階段道200万段の教祖
そういえば、今まで一体何段の階段を上ってきたのだろう。
大学の教室へ向かう階段の上でふと、そんなことを考えた。急に立ち止まった私を迷惑そうに見遣り、利発そうな学生が上階へと進んでいく。ちょうど足長ほどしかないステップに足をかけ、ぐいと伸びるように足を踏み込む。するにも見るにも慣れたこの動作を22年間にどれほど行ったというのだろうか。考え始めるとどうにも足元が覚束ないような気になる。私は足元をしっかりと確かめ、一つ一つのステップを確かめるように歩いた。
子供の頃にステップの数を数えながら階段を上ったことはないだろうか。駅、歩道橋、学校、マンション。それが100を超えたりだとか、キリの良い数字だったりすると嬉しくて、通るたびに数えてはその小さな奇跡を喜んだ。しかし何故か下るときに数えた記憶はあまりない。それは階段を駆け降りることが多かったためでもあり、最後の数段を一足に飛び越えるのが日課だったためでもある。子供の足では一足に階段を上ることは出来ず、そのもどかしさを紛らわすために数を数えていたのかもしれない。
さて、私が今まで何段の階段を上ったのか、ということである。これを調べ、「階段道」の開祖となることが今回の目的である。
インターネットの検索窓で調べようにも検索ワードをなんと書くべきか分からない。「階段 1日 何段」と打ち込んでも階段昇降によるダイエット法などに阻まれ、思うページに辿り着けない。私が階段にノスタルジーとロマンを感じ、こうして懸命に調べている一方で、世の人は階段をまるで脂肪燃焼を目的とした「ふいご」のように踏みしめていることに悔しさを感じないでもないが、研究を完遂すれば世の階段を見る目、踏む足も変わるに違いない。
フェルミ推定なる方法が果たしてこの場合に当該するものかはよく分からないが、手掛かりがない以上推定するしかない。私の住むアパートの階段は全部で34段であった。最上階に住んでいる私は総じて1日に2回、この階段を上るため、最低でも日に68段は上っていることになる。だが階段はそれだけでない。先に述べたように学校でも上るし、街へ出掛ければ恐らくもっとたくさんのステップを踏みつけているだろう。高校生だった頃は部活で毎日のように階段を走らされていたが、今はエスカレーターに依る上下移動が一般で、階段を素直に上ることは少ない。というかエスカレーターは階段昇降に入るのだろうか、エスカレーターを歩く場合はどうなのだろう。
考えているうちに分からなくなってきた。そこで私は1週間に上ったステップを実際に数えることにした。やはり理論より実践、案ずるより産むが易い。道を拓くためには地道な一歩一歩が必要不可欠なのだ。結局エスカレーターは階段と認めない方向で固まり、私が1週間に踏んだステップは凡そ1800段であった。家から全く出ない日も、反対に数日外に出ているときもあったがこれで勘弁していただきたい。上で見るにもするにも慣れた動作だと述べたが、私と言えど研究者としての本分を忘れ、何の気なしに階段を上りきり、後から数えなおすことも多々あった。それでもこれを元に調べを進めていく。
週に1800段の階段を上る私が22年間でいくつ階段を上ってきたか。さしもの私も生まれた日から階段昇降をしていたわけではないが、便宜上0歳から上っていたとすると(高校の頃無駄に駆け上ったステップの数で相殺されるものと信じているのだが)
1800段×1156週=2080800段
となり、私は既に200万段を上ったことがわかった。ステップ一段の高さのことを蹴上と呼ぶが、蹴上は大体20センチだとすれば、
2080800段×0.2m=416160m=416km
となる。高さが416kmというのはイマイチ分かりづらいのだが、上空100kmから宇宙とするらしく、400kmというのはそのはるか上、国際宇宙ステーション(390km)より高いのである。私は22年間で国際宇宙ステーションほどの高さまで上り詰めたことになる。これは大変なことであって、人類が20万年かけて辿り着いたその高度に22年で達してしまったのであるからして大躍進だと言える。ここまで考え至ってなぜかレッド・ツェッペリンの「天国への階段」という大変有名な曲を想起した。天国がどこにあるのかは分からないが、おそらく私が辿り着いた場所よりもう少し上であると思われるのでジミーペイジは非常に苦労して上ることになるだろう。
余りに稚拙ではあるが一応計算出来たので、私は200万段の階段を上った男と名乗ることが出来よう。かくして私は「階段道200万段」の段位を得ることとなる。
「階段道200万段」となった私は、翌日すぐ友人にその旨を報告した。なにせ自分の知人から階段道の開祖が出たのだから驚くのは当然であり、また懸命な拍手も送られ、握手を求められるであろう。そう考えていたのだが思いの他、反応は鈍くがっかりさせられた。そして極め付けとばかりに不躾にも
「俺お前の1歳上だから『階段道220万段』ってことでいいの」
とのたまったのである。良いわけがない。開祖より段位の高い入門生がいてたまるものか。私はこの友人を階段道から破門し、初段からやり直しを命じた。
しかしこの問題は大いに付き纏う。先の計算に則ると80年生きた御老輩は私のはるか4倍、800万段を踏破している可能性すらあるのだ。階段道においては「多く上った方がエライ」という価値観なので、開祖の立場が危うくなってしまう。私が考え出した階段道なのに、私よりエライ者が日本にはざっと8000万人ほどいる。これをどうしたものか。私は悩んでいる。
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