な衝撃は走らずじりじりきゅるきゅると身を縮めている。その身の回りのアイスコーヒーの色は段々と薄まっていて、恐縮してまたどんどんと身を縮めていくように見える。ちんまりとした佇まいに心打たれる。
製氷機から取り出してそのまま口に含んでもよい。その時に気を付けるべきは口蓋への付着である。詳しい理屈は分からないが、かっちりと凍りつき全く融け出していない氷は、口内の唾液と触れ合った瞬間に口蓋へ張り付く。今までの可憐さはどこへやら、口内という非常にプライベートな空間で見せる豹変に戸惑わずにいられないが、それもまたじゃれ合いの範疇。
氷愛好家(余り見当たらないが潜在している)の中で多く取りざたされるのが、飲食店を利用するときの氷である。一番ポイントが低いのはファストフード店で見られる小石ほどの氷を敷き詰めるタイプである。一面が真っ白であれではコントラストの妙も何もあったものではない。口に含んだ時の物足りなさと纏まりのなさもよろしくない。
次にドリンクバーなどで見られる上から掘削され、中心まで空気のつららが下りている様に見えるタイプである。あれは凍結までの時間を少しでも短く、というコンセプトに基づいて作られている。その余裕のなさがマイナスポイントである。しかし中心がないため不純物が凝固せず、店の氷は透明度が高い。それは評価出来る。
バーなどで使われる氷は非常に得点が高い。特にウィスキーのロックを頼むと偶に出てくる球の氷など初めて見た時にはあまりに感動したもので、無理を言ってチェイサーにもその氷を突っ込んでもらったものである。水晶占いをされるより、この真球氷に手をかざしてもらった方が私にとってはありがたい。なんだかよく分からないがそれくらい好きなのである。家で楽しむために真球氷の製作キットを買ったりもした。
しかしながらやはり子供の頃から親しんだあの台形の氷には適わない。何せ口に含めないのは氷としてあるまじき失態である。見た目を優先するあまり本分を見失った嘆かわしい例である。
氷は陽光にも非常に合う。良く晴れた日、周りの安全を確認してから氷を高く放り投げる。きらりと一瞬光ってなんだか太陽を含んだ様になって大変美しい。しかし地面に叩きつけて砕いてしまっては愛好家失格である。氷は自らの口で味わってこそなのだから。
スウェーデンには氷で出来たホテルがあると聞いたが、果たしてそこには製氷機がついているのだろうか。口に含めなければ何の意味もないのだ。
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