1-32.ジェネラル

「エミナさん!」


 僕の口から甲高い声が発せられる。声が戻っている事に、一瞬、戸惑う。ここがどこなのかも分からない。

 思えば、ここに来たときも、こうやって違和感を感じていた。でも、あの時とは違う。一瞬の戸惑いの後は、むしろ、落ち着きすら感じている。


「あははは……すっかり慣れちゃったのかも」


 まずは目の前の事をなんとかしなければならないようだ。巨大な化け物の周りに、人間サイズの小さな化け物が、うじゃうじゃと屯している。多分、戦闘は避けられない。


「荒ぶる風よ、厚き壁となって我が身を包み込め……ウインドバリア!」


 巨大な化け物がこちらを向いたので、急いでウインドバリアを唱えた。


「うぐぅぅ!」


 緑色をした霧状の何かがウインドバリアにぶつかると、僕の体は強烈な圧力によって吹き飛ばされそうになった。


「す……凄い衝撃だ……こんなの初めて……」


 必死に踏ん張ってどうにか持ちこたえたが、ジンジンとした痛みが手に残った。この感触が、あの化け物から放たれた、緑色の霧の威力を物語っている。

 一方、人間サイズの小さな化け物の方は、群れを成してこちらに走ってきている。


「まずはこいつらを減らさなきゃ……深淵なる暗黒よ、破壊の力となりて、全てを無に還せ、ダークネスディザスター!」


 僕の手から黒い波動が放たれ、それが竜巻の用に渦巻いて、小さな化け物達を襲った。

 状況は飲み込めないが、取り囲まれる前に数を減らさないと、危なそうだ。化け物の密集している所に魔法を撃ち込もう。


「悪の権化の愚者共よ、正義の裁きの光によって、穢れしその身を焼き清めん……レイシャイン!」


 僕の両手から放たれた無数の光が、山なりに放物線を描いて、化け物の頭上から降り注ぐ。


「次は、あの大きいのを……闇を射抜く光の刃、その先にあるのは希望の道……シャイニングビーム!」


 僕の手から放たれたシャイニングビームが、大きな化け物を飲み込んだ。


「これで、後は小さいのを……」


 シャイニングビームの光が収まると、巨大な化け物の姿が露になった。


「あれ……き、効いてない!?」


 巨大な化け物は何事も無かったかのように羽を広げだした。


「こんなものでは傷一つ付かんな。防御には長けているようだが……」

「なんだ? 喋っ……ああ! エミナさん!」


 僕の視界に大変な光景が映った。小さな化け物が群がっている所に、エミナさんが倒れている。


「ライブレイド!」


 ファストキャストでライブレイドを唱えながら、僕は急いでエミナさんの所に駆け出した。


「やめろぉぉぉ!」


 ライブレイドで化け物を切り裂きながら、ダブルキャストを試みる。


「大空を震わす稲妻よ。雪崩となってその身を轟かせよ……ライトニングテンペスト!」


 僕の手から激しい雷が、僕とエミナさんの間に居る化け物に降り注ぐ。この隙に、エミナさんの近くへ走っていこう。


「エミナさん!」


 僕はエミナさんの傍らに着くと、しゃがんでエミナさんの上半身を持ち上げた。


「う……ミズキ……ちゃん?」

「エミナさん、大丈夫?」


 衣服はズタズタに切り裂かれ、体のそこかしこには生々しい傷痕が残っている。


「酷い怪我だ。あいつらにやられて……こいつぅ!」


 近づいてきた化け物を、ライブレードで斬る。


「ミズキちゃん、ミズキちゃんは、そうやってジャームを退治しながら、ジェネラルの……あの大きいジャームの攻撃を防いで」

「う、うん。分かったよ……ウインドバリア」


 もうピンピンしているエミナさんに驚きながら、ウインドバリアを唱えて化け物の……どうやらジャームというらしいが、ジャームの攻撃に備える。


「そっか……」


 エミナさんの体が、いつの間にか戦えるくらいに回復しているのは、恐らくノンキャストでトリートをかけていたからだ。あの時、僕が無意識にやったのと同じだ。


「焔焔たる五つの破壊者よ、その力を以て全てを焼き尽くせ……クィンターバースト!」


 後ろでエミナさんがクィンターバーストを唱えたのが聞こえた。

 エミナさんの放った火球が、僕の周りに次々と着弾する。


「うひゃー!」


 エミナさんが僕の方へ振り向くと、僕の顔を見てにっこりと微笑んだ。


「ミズキちゃん……また助けられちゃったね。私、勇者失格かもね……」


 エミナさんの髪は、クインターバーストの爆風に激しくなびいている。


「ゆ、勇者!?」

「ふふ……話は後だよ。二人なら苦戦しない! ミズキちゃん、まずはジャームを減らすよ! ウインドバリアはそのままで、ダブルキャストで全体魔法を!」

「う、うん……深淵なる暗黒よ、破壊の力となりて、全てを無に還せ、ダークネスディザスター!」


 てきぱきと指示を出すエミナさんに気押されながら、ダークネスディザスターを放つ。


「天から降るは純麗じゅんれいなるあおき刃……ブリザードストーム! 紅蓮の大火炎よ、全てを覆い、燃やし尽くせ……エクスプロージョン!」


 エミナさんも、僕の横で魔法を唱えているが……。


「は……早い……」


 エミナさんの詠唱速度は凄まじい。以前の二倍くらい早いスピードでフルキャストしている。


「これなら……ミズキちゃん、私にワイズゲインを!」

「分かった! 貪欲なる知識の探求者よ、汝に束の間の才気を……ワイズゲイン!」


 僕はエミナさんの方へ掌を向けて、魔法の威力を増大させる魔法「ワイズゲイン」を放った。


「その力、補助に長けた魔法使いか。厄介なものが……はああぁぁぁぁっ!」


 巨大なジャームが、また緑の霧を飛ばしてきた。


「ウインドバリア!」


 エミナさんがファストキャストでウインドバリアを唱え、僕の維持しているウインドバリアと重ね合わせた。

 緑の霧はウインドバリアに命中すると、それに弾かれて二股になり、霧散した。


「よ……よし!」


 二人のウインドバリアが重なったからなのか、衝撃は、ほぼ無かった。


「はあぁぁぁぁぁ……」


 僕の隣で、エミナさんが口からゆっくりと息を吐き、両手を前へ突き出した。


「闇を射抜く光の刃……その先にあるのは……希望の……道……!」


 エミナさんが呪文を唱える。目を閉じて、ゆっくりと、丁寧に……。


「シャアイニングッ! ビイィィィィィィィムッ!」


 エミナさんの手から飛び出た閃光が、まばゆい光を放ちながらジャームへと向かい――ジャームを包み込んだ。


「こんなもの……こん……こんな……う、うごあぁぁぁぁぁ」


 巨大なジャームが、激しくもがきながら悲鳴をあげている。


「凄い……」


 鼓膜が破れそうなほどの悲鳴。そして、シャイニングビームの、ジャームを包み込む巨大な光と、目が眩みそうなほどの光。僕はそんな光景に圧倒された。


「……っ!」


 その間にも、小さなジャーム達は、僕とエミナさんに襲い掛かってくる。

 普通のジャームだったら僕一人でどうにかなる。僕はライブレイドと範囲魔法で、エミナさんに近づけさせないように、ジャームを相手にする。

 ――特に苦労も無くジャームは倒せたが、気が付くと巨大なジャームの悲鳴は止まっていた。

 ふと、巨大なジャームを見ると、僕は巨大なジャームがシャイニングビームの光の中で、跡形も無く消え去る。まさにその瞬間を目撃した。


「や、やった……」


 巨大ジャームが居なくなったら、もう小さいジャームだけだ。小さいジャームなら、僕とエミナさんの相手にはならないだろう。

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