予測変換採用試験(日本支社)へようこそ。
先日友人とラインしていた時、「阿弖流為の~」と書いて寄越してきたのでなんだこの漢字はと思い、調べてみるとあの蝦夷を守ったアテルイの漢字表記らしい。わざわざ漢字に直したのか……と少し引いてしまったのだがそのままスマホで、あてるい、と打ってみると予測変換で出てきたため己の無知を恥じたのであった。ならば同じ蝦夷の方面でシャクシャインはどうかと打ってみると漢字が出てこないので予測変換採用試験の基準が分からなくなってしまった。
そうして思いついたことがあった。予測変換がどのようにして行われているか、私には分からないがぜひこんなふうに行われていて欲しい。
「皆さん、歴史の世界や宇宙の果てなどから遠路遥々、よくお越しくださいました。不肖私、キーボードが説明を担当させていただきます。今から皆様にはわが社の採用試験の受験をしていただきますが、諸注意がございますのでお聞き下さい。」
「先ず皆様には『ひらがな着用』でのご来場をお願いしておりますが、その通りにお越しいただいているでしょうか。漢字、カタカナで来場してしまった方も選考には参加していただけますが、もしも今可能であれば着替えていただいた方がいいかと存じます。」
「選考結果は各面接官の一存に依りますので、一目見て落選ということも当然ありえますから我々としても「ひらがな着用」による受験を推奨しております……そうですね、食品カテゴリにいらっしゃる「パプリカ」さんもまず「ぱぷりか」に直していただいて。下着カテゴリにいらっしゃる「パンツ」さんも是非「ぱんつ」で臨んでください。」
「ここでの選考基準は皆様ご存知かと思いますが今一度確認いたします。『使い所がある』という一点のみです。これこそ我々の求める唯一の人材像であり、酷なことを言えばこれをクリアしなければ、深遠なる宇宙の真理に関する言葉の方であっても落選となりますのでご理解ください。皆様には面接室へ入室後、自己アピールによって自分の有用性を存分にアピールしていただきます。カテゴリ、グループごとの集団面接になりますので各人の持ち時間が同一にならないこともあります。ご了承ください。」
「それではまず歴史カテゴリの皆さん面接室の前までどうぞ……はい、それでは入室後に自己紹介とアピールをするということをお忘れなく。今回は「蝦夷」グループの皆さんですね、頑張ってください。」
面接室の扉をノックをした言葉に続いて二つの言葉が入室した。それらは前から「あてるい」「もれ」「しゃくしゃいん」と読めた。面接官の様子はうかがえないが、複数人いるようである。
「あてるい、と申します。平安時代に蝦夷に君臨した指導者で、朝廷軍を退けた実績があります。更に最期には初代征夷大将軍、坂上田村麻呂に倒されたという伝説をも保有しています。しかし文献の不足故、どうにも存在があやふやになっているのですが、そこも伝説として名を残していくのに必要な要素かなと考えております。ぜひカタカナのみならず漢字まで賜ることが出来ればと考えています。よろしくお願いします。」
「もれ、です。先のあてるいの同期で共に坂上田村麻呂と戦った実績を保有しています。最後は共に処刑されたということで二人まとめて採用することも視野に入れていただきたいなと存じます。ぜひよしなに。」
「しゃくしゃいん、です。江戸時代前期にアイヌを率いて蜂起し、松前藩と大きな戦いを行う際、指導者的立場におり、精神的支柱でした。最終的には松前藩に謀殺されてしまったのですがアイヌを語る上で欠かせない人物として教科書にも載るべき名だと自負しております。なにとぞよろしくお願いします。」
面接官はそれぞれの話に耳を傾けてメモを取っていたが全員に同じ質問を投げていく。どういった場面で変換されると思うか、特に希望の変換場所はあるか、など質問は多岐に亘った。そして最後の質問は「希望のカタカナ、漢字はありますか」というものだった。
「阿弖流為、を希望していますがアテルイ、でも構いません。」
「母礼かモレどっちかがいいです。」
「沙牟奢允を強く希望します。」
こうして歴史カテゴリ蝦夷グループの採用試験は終了した。受験者の退室後、面接官たちはその印象を語らう。
あてるい君良かったね
僕もそう思います。伝説として名を残すなんてなかなか言えませんよ。実績も十分ですし
しゃくしゃいん君も捨てがたい。教科書のことまで考えると……
漢字を強く希望していたのが引っかかる。允という感じは先日「木戸孝允」君を採用した際に使ってしまっているから避けたいとこだが。
あてるい君の「弖」、なんかはほとんど使われないからいいね。
彼を採用すれば「弖」と言う字が「阿弖流為の弖」として紹介しやすくなる。
あてるい君は当確かな、本人の希望通り漢字で「阿弖流為」として迎え入れよう。
しゃくしゃいん君はどうしましょう?
少しぎこちなかったが悪くなかったと思う。
彼も欲しいが漢字では少し厳しい。「シャクシャイン」で是非入社してくれるよう口説いてみるのが良いだろう。
漢字よりもカタカナの方が彼の良さが出ている気もしますしね。
そうだな、漢字では荒々しさが足りない気がする。
どなたか、もれ君の評価もしてあげましょう(笑
うーん……
力不足が否めないよね。
阿弖流為君ありきの存在というアピールなのも減点だな。
しかも同じ「もれ」には動詞、名詞カテゴリで「漏れ」や「洩れ」が既に活躍していると来た。
採用の芽はありませんかね。
まぁカタカナとして末席にでも縋りつきたいというなら入れてやらないことはない。
そうしましょうか。では阿弖流為、シャクシャインは合格ということで。
今回はすんなりだったな
阿弖流為くん、シャクシャインくんがこれからたくさん変換されるよう祈っておこう。
そうですね。お疲れ様でした。
お疲れ。
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