せっかく旅行のすすめ
日本人に趣味を尋ねた時、大抵挙げられるものに読書と旅行がある。日本人に限定せずともこの両者は挙げられそうな気がするのだが、なにせ外国人と趣味の話をした経験が殆どないので分からない。
フランスに旅行した時、リヨンの駅で現地の学生に話しかけられことがあり、彼曰く自分は熱心なジャパニーズアニメーションのファンでオタクトークをしたいのだけど周りにアニメへの造詣が深い友達がおらず出来ない。そんな折たまたま歩いていた日本人らしき私を捕まえたのだという。電車が来るまで暇を持て余していたこともあり、私たちはフランスで小一時間日本のアニメについて語り合った。どうせNARUTOしか(フランスではNARUTOが一番人気なのだ)見ていないだろうとタカをくくっていたら、私の知らないロボットアニメの名前まで飛び出してきて驚いた。我々は国を超えた絆を結び、メールアドレスを交換して別れた。
このように趣味と言うのは人を繋ぐ性質が強く、その点で言うと読書より旅行の方が圧倒的に上だと思う。膨大な書籍の中で同じものを読んでいるというのは今日では珍しいし、読書体験による感動や面白さをそのまま伝えられる人は少ない。というかそのままを伝えられるのであればもはや編集者にでもなるべき逸材である。ところが旅行はその面白さを伝えることが容易い。なにせ今や人の旅行記録は携帯電話の中に全て写真として収まっており、その視覚的情報が説明に果たす役割は非常に大きいからである。人は「すごかった」だの「綺麗だった」だのという感動を口で補足すればいいだけなのだ。それが今のSNSに跋扈するタグ付け文化に繋がっている気がする。
日本人は(また外国を知らずにこの主語を用いることを許して欲しい)旅行好きである。学生の時分から遠足や修学旅行によって旅行に慣らされ、長期休み、卒業の記念、結婚の記念、いろいろなことに託けて旅行しようとする。もはやさしたる理由もなく旅行することもあり、近頃は週末に東アジア地域を巡るツアーが流行したとも聞く。
かくして国民的趣味ともいえる旅行だが、旅行にもいくつか種類がある。以下は一人旅ではなく誰かを同伴しての旅行を想定している。
それは「場所に行く旅行」と「目的のために行く旅行」である。ここの食い違いは旅行中の破綻を招く恐れがあるため最初にはっきりさせておく方が良い。何より恐ろしいのは、どんなに気の合う友人や家族であってもこれら「旅行観」と言うべきものは違っていることがあり、おいそれとすり合わせることが出来ないということだ。
多くの人は今まで数えきれないくらい旅行してきたと思うが、同行者が折角旅行に来たのにダラダラとして、どこへ行っても情趣を解さずにいることに苛立った経験はないだろうか。
若しくは反対に、折角旅行に来たというのに朝早くから普段と変わらぬ時間にたたき起こされて訳も分からぬまま多くに連れまわされて苛々とした経験はないだろうか。
これらは「せっかく現象」と言われる現象で、旅行観の違いから生ずる悲劇なのである。
「せっかく旅行に来たのだから色々なものを見て回りたい」と「せっかく旅行に来たのだからのんびり土地を楽しみたい」という二つの相反する希望のぶつかり合いはせっかくの旅行を台無しにしてしまうことが多々ある。私などは後者よりの嗜好なので、日中は宿でゴロゴロとして夜にふらりと町に降りるような一日が組み込まれたゆとりある旅程が好きなのであるが、こうした人間がせっかくだから多くを見たいと思う人と旅行に行くと亀裂が走る。
救いがあるのは中人数の旅行で自分のような人間が一人きりだった、と言うような場合で、それなら今回は相手方に合わせようという気にもなるのだが、これが半々くらいの比率になると大きく議論が巻き起こり上手くいかなくなってしまう。旅行中の雰囲気の悪化は恐ろしい。後々の関係にまで影響を及ぼしかねないので、旅行前には一度相手を試してみるべきだ。旅程を練る時に一度言ってみよう、「せっかくなら―」と。続きは相手に促し、合わないのであれば自分が合わせる覚悟をするべきなのかもしれない。
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