剣豪将軍

武蔵⑵


依然、勢源は動かない。

武蔵も兼重の柄に手をかけたまま動くことができない。


抜き身の脇差は下段。

玉のような汗が武蔵の額をつーっと流れ落ちそうになった時、声が聞こえた。


「お師さん、変わりましょう。」


声の方向に目を向けると、そこには髭の整った男が立っていた。


「自斎……よし、頼んだぞ」


勢源は小太刀を鞘に綺麗にしまい、脇にどいた。


「鐘捲自斎殿でござるな」


「いかにも。」


内心、ホッとしている。

自斎が兵法者として一流であることに嘘偽りはないが、師である勢源に勝ることができず、弟子である伊藤一刀斎には追い抜かれるという印象がある。


勝てるやもしれぬ。

武蔵は構えを変えない。


「たあっ!」


自斎は小太刀を抜きながら武蔵に襲いかかった。

武蔵は脇差で応戦し、兼重を抜刀して自斎に切りかけた。

自斎は柄頭でそれを止めると、武蔵の股間を蹴り上げた。

あまりの激痛に、武蔵は後退する。


「卑劣な…」


武蔵の言葉など聞こえないかのように自斎は平然としている。

自斎は片手で小太刀を青眼に構え、切っ先をクイっと動かした。


(挑発か…よし、のってやろう)


「うぉぉ」


武蔵は自斎に駆け寄り、兼重を上段から振り下ろした。

自斎はそれを右によけ、小太刀を突き出す。

武蔵はそれを脇差で受け止めると、右腕を一気に引き、兼重を突こうとした。

しかし、両腕に激痛が走った。

両手の刀が地に落ちる。

自斎が目にも留まらぬ早業で武蔵の両手首を峰打ちしたのであろう。


「ぐっ」


武蔵が声を発する頃には、自斎が武蔵の首筋に小太刀を当てていた。


「覚悟。」

自斎が呟く。


2度目の死を覚悟したその時、 何者かの木刀が自斎の顔を横薙ぎした。

自斎は吹き飛ぶ。



その木刀の持ち主は、見知らぬ長身の爽やかな男だった。


「大事ないか、宮本殿」


「あなたは」


「わしは…」


男が名を言おうとしたその時、自斎が腰から鞘を引き抜き、男に投げた。


「卜伝の差し金かぁ!義輝!」


「見かけたから助太刀したまで。卜伝様はお主らのように欲深くはない。」


今、この男は義輝と呼ばれた。

もしや、剣豪将軍として名高い足利義輝か。


*足利義輝Wikipedia

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/%E8%B6%B3%E5%88%A9%E7%BE%A9%E8%BC%9D


「1対1の男同士の勝負。それを見かけただけで助太刀とは剣豪将軍も落ちぶれものだな。」


「剣界では将軍も百姓も関係ない。元服前の宮本殿と剣石を持った貴様が戦っては宮本殿に分が悪い。」


「ふっ、なら貴様が相手をしろ。」


「構わぬ。」

義輝が刀に手をかけた。


「まあ、よい。」

そこに勢源が割って入った。


「富田殿…」


「ここはわしらに非があった。

すまなかったな、宮本武蔵。一旦退くぞ、自斎。」


「しかし!」


「今貴様と大樹(たいじゅ)が戦っても勝ち目はない。わきまえよ。」


大樹とは征夷大将軍の異名である。


「はい…」


2人はそこから去った。


「この世界の決まりや現状を教える。着いて来てくだされ。」


義輝が歩き出す。


武蔵はそれの後を追った。


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