第二幕
戦__其ノ壱
「若、鐘捲自斎から書状が届いておりまするぞ」
宮本武蔵にそう声をかけるのは宝蔵院胤栄。
宝蔵院流槍術の開祖で、最強の槍使いである。
上泉信綱の弟子でもある。
*宝蔵院胤栄Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%83%A4%E6%A0%84
「なんの内容やら」
そう小首をかしげるのは斎藤伝鬼房。
失踪したと思われていたが、実際には廻国修行を行っていただけであった卜伝の弟子である。
*斎藤伝鬼房Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%96%8E%E8%97%A4%E4%BC%9D%E9%AC%BC%E6%88%BF
300年ほど前、武蔵が上泉信綱から血刀を分けてもらい、一ノ太刀を習得してから150年ほど後、この胤栄と柳生宗厳、そして伝鬼房が武蔵と義輝一行に出会ってからというもの、二人は武蔵につきっきりで守ってくれている。
「若、大樹」
そう声を掛けたのは柳生宗厳。
上泉信綱の弟子で『剣聖』とも呼び声高い男であるとともに、柳生十兵衛の祖父でもある。
号は雪舟斎である。
宝蔵院胤栄と斎藤伝鬼房を連れている。
*柳生宗厳Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B3%E7%94%9F%E5%AE%97%E5%8E%B3
「これはこれは、雪舟斎殿。いかがなされた。怖い顔をなさって」
「………実は、何日か前に子の柳生宗矩に会いに行ったのですが……」
「宗矩殿が?どうなされましたか?」
「四方八方から槍で突かれ、息絶えておったのです……それに、十兵衛までもが……同じ状況で」
宗厳の目から涙が一粒流れ落ちる。
「何ですと??一体誰が?」
「見当がつきませぬが、落剣の寄せ集め足軽隊に囲まれたとしか……」
すると、伝鬼房が口を開いた。
「雪舟斎殿は勿論、宗矩殿、三厳(十兵衛)殿も卜伝派の中心人物。勢源派が刺客を放ったのでは……」
「よし、やつがれが調べましょう。」
義輝が口を開いた。
「何を言われるのですか。大樹は若をお守りする役目があるはず」
宗厳が反応する。
「やつがれは師卜伝より傘下の剣客たちの安全確保の役割も任されておりまする。それに、宗矩殿が剣界に降り立った時、初めて会ったのはやつがれで、それから大切な相手でござる。その相手を大切にするのは必然」
「なら、我ら二人が若のお命を守りましょうぞ」
胤栄が微笑んだ。
伝鬼房も頷く。
「……なら、大樹、よろしくお頼み申す」
「しかと承った。胤栄殿、伝鬼房。頼みましたぞ」
「「勿論」」
それ以来、義輝と宗厳は武蔵の前に姿を現さない。
安否もわからない。
書状を開くと、こう書いてあった。
「宮本武蔵と名乗る剣客よ。
そなたは我があるじ宮本武蔵の名を騙って自分はかの先代剣王、源義経公の跡を継ぐ権利があると言っているそうだが、それはわが主君・宮本武蔵にたいする最大の侮辱であり、大罪にあたる。また、それを手助ける塚原卜伝をはじめとする他の剣客たちも同罪である。よって、剣王率いる剣客軍・牙剣軍(がけんぐん)の精鋭5名で強制粛清を行う。この場合、これから2週間以内に雌威山にある剣王御所にそなたらが赴くことで、そなたたちは剣客5人を用意し、こちらの精鋭5人と一対一での立ち合いにて、3勝以上すればそなたを宮本武蔵として認めよう。」
武蔵は書状を握りつぶした。
「舐め腐りおって……」
「許せぬ」
胤栄も瞼のしたをピクピクと震わせている。
すると、
「行くしかないでしょう」
と声がかかった。
武蔵が振り返ると卜伝が立っていた。
「確かに、行けばあちらが用意した偽の宮本武蔵を本物だと認めることになるかもしれませんが、この機会を逃せばこの争いは終わりませぬ。剣客として、男として、勝って、宮本武蔵を宮本武蔵だと認めさせましょう。」
「そうですな」
伝鬼房が口を開いた。
胤栄も頷く。
武蔵は目を瞑り、ゆっくりと開いた。
「胤栄、菊と宗厳殿を探す忍びを増やしてくれ」
「はっ」
「伝鬼房、お主はあちら側の精鋭5人とは誰か、調べてくれ」
「御意」
「卜伝殿。あなたは上泉殿に声をかけてください。力を貸してもらいたい」
「承知仕った」
「相手の精鋭は、偽宮本武蔵、富田勢源、鐘捲自斎、川崎鑰之助、伊藤一刀斎かと」
「……精鋭ばかりだな。まあ、覚悟していたことだ。行くぞ」
「「「「はっ」」」」
そう答えるのは塚原卜伝、上泉信綱、宝蔵院胤栄、斎藤伝鬼房の四人である。
義輝と宗厳は一向に見つからない。
5人は立ち上がり、雌威山に向かった。
「待っていたぞ。謀反人よ」
「謀反人はどっちじゃ!」
胤栄が首の血管を浮き上がらせて怒鳴る。
「静まれ!」
その声が奥の御所から聞こえた。
声の主は頭巾を被った巨躯であった。
武蔵たちの方へ向かってくる。
「我は宮本武蔵玄信。源源九郎義経が嫡男である!我が名を騙る不届きものとはお主のことか」
「馬鹿を言うな。宮本武蔵とはわしのこと。直ちにお主を粛清する」
「ふっ。それでも、先代剣王の下で剣原石を管理しておったのは富田勢源」
剣原石とは剣石のもとの石で、ただ一つ、下界と繋がる石である。
剣王は下界に剣客を降ろさぬよう、剣原石を管理してきた。
また、これを持つものが剣王として認められる。
これは今、御所の前に置いてあり、槍を持った護衛が2人で警備している。
「それは、我が父の私物。返してもらう」
「話がわからぬ奴じゃ、まあいい。早速始める。そちらの先鋒は」
「わしが行こう」
そう一歩前にでたのは上泉信綱である。
「それではこちらは……一刀斎!」
「はっ!」
そう言ってでてきたのは無精髭を生やした男だった。
一刀斎は一刀流の開祖で、戦国時代を代表する剣豪である。
*伊藤一刀斎Wikipedia
https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E6%9D%B1%E4%B8%80%E5%88%80%E6%96%8E
後ろには3人の男を連れている。
おそらく一刀斎の弟子の神子上典膳、小野善鬼、古藤田俊直の3人であろう。
「下がっておれ」
一刀斎は3人に低い声で呟く。
「はっ」
3人は退く。
一刀斎は巨躯ではないが、程よく背が高く、野生感が丸出しである。
「伊勢守殿。一度手合わせをしてみたかったのです」
「わしもじゃ」
一刀斎が愛刀・瓶割刀の鯉口を切った。
信綱は陣刀の鞘を払い、八相につける。
天下分け目の闘いが始まった。
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