戦__其ノ弍





先に動いたのは上泉信綱。

神速の袈裟斬りである。


「だぁぁぁ」


一刀斎は居合でそれを受け止めると強く弾き、すぐさま瓶割刀を横に薙ぐ。


信綱は後ろに飛ぶ。


「一刀流と新陰流、どちらが強いか白黒させようぞ!無精髭の野獣男よ!」


信綱の怒鳴り声が響く。


「師匠を愚弄するなら、この神子上典膳、お主を切って捨ててやろうぞ!」


一刀斎の高弟である典膳は頭の血管が浮き上がるほど怒っている。


「やめておけ、典膳。景久(一刀斎)の顔を見よ」


そう諭すのは典膳の兄弟子の小野善鬼。

一刀流の跡継ぎ争いで典膳に敗れ、生涯を閉じた男である。

だが、彼の典膳を見る目には憎悪はない。

親が子を見るような目をしている。

不思議なものである。


*神子上典膳(小野忠明)Wikipedia

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E5%BF%A0%E6%98%8E



*小野善鬼Wikipedia

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E5%B0%8F%E9%87%8E%E5%96%84%E9%AC%BC



「一刀流が強かろうと弱かろうとどうでもいい。わしはお主をこの手できりたい。それでだけじゃ」


「ふっ、それでこそ剣聖・伊藤一刀斎景久」


信綱は、陣刀を大上段に取った。


一刀斎はそれを見て、瓶割刀を平青眼にとった。


信綱の顔には薄笑いがある。

強い敵と戦っていることを心から喜んでいるのだろう。


一方、一刀斎の顔には球のような汗がある。

本気で緊張している。


この心の余裕の差が勝負を決した。



先に出たのは一刀斎。

平青眼を崩さずに信綱に駆け寄り、瓶割刀を左に払った。


信綱はそれに動じず、体を反転させてよけ、柄頭を一刀斎の頭に振り下ろした。


「ぐっ」


一刀斎は頭を抑え、片膝を着いた。

信綱はその隙をついて左手で脇差を抜き放ち、一刀斎の首筋に当てた。

気がつかない間に陣刀は地面に捨て、瓶割刀を持っている。


「いつの間に……」


「神速で腕を動かす技術・神速手。この剣界でこの技を使えるのはわしと勢源と自斎くらいじゃ。慢心したな、一刀斎」


「不覚………」



第一試合は卜伝派の勝利に終わった。







すると、偽の武蔵が口を開いた。


「次、鐘捲自斎!」


「はっ!」


自斎が出てくる。


「次、こちらはっ!伝鬼房、いけるか?」


「勿論!」


伝鬼房が鞘を抑えて立ち上がった。


茶色味がかった髪の毛に紅の着流しといった洒落た侍であるが、腕は一流。


「斎藤。手加減はせんぞ」


「無論」


自斎が小太刀を抜きはなった。

伝鬼房は柄を握る。


「「尋常にっ、勝負!!」」










「待てぇぇぇい!」


二つの怒鳴り声が剣界に響いた。


伝鬼房と自斎が静止する。


走って現れたのは………





失踪した足利義輝と柳生宗厳であった。


「菊!雪舟斎殿!」


武蔵が2人の元に駆け寄る。


「おぉ、若!」


「宗矩様と三厳の犯人は突き止めたか!」


「はい。」


宗厳の返事が響く。


「若と別れた後、雪舟斎の長男の子・尾張柳生こと柳生兵庫の元へ行ったのですが、3人の覆面の男に囲まれ、息耐えておりました。その3人の内を2人を斬り、もう一人を拷問にかけたところ、狂気を持ったお方に頼まれた……と。そして、名は、斎藤伝鬼房、だと」


「何を言っておられる、それがし、武蔵様の為、ここに立っておるではないか」


伝鬼房の戸惑いの声が聞こえる。


「お初、という女子を知っているだろう」


「………」


「女ながらに剣客で、お主が将来を誓った女であるな。そのお初は、柳生宗矩に立ち合いを希望し、敗れた後に自ら腹を十文字に掻き切った」


「だ、黙れ」


「黙らん。そこからお主は酒と薬に溺れ、修羅と化し、柳生一族に復讐を企てた。最初が宗矩。十兵衛。兵庫。最後に祖である宗厳。違うか」


「…………………ひっ、ばれたもんは仕方がねぇな。だが、違うこともある」


「なんだと?」


「俺は初のために命かけるほどいいやつじゃねぇ。初が死んで酒と薬に溺れたのは事実だけどよぉ、そのあと、あっちの武蔵さんに誘われたら、卜伝よりも甘い蜜吸えそうだったんだよ。だから見限っただけ」


「貴様ぁぁ!」


胤栄が手に持った十文字槍の切っ先を伝鬼房の喉に当てた。


「爺い、やんのか?」


伝鬼房の薄ら笑いが胤栄の怒りを焚きつける。




「やめぃ!」

武蔵の叫び声が響く。


「伝鬼房、あちら側に加われ!そして、菊!お主が自斎を!」


「おう、いいぜ」


「承知仕った」







義輝が自斎の前に立った。


「決着をつけたかったぞ、足利義輝よ」


「やつがれも」


義輝は佩刀・大般若を抜いた。

自斎は小太刀の鞘を握る。


「義輝。怖気づくなよ」


「ふっ、笑止千万」


「くっくっ」


自斎は不敵な笑みを浮かべながら地を蹴り、居合の初太刀で義輝の首を狙った。

しかし自斎の小太刀は空を斬り、胸がお留守になる。


間一髪で初太刀を避けた義輝は神速で自斎の胸を突いた。


しかし、義輝の大般若は途中で止まる。


自斎が小太刀の鞘を大般若にあつがえて凌いでいた。





「神業じゃ……」


武蔵も感嘆の声を漏らすしかない。


「鐘捲自斎、見ぬうちに強くなりましたな。義輝に引けを取っていない。ましてや、優勢ですな」


卜伝も少し感心しているようだ。


「お二人とも、何を言われますか。大樹も自斎相手に引けなど取っておられません」


宗厳は二人に言う。


「なぜか、見ていて楽しいのう」


信綱が締めくくった。







義輝は大般若を自斎の鞘から引き抜いた。


「驚きじゃ」


「何が?」


「弟子にあっけなくやられる腰抜けの鐘捲自斎がここまでやれるようになるとは」


「……何をっ?」


「剣をとらせても、軍略や政略を働かせてもそこそこ。そんな男が、剣においてはマシになったようじゃの」


「貴様………言わせておけばぁ」


自斎は腰帯に鞘を戻しつつ、手に持った小太刀を横に薙いだ。


義輝の頬に一筋の鮮血が見える。

なぜか義輝は薄笑いを浮かべている。


「見切ったぞ……自斎!」


「ふっ、戯れごっ!」


自斎が言葉を言い終える前に義輝が脇差を自斎に投げつけていた。


自斎は間一髪でよけたが、そこに隙が生じた。



大般若が走り、自斎に袈裟を一太刀、二太刀。

そして上段からの鬼神の如し振り下ろしを一太刀。


自斎は6つに分かれかけ、倒れた。



「無念……」


そう呟き、息絶えた。




二試合目も卜伝派が勝利した。


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