王の子
武蔵⑶
義輝と向かい合って座ると、その質実剛健な雰囲気と内から醸し出されるような気品に圧倒され、惹きつけられる。
「まず、この剣界で死んでしまった場合でござる。わしらの魂は善悪関係なく地獄へ行きまする。」
「え?」
「この剣界に降り立ったのは、第二の人生を送るためです。今度こそ、何も考えず全てを剣に捧げる。また、剣界は弱肉強食。強いものが正しい。その教えに反したものが地獄に行くのは必然といってよいでしょう。」
「はあ、それより、あなた様は高貴の身。敬うべきはこちらでござる。」
「ゴホホン、あいわかった。そして何よりも大事なのが、剣王だ。
この世界は剣王様が統治しており、剣王は剣豪から一人選ばらる。先代が指名するのだ。」
「今の剣王は?」
「少し前まで源義経公が剣王だったが、東郷勘吉と名乗る疾風のごとき剣客にころされてしもうた。勘吉は捕らえられたが、黒幕の名を語らぬ。」
「今は?」
「おらぬ。今剣界は富田勢源側と塚原卜伝側の大きく二つに分かれておる。」
「あなた様は…」
「塚原卜伝側じゃ。そして、富田勢源は剣王の座を狙っておる。奴が悪いということはない。だが、虫が合わん。お主らが奴らに狙われた理由は、分かっておるのか?」
「い、いえ」
「お主が、大器だからじゃ。」
「意味がよくわかりませぬな…」
「義経公は、次の剣王を1584年に播磨で誕生する男子と予言した。」
「某は1584年、播磨で生まれておりまする…」
「そう。つまり、お主はこの剣界において、元剣王・源源九郎義経の嫡男として扱われる。剣王となる覚悟を決めよ。」
「……了解した。」
「それでは、この足利義輝。今この瞬間より源源九郎義経が嫡男・宮本武蔵玄信様を剣王とするために全力を尽くすことを誓いまする。」
義輝が平蜘蛛のごとく平伏する。
「面をあげてくだされ!大樹!」
「やつがれは家臣に過ぎませぬ。それは我が師・塚原卜伝も同じ。大樹という呼びははおやめになられ、幼名・菊童丸とお呼びくだされ。」
「では、菊。でよろしいか」
「よいか、とお聞き直されよ。」
「よいか、」
「ははっ」
義輝が平伏する。
突然の出来事に、困惑の色を隠しきれない武蔵である。
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