血刀

武蔵⑷


「なあ、菊」


「なんですか?」


「卜伝様のところへ行こう」


「はっ」


この地に来てから約1年。

義輝との主従もすっかり慣れた。

しかし、武蔵は剣王ではない。

未だに武蔵を剣王としようとする塚原派と自らの独裁を狙う富田派で意見が分かれており、時折富田派からの刺客が武蔵の命を狙う。

しかし、武蔵は富田勢源という男が欲深い男だとは思えなかった。


始めて勢源が武蔵にあった時の

「この世界を率いよ!」

という言葉が腑に落ちない。


あの時の勢源は本気の眼をしていたのだ。




「武蔵殿、もうそろそろですな。」


そう言うのは塚原卜伝。

塚原派の当主である。


そろそろと言うのは、元服が。である。

剣界では一周忌の時期に元服をする。

これは剣石という石を持つということを意味する。

今の武蔵の姿は死ぬ直前の爺の姿で、強さもその時のものである。

剣石を持つとその剣客の最盛期の強さ、姿に戻る。

自斎と戦った時に義輝が言った、武蔵に分が悪いとはこの事である。


「そうでござるな。しかし、誰に血刀をもらいましょうか」


剣石は右手の甲に埋め込むことで作用する赤い石である。

その石を右手に埋め込む際、血を吸わせた刀をその血の持ち主に握らせ、右手の甲を刺してもらう必要がある。


しかし、一度それを執り行ったことのある者は行うことができない。


卜伝は義輝に血を分けており、義輝は弟弟子の斎藤伝鬼坊に血を分けている。

が、その斎藤は行方が分からなくなっている。


「武蔵殿、上泉殿はどうであろうか。」


「それはっ!良いでござるな!」


義輝が歓喜の声を上げる。

血を分けてくれた剣客の力量次第で、手の甲から血が吹き出て命に関わることもある。

それに血を分けた者は父のようなもので、剣王となるべき男には名のある剣客の血をわけさせたいのだ。


「上泉信綱殿で、ござるか?」


「いかにも」


*上泉信綱Wikipedia

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%8A%E6%B3%89%E4%BF%A1%E7%B6%B1


「しかし、上泉殿が認めてくれるでしょうか?」

義輝が心配そうに尋ねる。


「それは武蔵殿の力量次第。ということになりますな」


「上泉殿はそれほど気難しい方なのですか?」


「それは少し違いますが…」

義輝が言葉を詰まらせる。


「とにかく、あってみないことには始まりませぬな」

卜伝が言う。


「そうですね、少し長旅になりますが、この義輝とともに参りましょう。」


「なら、やつがれは上泉殿に向けて文をした為まする」

卜伝が机に向かう。


これほど上泉信綱に血を分けてもらうことは大変なのか。

武蔵には理解できなかった。

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