逝って目指すは黄泉平坂
みみみみ
第1話 天国は地獄でした……。
上を見上げれば、雲ひとつどころか、
一歩足を踏み出せば、ふわふわとした柔らかな感触と、それでいてしっかりと地面に立ってるような奇妙な感覚に戸惑いを隠せない。
周囲には、白を基調とした質素な服と、頭の上に、丸く輝く輪っかを乗せた人々がいる。
そう、私は今……
「そこの天使っぽい人! 聞きたことがあります!!
―――ここは何処です? まさかとは思いますが……天国です?」
たまたま通りがかった、翼の生えた人。天使っぽい人物に私は声をかけた。
「
それと質問への答えですが……はい、ここは
「……何故、私がココに居るのです?」
私は八百万の神々を恐れ崇める多神教徒であり、唯一無二を是とする一神教徒とは違う。
「何故と言われましても……。
あなたは生前、ココに来れるだけの善行を積んだ善き人だから……としか言いようがありませんね~」
つまり、お前だけでなく、私もすでに死んでいると?
将来の夢を思えば、認めがたい事実だが……辺り一面に広がる非現実的な光景を前にすれば否応もない……か。
「特に悪いことをした覚えもなければ……特に良いことをした覚えもないんだけど?」
「えーと、ちょっと待って下さいね」
天使はどこからか、スマートフォンっぽいモノを取り出し、何かを調べ始めた。
「え? これですか? 下界にあるものは全て、天界にもありますよ
それとココは、地上を支配する物理法則とは違う、全く別の法則で管理されてますから……」
死後の世界も現実世界と文明レベルは大差ないのだろうか?
「それは、次元が違うってことです?」
「うーん、そうですね~。概ねその理解で間違ってはいないと思いますよ~。
あ、ありました。
えーと、どれどれ………ふむふむ……」
[
[
[宿業:+2457]
「
しかも、親より先に死ぬことによるペナルティを受けて尚、2000超えは大したものです。
―――ここに来れる条件は+500超えですから、資格としては十分過ぎますね」
「褒めてもらえるのは嬉しいが……正直、我が事ながら、そこまで善人だとは思えないのです」
私の答えに天使は困ったように微笑み言葉を紡ぐ。
「自覚はないようですが……。
嘘をつかない。
暴言を吐かない。
人を傷つけない。
大自然の恵みに感謝する。
困った人を助ける。
そう言った、本来は当たり前の事を、当たり前のように行動できる人って、珍しいんですよ」
感心するように褒められたが、私は眉をひそめ言葉を返す。
「血の汚れは神道的に、ご法度でなので、人を傷つけないのは当然です。
嘘と暴言も、私は、自分が根本的に口が悪いことを自覚してるですので、必要な時以外は、無口を装い。コミュニケーションを拒否してただけです。
神職を志願しているから、八百万神の神々の尊重は当然だです。
ついでに、困った人に手を差し伸べてたりもしていたけど……ちゃんと玉串料を要求していたはずです」
私としては、対価を得てるのだから、善行とは言えないと思うのだが?
「ああ、それはですね。
心情はどうあれ、重要なのは行動なのですよ。
下界風に言うならば、WIN-WINでも、下心ありの偽善でも、結果が良ければ善行です。
例えば……そうですね~貴方の死因ですが……高く評価されてますよ?」
言われて、ふと思い返す。
5W1H……どうして、私は死んだのか?
私がたまたま公園のそばを通った時に、公園から「ポチー!!」と、逃げた飼い犬を呼びながら駆けて来た少女を見かけた。
少女の向かう先は信号の無い道で、ペットの手綱が外れ。ソコに飛び出した事が、悲劇の始まりだった。
犬を追って、車道に飛び出しす子供。
その少女を追いかけ、止まりなさいと叫ぶ母親。
クラクションが鳴り響き、急ブレーキの音が響く中、私は少女を止めようと……? あれ? どうしたんだっけ?
「そうか……少女を助けようと車に撥ねられたのです……?」
「え、違いますよ?
助けようとしたけど間に合わず、貴方の目の前で少女と犬はミンチになりました。
そして、走馬灯効果によって、少女が肉塊へと変わる様をつぶさに見届け。その返り血と肉片をモロに浴びた貴方は、そこでショック死したんです」
「む、無駄死にじゃないですか……」
「結果はどうあれ、助けようとした行動は評価されてますから、無駄ではありませんよ?」
「予定とは、だいぶ違ったが……コレも天の采配と言うなら仕方ありません。
―――ところで、さっきから気になっていたのですが、辺りに女性の姿が見えないのはどう言う理由です?」
「え? ココには女性なんて居ませんよ?」
「は?」
「
「なん……ですと?」
そ、それは何の嫌がらせだ!?
「定員は144,000人ですから、貴方は運が良い」
当たりは当たりでも、食あたり並みに嬉しくないのだがっ!!?
「……ちょっと待つです! だとしたら死んだ少女とペットの犬はどうなったのです?!」
「女性や不信心者、非童貞は
―――動物や植物は救済の対象外ですから知りません」
「……ミンチになった上に地獄行きは酷くないです?」
天使は少し考えた後スマホを見て、そっけなく答えた。
「煉獄と
う~ん? おっと失礼しました。
その少女の場合
責め苦有りの煉獄よりマシか?
微妙に納得がいかないが……それより少し気になることがある。
それは私の将来の夢にも繋がる重要案件……。
「宗派が違うのでアレですが……72人の処女は何処です?」
私の将来の夢は……宮司と成って……巫女さんたちとキャッキャウフフすることだ!
「……? ……ああ、
―――
「それは何時です?」
「約56億7000万年後です。
―――それに、
ソレは残念だが……まあ良い。
キャッキャウフフと言っても、酒池肉林を求めてた訳ではない。
諸事情から女っけの無い暮らしをしていたから、せめて未来だけでもと、華やかな職場を望んでいたに過ぎない。
「そりゃそうです……。
ん? 童貞というなら……なぜ子供がいないです?」
目の前に居る天使も含めて、辺りを見渡しても成人男性だらけで、女子供の姿は全く見当たらない。
「洗礼を受けてない14歳以下の未成年は例外なく
「……なるほどです。で、アレは?」
私としては、非生産的な活動に従事する、仲睦まじい中年男性のペアが、アチラコチラに居るのが解せない。
「
―――ご安心ください。ここにいる限り貴方は、永遠に穢れ無き童貞です」
げ、解せたが……解したくなかった!
確かに幸せそうだが、混ざりたくはない……断じて!
それと、数少ない単身者の私を見る熱い目線に嫌な予感しかしない!?
「なるほど……それともう一つ。私が彼らから注目を集めてるのは何故です?」
「貴方ほどの若さで、ココに至れるほど
―――
「なるほど……確かに楽園です……」
「理解してもらえたようですね」
爽やかに笑い、そっと立ち去る天使。
入れ替わるように、にこやかに笑い。ジリジリとにじり寄ってくる独り身の中年男性たち。
「ああ、理解したです……ココは、
私は顔を引き攣らせ、その場から逃げ出した……。
こうして私は、自らの尊厳を守るため。
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