1-34.勇者たち

 僕のした行為が、もし許されるのなら……いや、それを確かめに、元の世界に戻る必要があるのかもしれない。ただ……。


「ね、一つ聞いていい?」

「何だ? 言ってみるがいい」

「こっちの世界とあっちの世界は、壁は厚いけど通じてるんでしょ? だったら、僕だけあっちの世界に逃げたって、いつかは旧支配者が攻めてくるんじゃないの?」

「それなら心配する事はない。その時のために、かつての巫女は結界を張ったのだ。人は愚かにも邪光のカーテンと呼んでいるがな」

「ああ! あのオーロラ!」

「やっぱり……邪光のカーテンは悪いものではなかったんだわ!」


 エミナさんは嬉しそうに微笑んだ。


「無論だ。あの忌々しき旧支配者によって伝承も歪められ、今や正しき伝承はごく一部にしか伝えられていないがな……そして、そんな結界を、私は完全に閉じる事が出来る」

「完全に閉じる……つまり……」

「そう。そうすれば、この世界だけを隔離し、旧支配者はこちら側のみを手に入れるに止まるというわけだ」

「そうなんだ……」

「じゃあ、やっぱりこれでお別れだね、ミズキちゃん」

「エミナさん……」

「心配しないでいいよ。こっちには伝説の勇者の仲間が二人も付いてるんだもん。負けないよ!」

「だと、いいがな……」


 エルダードラゴンさんが深刻な顔をしている。


「ふん……怖気づいたかじじい」

「何を言うか。この私は旧支配者などに怖気づいたりはせん!」

「ほう、ならば私と同じだな! こうなったらこうなったで、より強大な敵と戦えるわけだ。燃えるじゃないか!」

「私も頑張るから……」

「いや……駄目だよ……駄目だよ!」

「ミズキちゃん……でも……」

「駄目だよそんなのは。寂しいもの。僕の気持ちが軽くなったのは、皆のおかげなんだから」

「なんというか、やはり気負っているが……ま、それがお前なら、それもいいか!」

「人には性というものがあるからな。無理に封じ込めたところで、今度は本末転倒になりかねん。何事もほどよいのが大事なのだ。ほどよいのがな」

「な、なんだよその目は」

「いやなに、儂はおぬしみたいに眠って時を過ごしていないという事を忘れてはいないかと思ってな」

「うぅー……嫌味なじじいだ。おい、こんなじじいに付き合わなくてもいいんだぞ!」

「ふふ……ありがとう。でも、もう決めたんだ。思い起こすとさ……エミナさんの町の人も、都の人も……皆、なんだかんだで幸せそうだったな……って。で、それは凄く、さりげなくて……ひょっとしたら、ずっと見過ごしてたかもしれない。……そんな日常の事を思ったらさ、この世界が魔王に支配されるなんて、絶対駄目な事だって思って……」

「ミズキちゃん……」

「今まであった人……ううん、この世界、全ての日常が無くなるなんて、辛過ぎるよ。僕は魔王と戦う。この事、もう決めたからね」

「ほう……その意気や良しといったところだな! 熱い一面も持ってるではないか!」

「それに、その頑固さよ。私も頑固だと思うが……おぬしは私以上に頑固かもしれぬな」

「あはは……なんか、恥ずかしいな。素を見られたみたいで……」

「ミズキちゃん、本当にいいの? あっちの世界には家族や友達が居るんでしょ?」

「いいんだよ。エミナさんにだって家族や友達がいる。この世界の人達、皆そうだもの。だったら、先にこっちだよ」

「ミズキちゃん……ありがとう。この戦いが終わったら、こことは別の世界の話、色々話せたらいいね」

「うん……今までのお返しに、今度は僕が、僕の世界の事を話すよ」

(おい、じじい。何だかいい雰囲気になってるんだが)

(私に振るな。ふーむ……しかし、確かに、ここは一旦二人きりに……)


 イミッテとエルダードラゴンさんがひそひそ話をしている。僕にも聞こえる声で。


「む……!?」


 突如、エルダードラゴンさんの表情が険しくなった。


「どうしたの、エルダードラゴンさん」

「まさか……私としたことが、してやられたか……!」


 エルダードラゴンさんが、鋭い眼差しで、町の一角を睨み付けた。


「な……なんだ……?」


 エルダードラゴンが睨んだ先には、さっきの喋るジャームが居た。


「ジェ、ジェネラル! いつの間に!?」


 エミナさんが咄嗟にジェネラルの方へと向き直って構える。


「奴の動きを止めるのだ! ゴォォォォ!」


 エルダードラゴンさんが雄叫びをあげた。そして、その口から真っ白に光る炎をジェネラルに向かって吐き出す。

 それを受けたジェネラルは、瞬く間に白く光る炎に包まれた。


「透過能力など小賢しい手を使いおってえぇぇぇ!」


 エルダードラゴンさんは、そう言いながら再び光る炎を吐く。ジェネラルは更に激しく燃え上がった。


「ウオォォォォ……もう遅いぞ!」


 ジェネラルは、炎に焼かれ、悶えながらも腕を高く掲げた。その先には……。


「し、心臓!?」


 僕の目が、それを心臓だと認知した瞬間、それはジェネラルの手によって握り潰された。


「オォォォォ……見えたぞ古の龍よ! お前の絶望に沈む顔がぁ! ふはははは!

 ……うぁぁ!」


 ジェネラルは、笑いながら光る炎に完全に包まれ――やがて、灰になった。


「忌々しい! 悪趣味な連中め!」


 エルダードラゴンさんが、嫌悪感と怒りを剥き出しにして叫んだ。


「お、落ち着いて、エルダードラゴンさん! 一体、何かあったの!?」

「ミズキの言う通りだ、じじい。もう、事は成ってしまったのだ。今は落ち着いて、二人に説明すべきだ」

「ぐ……そうだな……!」


 エルダードラゴンさんの顔が、ますます険しく歪む。相当悔しそうだ。


「魔王が復活した」


 エルダードラゴンさんの声に、隠しきれない怒りを感じる。


「魔王が……!」

「く……私がもう少し早く自我を取り戻していれば、あるいは防げたかもしれないな……!」


 エミナさんとイミッテも青い顔をしている。僕だって魔王が復活したという事だけで恐ろしい事が起きたのだと分かるのだから、実感の沸くこの世界の人達にとっては相当だろう。


「それは結果論だイミッテ。言っても仕方のない事だ」

「それは分かってるがな……どれくらいの力を感じる?」

「ふむ。まだ完全に力を取り戻してはいないようだが……凄まじい力を感じておる。おのれ魔王め……」

「で、でも、どうするの? まだ不完全だけど、魔王は復活しちゃったんでしょ?」

「魔王は動いてはいないようだ。力を蓄える事に専念しているのかもしれん」

「なるほど。ならば、これ以上力を付けないうちに倒すしかあるまい!」


 イミッテが元気いっぱいに言う。


「じゃあ、またすぐに戦うのか……」


 僕はがっくりと肩を落とし、溜め息をついた。やっと牢屋を出たと思ったら魔族に拉致されて悪夢にうなされ、ジャームとか言う化け物と戦って……次は息つく間も無く魔王と戦う事になるらしい。


「いや、今の戦いで消費した状態で挑むのは上策とは言えん。休息は必要だろう」

「そうなの? 良かったぁ」


 どうやら、息をつく間はあるらしい。僕はほっと胸を撫でおろした。


「あそこの大きな建物が宿屋だ。二人共、充分に体を休めるがよいぞ」


 エルダードラゴンさんが、周りに建ち並ぶ建物の中でも一際大きな建物を、首で示した。


「でも、誰もいないよ?」

「すまんが、世話係は確保出来ないのだ、自分でどうにかしてくれると有り難い」

「いや、そうじゃなくてさ、無断で泊まっていいの?」

「構わんだろう。もう、ここには誰も残っていないからな」

「うーん……そういうものなのか……」


 人は居ないし、エルダードラゴンさんもああ言っているので大丈夫なのだろうが、どうにも罪悪感が……。


「あっ?」


 僕は思わず声をあげた。エミナさんの体が、ぐらりと傾いたからだ。


「エ、エミナさん!?」


 地面に倒れないうちに、僕はエミナさんの背中を左腕で支えた。


「戦いが終わったと分かって気が抜けたのだろう。初めての、しかも激しい戦いだったからな。体力も精神も消耗しきってしまったのだ」

「そうなのか……己の肉体こそ約束されし力、我が身にナタクの力を宿したまえ……ナタクフェイバー!」


 僕はナタクフェイバーを唱えながら、右腕をエミナさんの膝の後ろに回り込ませた。


「よいしょ!」


 エミナさんを持ち上げる。思ったよりも軽い。フルキャストじゃなくてもよかったかもしれない。


「おっ、お姫様抱っこか? やるなぁ、おい!」


 イミッテがニヤニヤとしながらからかう。


「ち。違うよ! 疲れてるんだから、ベッドまで運ばないとだからだよ!」

「そうかぁ? 別に照れなくてもいいんだぞ?」

「だから、違うって!」

「……まあいいだろう。しかし、呪文を使わないと持てないのなら代わってもいいぞ。お前だって疲れているだろう?」

「いや、イミッテには残ってもらう」

「ええーー!?」


 エルダードラゴンさんが言い終わらないうちに、イミッテは露骨に嫌な顔をして叫んだ。


「反応早いなー」


 今のイミッテの瞬発力は凄かった。感心した。


「何やらせる気だよ!」

「お前にはやってもらう事があるのでな。なに、簡単な事だ。すぐ終わる」

「くそー、何をやらせるつもりなんだ、このじじい……」

「じゃあ、僕はエミナさんと宿屋に行くね」

「うむ。ゆっくり休むがよい。起きたら決戦だ」


 エルダードラゴンさんの表情が強張る。きっと、起きたらこの世界を懸けた戦いが始まるのだろう。比喩なんていらない。正真正銘の、魔王との決戦が……。

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