1-27.エビルジャーム兵

 農村部から町の中心へ近付くにつれて、レンガや木で作られた住居が目立ってきた。町の中心は、もっと発展しているのだろう。農村部の雰囲気は、私の村とそれほど変わらない感じはしたが、やはり私の村よりは、ずっと栄えた所のようだ。


「あれは……」


 ジャームだ。咄嗟に家の陰に隠れて様子を見てみる。

 少し派手な門……恐らく、大通りの入り口だろう。そこに全部で五匹……いや、六匹居る。こちらには気付いていない。

 私は大きく深呼吸をして――駆け出した。戦いを始めると腹をくくったのだ。


「天から降るは純麗じゅんれいなるあおき刃……ブリザードストーム!」


 氷の刃に貫かれ、ジャーム達は次々と倒れていく。


「凄い魔力だわ。威力が全然違う」


 自分の力に驚きを隠せない。しかし、同時に、それは神龍の加護があっての事。神龍の加護の無い状態では、このジャーム一匹にすら、勝てる自信が無い。


「えっと……」


 この規模の町なら、繁華街の入り口付近に備え付けられている筈。念入りに辺りを観察する。


「あった、案内板だわ」


 目当てのものが見つかった。急いで駆け寄る。

 案内板は、恐らくジャームの爪か、何かの刃物かで傷付いている所もあるが、辛うじて見れる範囲の破損に留まっている。

 案内板によると、広場は沢山点在しているが、エルダードラゴン様が言っていたのは中央の大きな広場の事だろう。


「写しておいた方がいいかしら」


 ポケットから折り畳んだ紙を取り出し、広げる。すると、案内板よりも少し小さい程度だの大きさになった。

 このサイズならば、案内板を写すのには充分な大きさだろう。

 その紙を案内板の方に掲げ、魔法を詠唱する。


「天より降り注ぎし光、それが写せしは無限の色彩……フォトンデュプリケイト」


 唱え終わると紙が光りだした。光は案内板に書かれている地図と、ほぼ同じ輪郭を型どりながら広がり――やがて、光が消えた。


「凄いわ、見た感じ、殆どズレとか、無い」


 神龍の加護で、魔法適性も上がっているという事なのだろうか。歪みが殆ど無い写しが出来上がった。


「ええと……」


 これで地図が手に入った。案内板から離れても、次にやることを決め易くなるだろう。

 でも、ジャームがどの辺りに潜んでいるのかは見当も付かない。地図は出来たのだから、ひとまず、目についたジャームを倒しながら移動して、暫く様子を見てみよう。

 私はは横道に入ると、ポツンと立っているジャームをドリルブラストで切りつけた。

 肉を切り裂く感覚。それがジャームを切った事によるものでも、凄く、嫌だ。


「一体、どれくらい居るんだろう」


 思わず大きな溜め息をついた。

 どんよりとした気持ちでジャームに魔法を繰り出しながら進んでいると、段々と大きい建物が目立ちだした。町の中心へ近付いてきた証拠だ。


「わぁ……」


 中には見たことのない風貌の建物もある。何かの礼拝施設だろうか。

 真っ白な壁に、きらびやかな装飾。破壊されていなければ、さぞかし綺麗だったであろう。

 しかし、綺麗なステンドグラスは無惨に割れて、地面に落ちている。

 また、よく手入れされていただろう、真っ白な煉瓦造りの壁には大きな穴が開いてしまっている。

 ジャームの居ない、平和な時に来れたら良かった。一瞬、そんな思いが頭を過ったが、目の前の惨状を見て、全て吹き飛んでしまった。


「うっ……」


 強烈な臭いと吐き気が鼻を突く。

 目の前には、鎧やローブ、バトルドレスを纏った、恐らくはジャームに抵抗したのであろう人の屍が、折り重なって放置されている。

 まだ完全に占領されていない時に、お墓を作るつもりでここに死体をまとめておいたのだろうか。……いや、どうやら違う。

 死体は無造作に積まれているわけではない。無造作に積まれているのなら、裾野の広い山のようになるはず。しかし、これはバラバラになった頭も手足も、そして内蔵も、まるでパズルのよう隙間無く、そして高く組み立てられて、緑色の粘液のようなもので固められている。つまり、ジャームの仕業だ。

 人体で出来た壁……そう。例えるなら壁だ。出来るだけ高くなるように積み重ねてあるのだ。

 この先に進ませないためのものだろうか。だとしたら、この先には大量のジャームが居るかもしれない。

 どこかに迂回路がないかと、辺りを眺める。

 横道は、この辺りには無い。ここまでは暫く一本道だった。なら、どこか、家の中から通り抜けるか、屋根から侵入することはできないだろうか。そう思って、一番近い家に近寄った。

 ドアをみる。ドアの縁にも、緑色の何かが付いている。家の扉も開かないようにしてあるらしい。

 大きく迂回しないと広場には着けないようにしてあるのかもしれない。


「回り道、しないと……」


 地図に目を落とす。今居る場所は広場の少し手前だ。広場に行くのには、もう少し歩く必要があるが……この壁に阻まれているので、かなりの距離を戻る必要がある。

 しかも、運の悪いことに、この辺りには脇道がない。他の道なら、これほど戻らなくても、隣の道へ迂回できたのだが……。


「……え?」


 額にじんわりと汗が滲む。


「も、もしかして……」


 そう、私は気付いた。この状況は。偶然の産物ではない。

 再び地図を凝視する……やはり、心配した事は当たっているかもしれない。

 ジャームからすると、広場からここまで兵力を送り込み易い作りになっているのだ。

 ここから伸びる、横道の無い真っ直ぐな道。その先に、別の小さい広場から通れる道が両側から通じている。そして、それぞれの広場には、中央の広場から、ほぼ最短距離で到着できる真っ直ぐな道が伸びている。

 つまり、本拠地の中央広場から、随時、小さい二つの広場にジャームを移動させて、戦力を貯めておく事が出来る構造なのだ。

 そして、町の各所に配備されたジャームを使い、私のように、ここへと誘い込み……後は小さい広場からジャームを送り込んで、壁とジャームで挟み、逃げ道のなくなった人を一網打尽にすればいい。


「……」


 顔を青くしながら地図を見る。死体で出来た壁は、広場へ行くのを妨げる目的にしているには中途半端な位置だ。認めたくないが、この考えを証明するのには、充分な証拠だ。

 自分の周りを見渡す……居た。

 数匹のジャームが、気付かれないように遮蔽物の陰に身を隠しながら、忍び足で近付いてきている。建物や、植木の陰にもジャームが潜んでいる。多分、今ぱっと見えている数の何倍ものジャームが、遮蔽物の陰に隠れているだろう。

 やはり、既に手遅れだ。


「でも……」


 やるしかない。罠には嵌まってしまったが、切り抜けられない状況じゃない。

 大きな通路に疎らに広がっているジャームを相手にするには、ドリルブラストでは効率が悪い。上手くできる自信は無いが……さっきのフォトンデュプリケイトは上手くできた。もしかしたら……。


「焔焔たる五つの破壊者よ、その力を以て全てを焼き尽くせ……クィンターバースト!」


 私の頭上に五つの火球が浮かび上がった。


「まずは、そこ……」


 ジャームが密集している左奥に火球を打ち込む。

 火球が地面に命中すると、爆発と共に、地面にびっしりと敷かれた石畳も吹き飛んだ。


「そこと……あそこ……」


 火球を二つ使用し、更に二ヶ所を攻撃する。

 新たに来たジャームの群れに向けて、残り二個の火球も放つ……群れの八割は削れただろうか。


「大空を震わす稲妻よ。雪崩となってその身を轟かせよ……ライトニングテンペスト!」


 私の手から放たれた光の球は頭上高くに浮かび上がり、そこからいくつもの稲妻が降り注ぐ。

 稲妻は次々とジャームを貫き、さっきの群れの残りと、新たに現れた群れを一掃した。


「凄い……」


 神龍の加護の力は驚異的だ。クィンターバーストとライトニングテンペスト。苦手な筈の二つの魔法の詠唱が、いとも簡単に成功したのだ。それも、まるで子供の頃から使っていたように体に馴染んでいるようだ。


「でも……」


 ジャームの群れは、次から次へと現れる。絶え間無く範囲魔法を打ち続けているが、減る気配は無い。

 むしろ、二倍、三倍にも膨れ上がっている。


「く……」


 絶望的な状況。ふと、自分がジャームの爪で斬り裂かれた姿を想像する。

 しかし、ここで諦めたら、終わりだ。自分も、世界も。


「何で私が勇者なんだろうな」


 ぼそりと呟き、両手を前にかざす。


「天から降るは純麗じゅんれいなるあおき刃……ブリザードストーム! 大空を震わす稲妻よ。雪崩となってその身を轟かせよ……ライトニングテンペスト!」


 続けざまに、範囲魔法を二発撃ち込む。

 フルキャストの範囲魔法を二発打ち込んだのにもかかわらず、ジャームの数は、どんどん増える。


「焔焔たる五つの破壊者よ、その力を以て全てを焼き尽くせ……クィンターバースト! 天から降るは純麗じゅんれいなるあおき刃……ブリザードストーム!」


 休む間も無く範囲魔法を打ち続けるが、ジャームの数に押されてジリジリと後退するしかない。


「はぁ……はぁ……」


 息が切れる。足元もふらついてきた。ジャームは尚も、大群で襲ってくる。倒しても倒しても、どこからともなく湧いてくるのだ。


「くぅ……どうすれば……」


 いつの間にか、壁際にまで追い詰められている。

 捌ききれずに逃げ場が無くなるのが先か、それとも魔力と体力が尽きるのが先か……どちらにせよ、逃げ場が無くなり大量のジャームに取り囲まれ、鋭利な爪で引き裂かれてしまうだろう。


「う……」


 大勢の死体で作られた壁が間近に迫り、それぞれの人の表情が鮮明に見える。どの人も、恐怖に怯えてひきつった表情のままだ。

 この壁を壊せば、広場の近くに出る筈。そんな考えが頭によぎる。

 これは、この袋小路に追い詰めて逃げられないようにするための罠なのだから、戦力はここに集中しているはず。

 つまり、壁の向こう側に居るジャームは少ない筈だ。壁を壊し、一旦体勢を立て直せば、一転してこちらの有利な状況になるだろう。でも……。


「出来ないよ……」


 壁を壊すという事は、この人達の体をバラバラに切り裂くという事だ。そんな事は、出来ない。


「でも……」


 私は腹を決めて駆け出した。大量のジャームに向かって。


「闇を射抜く光の刃よ、今、希望の道を開け……シャイニングビーム!」


 手から放たれた光は直線状に伸び、ジャームは光に飲み込まれた。行く手を阻むジャームは居なくなったが、それは一時的なものだ。残ったジャーム達が、私の行く手を阻むように傾れ込もうとしている。


「もう一回……闇を射抜く光の刃よ、今、希望の道を開け……シャイニングビーム!」


 シャイニングビームによって再びジャームを一掃し、全力で走る。今のうちに出来るだけ距離を稼がないといけない。

 そうやって、脇道の無い長い通りを、精一杯の速さで駆け抜けていくと、不意に、私は足を止めた。


「ここ!」


 思いきり両手を広げ、詠唱を開始する。


「紅き大壁よ、煉獄の火炎を纏いて形有る物をを押し潰せ……ブレイジングウォール!」


 自分を中心に高温の炎が放出された。


「こんな魔法を使う時が来るなんて……」


 私の周りのジャーム達が、橙色の炎に次から次へと焼かれていく。仮に仲間が近くに居たとしても、ジャームと同じ運命を辿るだろう。

 つまり、単独で大量の相手に使う魔法なのだ。

 私に魔法を教えた人は、私の村の人だ。幼い時から村の人に魔法を学んでいた。だから、魔法を使う時には、常に近くに教える人が居た。

 それは私の思い描いていた将来の魔法使いの姿においても同じだった。近くには助ける人が、そして仲間が居た。

 しかし……今は、この大きな町で、一人で戦っている。孤独で……辛い。


「……見えた!」


 周りのジャームが一掃された。ジャームの大群に隠れて見えなかった、大通りら分岐している道が、左右に現れる。

 左右の道どちらも、かなり先の景色まで見通せる。

 奥には建物が立ち並んでいるが、更にその奥に少しだけ、家並みが途切れた空間があるのが判別出来た。そこには恐らく、建物は立っていない。

 大量のジャームの相手で地図を見る暇は無いが、恐らく、あそこがジャームの集まっていて、中央広場から直通の、小さな広場だ。


「大空を震わす稲妻よ。雪崩となってその身を轟かせよ……ライトニングテンペスト!」


 私が呪文を唱えると、光の球は真っ直ぐに空へと向かっていく。


「届いて……!」


 光の球が、ぴたりと静止し――直後、光の球の下に、大量の稲妻が降り注いだ。


「届いた!」

「大空を震わす稲妻よ。雪崩となってその身を轟かせよ……ライトニングテンペスト!」


 逆の通路にもライトニングテンペストを打ち込む――こちらも届いた。


「……紅き大壁よ、煉獄の火炎を纏いて形有る物をを押し潰せ……ブレイジングウォール!」


 再びジャームに囲まれる前に急いでブレイジングウォールを唱え、周りのジャームを一掃する。


「はぁ……はぁ……なんとかなりそう……」


 息が切れる。回復系の魔法を唱える余裕は無い。


「闇を射抜く光の刃よ、今、希望の道を開け……シャイニングビーム!」


 さっき走ってきた大通りにも、シャイニングビームを打ち込む。この光の帯は壁の所までは届かないまでも、相当数のジャームが倒せる筈だ。


「これで少しは……大空を震わす稲妻よ……」


 息も絶え絶えになりながら、間髪入れずに魔法を唱える。


「雪崩となってその身を轟かせよ……ライトニングテンペスト!」


 大通りに行くには、私の居る、この位置を通過しないといけない。この位置でジャームを相手にしていれば、ジャームは大通りへは行き辛くなる。大通りから攻めてくるジャームは減っていく筈だ。

 そして、左右の細い道を通れる人数は限られる。小さな広場にもライトニングテンペストを打ち込んでいるので、そこに溜まることもなくなった。これ以上、一気に攻めてくることはないだろう。


「後は……この町のジャームと、私のスタミナ、どちらが先に尽きるか……」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る