100の恋人(お題:100の君 必須要素:イタリア)

「あぁ、その麗しき表情は愛する君なのだね。とても会いたかったよ」

「まぁ、りりしきその瞳は麗しの貴方様。こんな所で会えるなんて」

 表情の見えぬ仮面越しに、二人は語らう。


 イタリアのとある城で仮面舞踏会が開催されたが、それはやや奇妙な雰囲気で進行していた。この仮面舞踏会は正体を隠すために仮面を被るのではなく、正体を偽るために仮面を被る。


「花園で愛を語らったあの日を覚えているかい?」

「えぇ、あの日の口づけは永遠に忘れませんわ」


 男女は適当な相手とペアを組み語らうのだが、その口から出てきた思い出話は全てまやかし。初対面のカップルがありもしないかつての愛を語らうのだ。

 偽りの自分を作る事で普段の自分とは違う一時が楽しめる。そして偽りの相手を作る事で普段の恋とは違う一時が楽しめる。ここはただそれだけを行う場所なのだ。

「あぁ、私はもう王宮に帰る時間ですわ。どうかまたお会いしましょうね」

「そうか。ではまた来週この場でお会いいたそうではないか」

 終わりの鐘が鳴り響き、男女たちは一人ずつバラバラに城から出ていく。来週の再会を約束して。


========


「はぁ、つらい」

 ややメタボぎみの男はため息を吐く。彼はイタリアに長期転勤したはいいものの、文化も言語の違う世界で暗い感情ばかり溜まっている日本人サラリーマンであった。

「日本に帰りたいなぁ。イタリア人とは話題のツボがあんまり合わないんだよなぁ……」

 男はまったく馴染めぬイタリアで悲しむ。ふと、カレンダーを見て今日のイベントを思い出す。

「舞踏会の日か。ちょっとしんどいけど、今日も行かなきゃ」

 小太りの男は、先週花園の君に出会った城へと向かう。


 男は城へたどり着き、レンタル衣装を受け取る。衣装は先週とは違う物になっている。体型も他者と大差が出ぬようさらしを撒き、いざ会場へと入る。


 会場に入り、男は近くに佇んでいた女性に声をかける。

「おぉ、愛する君よ。また出会える時を楽しみに待っておりましたぞ」

「王子様、お元気そうで何よりですわ。一緒に踊りませんこと?」

 二人は日本語で丁寧なヴェネチア式の礼を行った。相手は明らかに先週とは違う女性だ。

 この舞踏会は同じ女性に声をかける必要などない。ただその場その場で恋人のふりをして楽しむのがこの舞踏会の楽しみ方。だから毎週違った『君』と恋を紡げるのだ。メタボな彼も、かれこれ100回ほど通い100の『君』と恋を紡いだ。その一時は、どれも楽しいひと時であっただろう。


 ここはイタリアのとある城で開催されている仮面舞踏会。イタリア人とはなじめない性格だけど、イタリアの美しい恋をしたい日本人が集う、偽りの花園。

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