解散を忘れる日まで。(お題:昨日食べた解散 必須要素:学校使用不可)
「俺は音楽サークルを抜ける。俺達のデュオも解散だな」
私の相方は申し訳なさそうにそう言い放った。これで二万五千八百九十三回目の解散発言だろうか。
「理由を聞かせてくれる」
「俺はもう体力的に限界なんだ。楽器をきちんと弾く事は出来ない。愛用のKS-GK3を奏でる力が無いんだ」
「私は貴方の演奏、まだまだ素敵だと思っているわよ。貴方は私と一緒に世界を羽ばたくべきなのよ」
「無理だよ。おめぇも見て分かるだろ。指が上手く動かないし、上手く歩けないし、喉も詰まった感じがする。伝染病か何か分からないけど、俺は大病にかかってるんだ」
「やぁねぇ、そんな風には見えないわ。それに伝染病なんて、ある訳無いじゃない」
「だったらなんで他の皆は学校に来てないんだよ。俺達以外全員が休みって、絶対やばい伝染病で学級閉鎖してるからだろ。俺も病院に行って検査しなきゃ駄目だ」
確かに今、学校は平日だと言うのに生徒も教師もだれも来ておらず使用不可能な状態となっている。だがそれは断じて伝染病が原因ではない。
「大丈夫よ。貴方は成長してホルモンバランスがおかしくなってるだけ。まだまだバリバリの現役高校生よ」
「うるさいっ」
彼の叫びが、音楽室でこだました。
「あ、あぁ。すまん。つい叫んじまった。でもさ、お前は楽観的すぎるんだ。こんな体調不良普通じゃ考えられない。絶対入院しなきゃいけない」
「でもだからって解散する必要はないじゃない。入院しててもバンドは出来ると思うわ」
「いいや、解散は取り消さない。そもそもお前、ずっと前から重いんだよ。俺の部屋にずかずか上がり込んで、病院行こうとした俺を無理やり学校に引っ張ったり。もうさ、お前と一緒に居たくねぇんだよ」
相方は険しい顔つきでつぶやく。やはり、それが本音か。病気を建前にしても、結局それが一番言いたい事なのだろう。
「……解散を撤回する気はないの」
「絶対しねぇ。お前とは今日でお別れだ。もう二度と話しかけるなよ」
自分の荷物をどっこいしょ、と持った相方は音楽室から出ようとする。
「まったく。全然ぶれないわね貴方。また明日に期待するしかないか」
「明日? お前、何を言って」
相方の問いかけに答えることなく、私は『今日』を食べた。
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「俺達は音楽サークルを抜ける。俺達のデュオも解散だな」
私の相方は申し訳なさそうにそう言い放った。これで二万五千八百九十四回目の解散発言だろうか。
「理由を聞かせてくれる」
「俺はもう体力的に限界なんだ。楽器をきちんと弾く事は出来ない。愛用のKS……。あれ、このギター、なんて奴だっけ」
「KS-GK3、でしょ」
「あ、あぁ。愛用のKS-GK3を奏でる力が無いんだ」
……どうやらついに彼のボケが始まったようだ。
私は昨日を食べる怪物。若い乙女に擬態して、人類の昨日の記憶を消してしまう。私は何度も何度も昨日を食べ、70年分の昨日を食べてきた。
他の生徒は自分が老人になったショックで寝込んでいるか、死んでいるかに違いない。だが彼の家には鏡が無いし、私は若い姿のままだし、なによりボケが進行しているため気づかなかったようだ。
ずっと好きな彼の解散宣言を聞き続けたが、もうすぐそれも終わる。彼が解散という言葉を忘れる日が近いからだ。そうすれば彼は死ぬまで……いや、死んでもずっと私とコンビのままでいてくれる。
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