第5話

 ぼくがまさやの家に着いた時、まさやの家の前に大きなトラックが置いてあって、オレンジ色の作業着の男の人たちが忙しなく家とそれの間を行き来していた。

 だからだったんだ。最近の妙なよそよそしさも。何となく話しづらかったあの朝も。

 あのなわとびに今、出会えたのも。

 パタパタと忙しく働いている引越し屋のお兄さんたちに、ぼくがどうしていいかわからずに立ち尽くしていると、まさやが段ボールを抱いて玄関から出てきた。

 「あ、しょうちゃん……」

 まさやが抱いていた薄汚れた段ボールには、あの黄色いボールが入っていた。


 ぼくらはまさやの親に許しをもらって、長い階段を上ってあの神社に行った。まだ境内にはオレンジ色が充満している。

 「おばちゃんに聞いた?……引っ越すの。」

 「いや……。」

 「そっか。……この前しょうちゃんが教室に来たとき、言おうかなと思ったんだけどさ。」

 「……あ、あのさ……今から俺が言うこと、信じられる?」

 気まずさを未だ持ったまさやに、ぼくが優しく、でも力強く言うと、お互いの目が一つの線で繋がってまさやが小さく頷いてくれた。——淡く、強いオレンジの中で。


 それからぼくは、ある日突然佐々木さんの店のところに出来た店のこと。そこにいるあやしくて、でも優しい瞳をした店主のこと。店主が話してくれた不思議な話のこと。キラキラ光るオレンジ色のなわとびのこと。それをここで試したこと全てを話した。

 「……それで?それで何が見えたの?」

 まさやは目を丸めて、一言一句全部飲み込むみたいに真剣に話を聞いてくれた。なんだかそれがあの頃に戻ったみたいで。

 「ごめん。」

 あの日、俺はまさやを一人ここに置いて雨から逃げたんだ。もう覚えてないかもしれないけど、まさやを泣かせたのは本当だから……。ごめんな……。

 ぼくが神社の下を指差して、あの日の雨みたいに勢いを付けて話し終わったとき、ちりんと鈴の音がして、あの2匹の子猫が現れた。静まり帰る境内に、戯れる2匹のにゃーにゃー鳴き声が響く。それが何かを教えてくれる気がして、二人で子猫たちを見つめた。

 「いいよ。もう許してあげる」

 まさやが猫を見ながら優しい目で言った。

 「ほんとはもうずっと前から許してたし、ずっと前から仲直りしたかったんだ。けど、よかった。引っ越す前に、仲直りできた。これでもう心残りはありません!」

 大きな声でそう叫んで、はははってちょっと淋しそうに笑いながら、まさやは視線を上げて、瞳の中に夕焼けを仕舞った。



 きっとぼくとまさやは今日のオレンジ色の夕焼けを一生忘れないだろう。ぼくたちが出会えたこと、そして友達になってケンカをして。それでも、今こうやってまた友達になれたこと。そのすべてが素晴らしいと思えるから。


 「しょうちゃんおはよー」

 「あ、斉藤。おはよー」

 「数学の宿題やった?」

 「はっ?そんなんあった?」

 「やばくね?川上まじで恐いじゃん!」

 「え、もしややばい?」

 「……しーらねーっ!」

 「あっちょっ待って!写させて!」

 「え~!500円ね~!」

 「まじかよ~!」


 次の日、学校に行くとまさやは転校していて、それからぼくはまたそれまでと似たような毎日を送ることになった。

 あのなわとびはもう単なるビニールのなわとびになって、キラキラ光ったりしなかったし、「何でも屋いしざき」もいつの間にかなくなってしまって、お母さんに聞いても「何の話?」って覚えてもいなかった。

 ただ残ったのはぼくの部屋のクローゼットにあるくすんだオレンジのなわとびと、ぼくとまさやの記憶だけ。あとはみんな今までが夢だったみたいに消えてしまって、ぼくの日常がまた自然に流れ始めていった。


 でもきっとぼくらは忘れないだろう、ある夏の終わりの夕方に起きた、この奇跡を。

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何でも屋いしざき「夕焼けの向こう側」 雨飴えも @candy_rain_emo

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