予感

時掛⑷


女が右足を踏み込み、鞘を上段から振り下ろした。

時掛は目を見開き、素早く抜刀した。


「鳥義鎧聖流・斬山!」


抜き身は美しい弧を描いて進み、やがて女の鞘を真っ二つに切った。


「観念しろ。」


女はほくそ笑み、鞘を捨てた。

すると通販で買ったらしい刀を時掛に投げつけた。

咄嗟によける時掛だったが、気づくと女はいなかった。


「逃げ足は早いのか。」


こうやって見下した発言をした時掛だが、今の女も一流の剣客であると知るのはもう少し後の話。




翌日……


「おい、時掛。」


後ろから声がかかった。

振り向く。

高田である。


「お前か……なんで竹刀を?」


高田は防具もつけていないのに、右手に竹刀を引っ提げている。


「覚悟ぉぉ!」


高田は竹刀を最上段に持ち上げ、突進してきた。

時掛の脳天めがけて振り下ろされる……

かに見えたが時掛は傘刀を(もちろん抜刀はしない)右に振り、それを薙いだ。


高田の竹刀は宙を舞い、地に落ちた。


「なっ…んだよ時掛…すげえじゃねーか!剣道部入れよ!」


「またそれか。今度こそ」


時掛が高田の肩を殴ろうとした時、高田が時掛を睨んだ。

鋭く、攻撃的な眼である。

鐘捲自斎と対峙した時、いやそれ以上に恐怖を感じた。


「武道場にきてくれ。うちの先峰、次峰、中堅、副将、顧問を倒したらもう勧誘しない。」


「ふざっ…」


ふざけるな。そう言おうとしたが、高田の先ほどの眼を思い出し、口を噤んだ。


「わかった。明日の朝でいいか。」


「ああ、7時15分。武道場だ。」


勝負は恐ろしくない。

先ほどの高田の振り下ろしは、素人としか言えないから。

それでも、唾を飲み込まずにはいられなかった。


1時間後…

時掛は刺客通りに入る。

時間はギリギリ。

少し前には若い女性。

狙われるであろう。

すると、影が女性に近づいた。

時掛は抜刀し、その影に斬りかかった。

だがその影は刺客通りの刺客ではなかった。

諸刃の大剣を持った巨躯…


(朱雀ッ!)


時掛は止まった。


恐怖ではない。朱雀は、味方なのかもしれないのだ。

しかし、朱雀は女性の前を通り過ぎ、諸刃の大剣を上段から振り下ろした。


その先には、ボロ切れのような刀を着た、刺客がいた。

なぜ気がつかなかったのか。


(あの剣客、もしや気を消せるのか?)


その刺客は朱雀の初太刀をよけ、女性を抱きしめて刀を女性の首元に当てた。


「この女ガッ!あっ!」


刺客は女性と共に体を大剣で突き抜かれていた。


「貴様…」


刺客がかすれた声で喋った。

朱雀は瞬きもしない。

ただ、2人の血を大剣に吸わせているだけである。


時掛は自分を抑えられなくなり、地面を蹴った。

上段に傘刀を振り上げ、朱雀の脳天めがけて振り下ろした。

朱雀は驚くそぶりも見せない。

2人の体から大剣を抜き、傘刀を大剣の腹で薙いだ。

傘刀は宙を舞い、時掛は丸腰になった。


「何故、その女性まで殺したんだ」

声を絞り出す。


「俺の目的にこの女は関係ない。」


「お前は刺客から皆を守るんじゃないのか?」


「俺は武蔵を斬りたい。それだけだ。俺はお前に生きるチャンスを与えた。それでも、お前は俺の邪魔をする。斬る。」


「何ッ!」言うより早く、朱雀は大剣を振り上げた。

目を瞑る。


朱雀に一度助けられた命。

朱雀に奪われるとは…


しかし、次の瞬間、時掛に痛みはなく、代わりに『カキン』という金属の衝突音が耳に響いた。


ゆっくりを目を開ける。

そこには朱雀の大剣を鳳凰切で受け止める廬山の姿があった。

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