新旗
時掛⑸
白い道着。たすき掛け。
黒い質素な拵えの鳳凰切を持つ廬山の姿は普段より凛々しく見える。
朱雀は剣を引き、廬山を睨む。
「やはり生きておったのだな、梟」
朱雀は依然として大剣を引っ提げ、廬山をにらみ続けている。
「鶫様、これは…」
「お主は黙っておれ。」
「ッッ!」
廬山の並々ならぬ殺気に押され、時掛は黙り込んでしまう。
「牧山廬山。斬る。」
朱雀が口を開く。
「やれるものならやってみろ。」
朱雀が地を蹴る。
大剣を上段から振り下ろした。
廬山はそれをいとも簡単によけ、鳳凰切を朱雀の喉元めがけて突き出した。
朱雀は間一髪で後ろに跳び、難を逃れる。
廬山はそのまま踏み込み、よろける朱雀に向かって鳳凰切を振り下ろした。
朱雀は大剣でそれを受ける。
片膝を付いた状態である。
「くっ…」
実力の差は歴然。
それでもなお、朱雀の目は死んでいない。
「うぉぉ」
途轍もない速度での袈裟懸け。
廬山は苦しい顔をしてよけた。
しかし、朱雀はそれで終わらない。
諸刃の大剣のもう片方の刃を、剣を引くときに使うのである。
これで一気に一本の大剣が二本と化してしまう。
それでも、廬山は一定の距離を保つ。
勝負は一瞬だった。
朱雀が荒く突きをくりだした。
廬山はそれを鞘に打ち込ませ、素早く朱雀の手元に回った。
柄頭で朱雀の手首を叩き、大剣を落とさせ、鳳凰切を朱雀の首元に当てた。
「梟。覚悟。」
力を入れようとした次の瞬間、一本の白刃がそれを止めた。
白いシャツ。白いデニム。金色の髪。白鞘の刀。端正な顔立ちの若い男。
「朱雀くんを殺すわけにはいかないんです。廬山さん」
その男は廬山にほほえむ。
「誰だ」
廬山が男を睨む。
「……神崎慎吾の倅、と言ったらわかるでしょうか?」
「何っ?慎くんか?」
男は答えず白鞘の刀を廬山に突き出す。
廬山の腹に突き刺さる。
「ううっ、慎くん……生きていて……良かった……よ」
廬山は倒れる。
「うぉぉ」
時掛は傘刀を男に突き出した。
男は華麗な手さばきでそれをよける。
逆袈裟で二の太刀を繰り出す。
それは刀でよけられ、男は時掛の腹を蹴った。
時掛は後ずさる。
男は朱雀を抱き上げると、とてつもない速さで去って行った。
時掛は廬山に肩を貸し、鳳凰切を拾って家に戻った。
廬山は幸い、浅手で済んだ。
病院には行かず、時掛が自分で看病した。
「鳶、こちらへ来い」
「はぁ……」
時掛は廬山の近くに寄った。
「あの諸刃の大剣の男。やつの名は朱雀などではない。」
「というと?」
「奴は牧山省吾。我が養父・牧山為山の忘れ形見じゃ」
頭を雷が走る。
「鶫様は…為山様の実子ではないと?」
「あぁ、子がなかった鴉(為山の剣名)様は大学時代の友人の子を養子に招き入れた。それがわしじゃ。がしかし、鴉様が老いてから妾との間に子ができた。鴉様はついにその子の顔を見ることはできず、逝ってしまったのでワシが引き取り、鳥義鎧聖流の跡継ぎにしようと考えた。それが朱雀じゃ。」
頭が狂いそうだ。
廬山は時掛の出生のことを何も言わない。
そして時掛も聞けない。
剣客にそんなことは関係ないと言い聞かせて生きてきた。
今、朱雀の問題と自分は関係ない。
それでも、朱雀の話を聞いて気になってしまった。
聞くのは今ではない。唾を飲み込む。
「朱雀は神童じゃった。それと同時に邪剣を振るいおった。殺人剣に近いが、それとは違う。人を殺すのではなく、人を不幸にする剣じゃった。わしはそれを正そうとしたが、無駄じゃった。ついにその日が来てしまった。」
「おい、鶫」
「呼び捨てにするな、梟」
「うるせぇ…」
「なんだと?父親に向かってなんて口の利き方だ!」
「あんたは俺の父親なんかじゃねぇ……」
「何っ?今なんと言った」
「神崎って人から聞いたんだよ!俺はあんたの養父、牧山為山の落胤だってよ!つまりあんたは俺の義理の兄ってことだろ?血のつながりもねぇ、ただのよぉ!」
「お主……いま、神崎と言ったな」
「あぁ、あんたの知人のよぉ」
「バカを言うな。神崎慎吾は死んだ。生きているのはお前より二つ上の息子と同い年の娘だけだ。」
「んなわけないだろ、あんたとと同年代のオヤジだよ」
「本当に、神崎慎吾と名乗ったんだな?」
神崎は親友じゃった。
それと同時に好敵手で、いつでも剣で競っていた。
実は神崎は廬山が斬った。
こいつのことは詳しくは話さないが、この手で斬ったので記憶違いなはずがなかった。
神崎の子はわしが神崎を斬った後に引き取ったが、二人は神隠しにあったように消えてしまった。
一生の後悔じゃ。
「そんで、神崎さんから刺客通りのことも聞いたよ。武蔵と戦えんだろ?何で早く言ってくれなかったんだよクソジジイ!」
省吾は幼い頃から宮本武蔵が好きで、いつかは武蔵を越えて最強の剣客になるって騒いどった。
刺客通りのことを教えなかったのは奴の性格だった。
きっと省吾は一人で乗り込んで犬死する。
目に見えていた。
「あぁ、それはすまなかったがまだ行ってはならんぞ」
「へっ、やだね。俺はここを出て神崎さんのところへ行く。神崎さんは俺を一流の剣客として扱うから、武蔵を殺そうと言ってくれた。俺をいつまでもガキ扱いするあんたとは大違いだ」
「お前はガキだ。武蔵に挑んだところですぐ斬られる。それだけの話だ。出て行くならわしが与えた衣服、竹刀、木刀全てを置いて行け」
「ふっ、分かったよ。いつかてめぇも斬りにくるかんな」
次の朝、省吾が出て行こうとした。
(生かしてはおけない)
そう思った。
奴の邪剣を自由に振るわせては世界がおかしくなってしまう。
今のうちに危険の芽は摘んでおくのが師匠の役割だ。
「省吾……」
わしは刀架から鳳凰切を取り、すぐに鯉口を切った。
「……なんだよ……って、やめろよ」
「貴様の邪剣を世に出すわけにはいかん。すまんが死んでもらうしかない」
「やめてくれ!おい、ジジイ!」
わしは地を蹴り、省吾に向かって鳳凰切を振り下ろした。
すると、刀が鳳凰切を受け止めた。
すると目の前には、神崎がいたんじゃ。
「慎吾……」
「久しぶりだな、廬山」
「貴様……生きておったのか」
「ふっ、お前の相手はしてられない。省吾くんはもらって行く。じゃあな」
奴がなぜ省吾が欲しかったのか
言うまでもないと思う
あ、ここからはわしの予想じゃがな
刺客通りを潰したかったんじゃよ
単純にな
神崎は勝利に貪欲じゃったからな
本当の強さを勘違いしておったのじゃ
何故生き延びたのかは知る由もないが、慎くんと、その妹の礼奈ちゃんを奪い返し強い剣客にし、その上で他に剣客が欲しかったんじゃろうな
そして、省吾の末路があれじゃ…
廬山の目から涙が溢れていた。
「鶫様……」
「すまんな。まあとにかく、省吾と慎くんが行動をともにしていることは分かった。そして他の人間を殺すことを厭わないことも。奴らも生かしてはおけん。あの二人、そして生きているのなら慎吾も。わ……武蔵を倒すのはその後じゃ」
「はっ」
時掛は部屋を出て、傘刀を抜いた。
刃文を見ながら、何かが変わることを決心した。
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