1-33.イミッテ

「ありがとう、ミズキちゃん。ミズキちゃんが居なかったら、今頃どうなってた事か……」

「い、いや……エミナさんだって、凄かったじゃない。さっきの。あ……そういえば、あの巨大な化け物……ジャームだっけ? 言葉を話してたみたいだけど……」

「うん、あの化け物達はジャームって呼ばれてるみたいだけど……なんで言葉を話したかは、私にも分からないわ。大きなのはジェネラルって名乗ってたけど……」

「奴ら、ジャームは自己顕示欲の塊だからな。ジャームが人間よりも上だという事を見せたかったのだろう」


 この声は龍族の人の声だ。今度は頭の中ではなく、頭の上から聞こえて来た。ついでにバッサバッサと凄い羽音も聞こえてきた。そういえば、周りも暗いし風も強い。


「えええ?」


 上を向くと、思った通り、巨大な……龍だろうか。それが羽ばたいて、こっちに下りようとしている。

 暗かったり風が強かったりしているのは、あの巨大な龍によるものだったらしい。暗いのは、龍の影が僕の周りを包み込んでいるからで、風は龍の羽ばたきのせいだ。

 龍がドスンと着地すると、影も無くなり風も消え、代わりに土煙が舞い上がった。


「エルダードラゴン様! 直接ここに?」

「直接語りかける事が出来なくなったのでな。こうするしかない」

「エルダードラゴン様、女の子が……」


 エミナさんは心配そうだ。


「それは心配せんでいい。私が見つけて転移させた。今頃、他の者と合流しているだろう」

「良かった……」

「忌々しいジャームめは、私と連絡を取れなくして、エミナを仕留めようとしたのだろう。だが……よくやったぞ、二人共。古の時代においても、奴のようなジャームに、勇敢な戦士がたちどころに殺されていったものだが、そなたらはそれを撥ね退けた」

「その声……もしかして龍族の人なの!?」


 フィルターというか、モヤモヤの取れた声だが、頭の中に響いていた声と殆ど同じ声だ。


「如何にも。よくぞ旧支配者の支配から抜け出したな」

「エルダードラゴンって……龍じゃないか!」

「ん? 何がだ?」

「だって、龍じゃなくて、龍族だっていうから、てっきり人だと……」

「族が付くだけで、人間になるのか?」

「いや……その……」


 言われてみると、当たり前だ。人ではない生き物に「族」を使ってはいけないなんて決まりは無い。僕が勝手に部族の名前イコール人間だと思い込んでいただけだ。


「族と付く呼び名に、人間に関わる先入観でもあったのだろう」

「そうそう、そんなところ……って、イミッテ!」


 エルダードラゴンさんの背から降りてきた少女を見て、思わず叫んだ。


「そう警戒するな。私はもう、さっきまでのイミッテではない。旧支配者の呪縛から解き放たれたのだ」

「ど、とういうことなんだよ……」

「私こそが真のイミッテなのだ! スーパーイミッテといっても過言ではないだろう!」

「何? スーパー?」

「話がややこしくならんうちに、私が解説しよう」


 エルダードラゴンさんが、話に割って入った。


「イミッテは、今までジャームに取り憑かれ、操られていたのだ。先程のジェネラルといったかな? あのような強力なジャームに、一瞬の隙を突かれた。そういう事だろう」

「私ともあろう者が、情けない話だ。そして、何千年……何万年かもしれん。私は意識を隅に追いやられ、抵抗し続けた。いや……そのつもりだった。が……いつからかは分からない。諦めてしまっていたのだろうな」

「な……何万て……!」

「正確な時間は分からん。私はその間、眠り続けていたのだからな」

「そうなんだ……いや、全然情けなくないっていうか……凄いよ。結果的には、それで抜け出せたんだし。僕なんて……一年だって、長く感じて……耐えられなかったんだからさ……」


 現代で、僕が最期にした事。それが思い浮かんだ。


「な。何だよ、急にしおらしくなって」

「なんかさ、苦しかったんだろうなって。ずっと一人で戦い続けて……でも、今もこんなに元気一杯で……凄いよ、イミッテは」


 イミッテが、今までやった事、感じた事を想像する。さぞや辛かったろう。

 目頭が熱くなり、滲んだ涙で視界がぼやけてきた。


「何をいっている。ミズキは旧支配者の誘惑や攻め苦を乗り越えた。相当な忍耐、そして意思の強さを、ミズキの方こそ持っているんだぞ。ミズキは諦めかけていた私の心を再び奮い起たせてくれたのだ! そして同時に、奴の心も乱してくれた。だから私は、意識の中心から、奴の意識を追い出す事に成功したのだ!」

「イミッテ……」

「感謝するぞ。お前のおかげだミズキ。お前は真に強い心を持っている。誇りに思った方がいい」

「ありがとう、イミッテ。そう言ってもらえると、少し救われた気がするよ」

「じゃ……じゃあイミッテちゃんて、一万年前の人って事に……」


 エミナさんが驚いた様子でイミッテを見た。


「ふむ。当然、そうだ。このじじいの若い頃から生きている。なんとも奇妙な巡り合わせだがな」


 イミッテがエルダードラゴンさんを見上げた。


「私はすっかり歳をとってしまったがな。このチビすけもじじいなどと呼びおって……」

「いいではないか。この方がしっくりくるだろう? ……ともあれだ! 久しぶりに役者が揃ったってわけだ。な、じじい!」

「ふう……もういい。何とでも呼ぶがいい。しかし……役者が揃ったという事は、旧支配者との決戦が近付いている兆しかもしれんな……」

「役者が揃った? ……あ……え……ええ? でも……」


 何故か戸惑っているエミナさんに、僕は声をかけた。


「どうしたの、エミナさん」

「ミズキちゃん、もしかしたら、エルダードラゴン様とイミッテちゃんって……でも、まさかそんな……勇者……パーティー……?」

「いかにもその通りだ、勇者エミナよ。時が来たら言おうと思っていたのだがな」

「驚く気持ちは私にも分かるぞ。なんたって、私もいきなり一万年後の世界に飛ばされて来たのと同じような状態だからな」

「ええーーーーっ!」


 エミナさんが僕の横で叫んだので、耳がキンキンする。


「な、なになに!?」

「勇者パーティーだよ伝説の! ……あれ、ミズキちゃん、一回も聞いたこと無いっけ。勇者の伝説」

「ああ、皆が言う『伝承』か。部分部分は知ってるけど……」


 邪光のカーテンとか、魔族の事とかなら、多少は聞いた事がある。


「老若男女、誰も一度は耳にした事のある伝説なの。その中の主役、魔王を倒した勇者の仲間が、元気いっぱいのエルフ、若き龍、そして、美しき巫女なんだよ」

「へぇ……」

「で、エルダードラゴン様が若き龍で、イミッテちゃんが元気いっぱいのエルフで、私は勇者らしいけど……ミズキちゃんは、美しき巫女かぁ……確かに、美人だもんね」

「美人……美しき……巫女……うーん……」


 元々男だった僕には未だに違和感がある。

 しかし、皆には本当に美人に見えているらしい。

 いいのやら悪いのやら……美人なのはいい事だろうけど、自分が美人の女の子になるなんて思ってもみなかったから、身の振り方もさっぱり分からない。


「でも、不思議だね。異世界人のミズキちゃんが、この世界に残ってる伝承の巫女の役割だなんて」


 異世界人。確かにここの人にとってはそうだろう。僕にとっては、相変わらず、ここは異世界だが。


「それはな、かつての巫女もまた、キカイに囲まれた文明に生まれし者であったからだ。そのために。勇者とは全く違う環境で、それも異性として、そなたを育てねばならなかったのだ」

「異性って……私は女だけど……」


 エミナさんが怪訝そうな顔をした。


「うむ。という事は、男としてだな」

「じゃあ、違うじゃないですか。ミズキちゃんは女の子ですよ」

「い、いや、それが、そうとも言い難いんだ……」

「え? どういう事?」

「ええと……」


 なんとなく言い出し辛いが……。


「その……僕は女だけど、前は男で……いや今も男かな……違うのかな……」

「体は正真正銘、女性のものだ。が、性質は男性に近い。これは、巫女としての魔力や、魔力量の上限の都合上、身体だけは女性でなければいけなかったからだ」

「そ、そうなんだ……」


 エミナさんの顔が、真っ赤に変色していく。それも、目に見えて。


「ああ……、え、エミナさん、ごめん! 僕、そんな事、一つも話してなくて……あの、言い訳になっちゃうかもしれないけど、僕、いつの間にか女の子になっててさ、世界もなんか違うし、戸惑ってて、でも、もうすっかり女の子になっちゃったわけで、だったら、もう女の子として生きるしかないから……」


 どうにか弁解しようとするが、焦ってしどろもどろになってしまう。


「わ、分かってるの。ミズキちゃんにも色々事情があるんだし、今はもう女の子なんだし、元々はお……男の子だけどっ……!」


 エミナさんの顔が、ますます真っ赤になって、のぼせあがっていく。もう、茹で蛸も真っ青な感じだ。


「ほ、本当にごめん!」


 髪を結ってもらったり、一緒に寝たり……思えば、この世界に来てからは、ずっとエミナさんの間近にいた気がする。

 そんな状況だったのに、急に元男だと言われたら、こうなるのも無理はない。参った。一体、なんて言ったら良いものか。


「いえ、本当にいいの……そ、それより、もうこの話は終わりっ! はいっ、終わりっ!」


 野球のセーフの形のように、エミナさんは腕を大きく左右に広げ、激しくバタバタと動かした。


「う……うん……ああ、そういえばさ、あっちの世界の僕の体って、どうなってるの?」


 気持ちはなんとなく察したので、ひとまず話題を変えることにした。なんとなく頭に浮かんだ素朴な疑問を聞いてみる。

 とはいえ、元の世界の僕の体の事というのは、結構重要な事かもしれない。


「火葬されて、今頃墓のなかにあるのではないかな」


 エルダードラゴンさんが答えた。


「ええっ!? やっぱり死んでるの!?」

「やっぱりと言う割に、随分と驚いてるな」


 イミッテが眉をひそめてこちらを見た。


「だ、だって……じゃあ、僕はなんなの!?」

「おぬしはあちらの世界で自殺して死んだ。それはおぬしが一番良く分かっている筈だが?」「そりゃそうだよ。あの高さから落ちたんだもん。でも、何で転生したのさ。しかも僕だけ」

「それはな、おぬしが魔王と戦う定めだからなのだ」

「え?」

「魔王と戦う定めの勇者。その良き戦友もまた、定めの巫女なのだ。人類の救世主は、魔王と戦うまでは死んではいけないのだ」

「ええっ……じ、じゃあ、僕が魔王と戦うのは決まってるんだ!?」

「人類は魔王に対抗する為に、いつか来る、勇者と巫女になる定めの子を待っていたのだ。だがな……」

「だが……何?」

「あまりにも分の悪い戦いになってしまったかもしれぬ。旧支配者は、思ったよりもずっと多くの力を取り戻しているらしい」

「そうなんだ……厳しい戦いになるかもしれないんだね……」

「いや、厳しいどころか……ミズキよ、元の世界へ戻り、親しき人達を安心させてやるか?」

「えっ……戻れるの?」

「うむ。おぬしが望むなら、いつでもな」

「そう……でも、どうしようかな……」

「どうした?」

「いや……向こうに僕が居る意味なんてあるのかな……って」


 イミッテに取りついていた旧支配者の見せた幻が蘇る。悠さんが死んだのは僕のせいなのかもしれない。そして、その事で僕を恨んでいる人が居るかもしれない。

 両親にだって……自殺なんてしちゃって……しかも死んでるし……会いづらい。

 何より、悠さんは生き返らない。僕が定めの巫女として転生したのなら、ここに転生している可能性も、殆ど無い。


「ある」

「……気休めは要らないよ」

「気休めなどではない。両親、そしてクラスメート……飛び降り自殺だったかな。あれの心への負担は強いのだな。悲しんでいる人は沢山おった。今もその悲しみから抜け出せない者も多くいるようだ。両親、特に仲の良かった者もな。お前が行って、その姿を見せれば、きっと安心する事だろう」

「え……あっちの世界の様子が見えるの?」

「断片的、かつ部分的にならな。今の状況を教えくれと言われても無理だぞ。それほど自由には見れんからな。空間の隔たりというものは、それくらい厚いのだよ」

「そっか……」


 父さん……母さん……特に仲の良かった……か……。


「思い込んでたのかもしれないな、色々と」

「え……?」

「思ったより、嫌われものじゃあなかったのかもって……ごめん、エミナさんに話しても、意味分からないよね」

「ミズキちゃんが嫌われるわけないよ!」


 エミナさんの語気が強まる。


「ふーむ、この短い間だが。確かに気負い過ぎのきらいはあったがな。まあ、お前の場合、多少鈍感で丁度いいくらいだろう。もっと気を抜けよ!」


 イミッテも、励ましてくれているみたいだ。


「イミッテよ、お前はもっと緊張感を持った方がよい」

「うるさいな、じじい! 折角、幾万年の知恵を活かした助言をしているのに」

「眠っていただけだろうが」

「あっ! 痛いところを真面目に突きおって!」

「あはは、ありがと、皆。なんか、少し気持ちが軽くなった気がするよ」


 僕のした行為が、もし許されるのなら……いや、それを確かめに、元の世界に戻る必要があるのかもしれない。



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