1-26.日常へ
「ん……」
洞窟の中で意識が遠くなった事は覚えている。でも、それなら何故、僕は布団に寝ているんだろう。
状況が飲み込めずに、キョロキョロと辺りを見回す。辺りは暗いが、壁はゴツゴツしていない。洞窟の中ではなさそうだ。
壁は床に垂直に作られている。建物の一室らしい。床には木目がある。木で出来ているみたいだ。
どこかに閉じ込められたということか。辺りを見回す。
「ここは……」
暗さに目が慣れてくると、部屋の全貌がなんとなく分かった。
木目のある床はフローリングで、壁には白い壁紙が張られている。窓は二つあって、それぞれにはレースのカーテンが取り付けてあり、雨戸は閉まっている。
そうだ。この場所は、他のどこよりも良く知っている。
「僕の部屋……?」
僕は、布団から飛び起きて、雨戸を勢い良く開けた。
「帰って……きた……のか……?」
外にはいつも見慣れている風景が広がっている。異世界に来るずっと前から見慣れている風景だ。
正面にはお隣さんの八朔の木、手前には電線が見える。
遠くに建っているのは高層マンションだ。あそこの数軒は、他の建物に比べて極端に背が高いので目立っている。
そして、その回りの様々な建物の間を縫って見えるのが陸橋だ。あそこはには電車が通っていて、小さい頃は、しょっちゅう双眼鏡で覗いていた。
今も、ぼおっと外を眺めるときは、あそこを見ている時が多い。
「……」
しばし、呆然とする。
「帰ってきたんだ……」
ホッと一回、息を漏らして、僕はコタツヘ潜り込んだ。
「ああ、そうだ」
ポケットにあるスマートフォンを取り出し、起動させようとした。が、電池残量がもう無いらしく、起動しない。
「充電、しないと」
充電器は、手を少し伸ばせば届く収納の中に入っている。
僕はそれを取り出して、スマートフォンの充電を始めた。
「ふぅ……」
時計を見る。時間は午前十一時半を少し回った所だ。
「うん?」
次にカレンダーも見る。曜日は日曜日。ということは、明日は学校へ行かないといけないのか。
「もうちょっと休みたいけどな……」
ついさっきまで、異世界の洞窟に居た。その割に体は疲れていないが、気持ち的にはなんだか疲労が取れていない気がする。
「傷つきし闘士に癒しの光を……トリート!」
うんともすんともいわない。部屋は静まりかえったままだ。
「あはは……使えないよな、そりゃ」
少し残念だけど、少しホッとした。
「そっか……元通りなのか……」
胸は小さい。声も低い。服は異世界に行くときに着ていたのと同じ、Tシャツに半ズボンだ。サイズも丁度いい。
ふと、僕は部屋からでて、一階へ降りてみた。
一階の居間には、当然のごとく人が居た。いつも顔を合わせているが、今見るととても懐かしい。
「ただいま、母さん」
「お帰り……って、瑞輝、ずっと部屋に居なかった?」
「出かけてたよ。この格好見れば分かるでしょ?」
「そうねえ、そんな感じはしないわねぇ……まあいいわ。母さん、ちょっとこれから用事があるから、お昼遅れるわよ。嫌だったら、自分で買って食べてね」
「いいよ、待ってるよ……あ、じゃあ、お昼になったら起こしてくれる? なんだかさ、疲れちゃったんだ」
「あら、珍しく、外で体でも動かして来たの?」
「まあ……そんなところかも」
「へぇ、そうなんだ……分かったわ。じゃあ、ご飯できたら起こしに行くわね」
「うん、ありがと」
そう言うと、僕は自分の部屋へと戻った。
そして、部屋着に着替え、布団に入った。
「ああ、気持ちいいな……」
安心感に包まれた僕の意識は、自然とまどろみの中へ落ちていった。
「なんだろ、懐かしい……」
町の外れには小さな家屋や畑が目立っていて、私の村の雰囲気に似ている。外れでこうなのだから、町の中心部はさぞ栄えている事だろう。
父さん、母さん、ロビン、シェールさん、皆、大丈夫だろうか。ミズキちゃんは……無事に助かるだろうか……。
私の行くべき所は、町の中心部だ。その方角を眺めてみる。町の中心には沢山の家が建っているが、その中に一際高い建造物が存在感を放っている。その建造物の所々からは水が噴き出している。大きくて高い噴水だ。
町の一番高い所から、色々な方向に水を落としている噴水。そして、装飾も立派で綺麗だ。近くで見ればさぞ綺麗なことだろう。
「酷い……」
近くの風景に目を戻すと、ぱっと見ただけで、ジャームに襲われた惨状が分かった。
畑は踏み荒らされているし、籠やコーチはひっくり返り、物は散乱している。コーチに繋がれたワムヌゥも、既に息絶えているようだ。
鉢も割れ、花は無惨に散乱し、殆どが踏み潰されている。
「ここの人を……救う……」
エルダードラゴン様の言葉が思い起こされる。
――よいか、ジャームを一掃し、安全を確保した上で、町の中心を目指すのだ。そこには救いを待つ人々が居るだろう――。
「救いを待つ人々が……」
一人でも多くの人を助けなければならない。目を瞑って、乱れた呼吸を整える。
――よいか、私はこれからミズキを探すのと、旧支配者に聞かれるのを防ぐために、交信は最小限にとどめなければいけない。そなたは一人で行動する事になるが……今のそなたには、そのために力も、知恵も備わっている。憶することはないぞ――。
「ふぅー……」
ミズキちゃん……無事でいるだろうか。少しの深呼吸の後、そっと目を開ける。そして、じっと町の中心部の噴水を見据える。
「キシャアァァァ!」
突然、気の影から黒い何かが私に襲いかかってきた。咄嗟に後ろへ飛び退きら、魔法を唱える。
「風よ、その身を鋭き螺旋の形に変え、万物を貫く刃となれ……ドリルブラスト!」
周辺の風の流れが変わるのを感じる。透明な風は、凝縮し、螺旋状に渦を巻く事によって可視化し、私の手に纏わりついた。
これが私の最も得意とする魔法。この町を、これ程までに完全に支配した相手と戦うのなら、これでいくしかない。
「たあっ!」
ドリルブラストを降り下ろすと、黒い何かは悲鳴をあげて倒れた。
ドリルブラストは、縦に突く力も勿論だが、横に斬る力も、周りを渦巻く風の刃の影響で、それなりにある。
「はぁ……はぁ……」
心臓がバクバクと音をたてる。
「これが……エビルジャーム兵……」
ジャームは真っ黒い、蟻のような姿をしていて、背には悪魔のような翼が生えている。
「危なかったわ……これにやられたら……」
ゾッとする。ジャームの手と足には、鋭く長い爪が付いている。これで引っ掻かれたらひとたまりもないだろう。
私は身震いをしながら歩みを進めた。
「この町のジャームを一掃する事と、町の中心に行くこと……」
私は農村部に点在するジャームを退治しつつ、町の中心部へと向かう事にした。
「懐かしいな……やっぱり……夢にしては……」
圧倒的な現実感を持つ夢。そんな夢を見る事なんてあるのだろうか。
お昼の腹ごなしを兼ねて近所を散歩してみても、あの夢の事が、まだ頭から離れない。
いつの間にか半年くらい時間が経過する夢は、時々見る。でも、起きてしまえば、やっぱり一晩で見た夢なのだ。でも、今回の夢は違う。
周りの景観が懐かしい。本当にファンタジー世界を旅して戻って来た。そんな感覚なのだ。
「あれ?」
最近新しくオープンしたコーヒーショップだ。行こう行こうとは思っていても、中々行けない場所だ。何故かというと……。
「何してるの?」
「あ、悠さん……えっ、は、悠さん!?」
「何よ、そんな、死んだ筈の人間にでも会ったみたいな顔をしてさ」
「え、いや、だって……」
まさしくその通りなのだが……そんな事を本人に直接聞けない。まあ、生きていたのなら、それに越したことは無いし、そんなに詮索する必要も無いだろう。
「まぁ……いいか……いいのか……?」
「それより、挙動不審だったよ。どうしたの?」
「それは……」
言うのは躊躇われる。恥ずかしい理由を、悠さんに言うなんて……。
「ここ、入ろうとしてたでしょ。私も丁度、喉渇いてたんだよね。一緒に入ろ!」
「いやあ……いいよ……」
「何で? ……ああ、桃井君の事だから、注文の仕方が難しそうだって言うんでしょう」
「なっ……!」
やはり悠さんは勘がいい。恥ずかしくて言えない理由をズバリと当ててくる。この悠さんは、間違い無く本物の悠さんだ。
「あ……図星だったんだ……じゃあ尚更ね。注文なんて、指差しでどうにでもなるんだから!」
悠さんが僕の手を引いて、ズンズンと店の中へと入った。堂々としているもんだ。
「悠さんて、こういうとこ、来るんだ」
「私も初めてだよ。でも、面白そうだから」
「えっ、初めてなの? じゃあ注文とか……」
「注文なんて、前の人を見ればいいのよ」
「ええと、レギュラートールホットで。あと、ホイップピュアビターチョコで」
「……い、今、何て言ったか聞こえた?」
「……あれはアテにならないわ。私がお手本見せてあげるから」
前の人のいう事を聞いて戸惑う僕にぴしゃりと一言を浴びせ、悠さんは、ススっとカウンターの方へと歩いていった。躊躇いは一切感じられない」
「えーと、これ、下さい」
「アイスとホットがありますが、どちらに致しましょう」
「アイスで」
「そちらの方はご一緒ですか?」
「え? じゃあ、一緒で。何にする?」
「ええ? えーと……同じのでいいよ」
いきなり振られて良く分からないので、思わず同じのを頼んでしまった。
「アイスとホットがありますが、どちらに致しましょう」
「えーと……アイスで。それで、ホイップピュアビターチョコっていうのは……」
「えっ?」
「こういう時は、余計な事、言わなくていいんだよ、桃井君」
悠さんが耳元で囁く。
「ええ? そうなの?」
「初めての時は、ギャンブルしない方がいいよ……!」
「そ、そうだよね……な、何でもないです」
「では、あちらの受付カウンターでお待ち下さい」
「はーい。ほら、行こ!」
「う……うん……おっ……!」
悠さんは、またも手をグイッと引いて僕を引っ張った。
「うーん……完全にリードされている。そういえば、あっちでもエミナさんに……あ……」
普通の夢ならもう忘れているのに、この夢はいつまでも残る。不思議だ。
「なんなんだ……」
「どうしたの桃井君。なんか、疲れてる?」
「ああ、いや、ちょっと……夢を見てさ……」
「それって、悪夢とか?」
「悪夢……かもしれないなぁ……酷い目にあったし」
「じゃあ、そんな夢忘れちゃいなよ。悪夢って、結構記憶に残っちゃうものだから、楽しい事いっぱいして忘れちゃった方がいいよ」
「そう? ……そうだよね。折角帰ってきた……じゃなくて、悪夢から覚めたわけだしね」
「そうそう!」
確かに、過ぎた事を考えても仕方がない。夢の刺激が強過ぎたのだろうか、なにか、漠然とした物足りなさを感じるけれどそれにもすぐに慣れるだろう。
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