強くぶつけすぎると砕ける【加筆修正】

「うぃ、これを返されたい奴だけ並べ」


我らが世界史教員、塩田は親指と人指し指でつまんだテスト用紙をひらひらをあおいだ。


―――えっ?

持ち主にとっては幸か不幸か、私を含む生徒達は見てしまったのだ。あ、見る気があって見たわけではない。自信はないけど、見る気は…なかったよ。

「ひ、ひい!それは!俺の……俺のテスト用紙…点数………」

頭を抱え、その場で崩れ落ちた男子が1名。千石陸羽せんごく りくうである。その背中は悲壮にうちひしがれていた―――いや、ちょっと待て。なんで悲壮感に溢れているんだ。

だって、塩田先生から用紙を受け取ったせんちゃん(彼は皆にそう呼ばれている)は、くるりと向き直りニッコリと笑ってこう言い放ったのだから。


「あー、ミスっちゃって99点だよ。」




あの、今なんて?






演技?…演技だったの?背中から溢れ出ていたのは悲壮じゃなかったのか!?私の心のツッコミは止まりそうにないよ、せんちゃん!

「ねえ柚月ちゃん。並ばないと柚月ちゃんのテストが。」

「えっ、あっ、あ!ごめん!」

心のツッコミは置いておいて、問題は私のテストだ。せんちゃんは後で演技の意図を問い詰めようか。


「ん」

「ありがとうございます」

あの、先生。渡すときに目を合わせてくれないのは、少し悲しかったりするんです。そんな心の訴えも伝わるはずもなく。

とりあえず、素早く目を走らせ、サッとテストを背中の後ろに隠す。点数が悪くても良くても隠す。えっと、一応87点です。

―実はこのとき、不覚にも聖の方を見て、せんちゃんと同じようにニッコリしておけばよかったと、後に少しだけ後悔するのであった。


肝心の問題は点数なんかではない。思い出してほしい。私たちのテストの最後の余白を。

覚悟を決め、椅子に静かに座った私は、そっと裏側のソレを見ようとしたのだが。前の席の木崎さんがクルッと振り返り、慌てて机の中に押し込んだ。グシュッという不安な効果音付きで。

「柚月、世界史どう?」

点数なんていいんだよ、そんなことより

「わ、私は、お、思いの丈が…」

「テスト中の質問で叫んだのは、ほんとわろた…いや、そうじゃなくて点数!」

「お、思いのた」

「だから!ねえ点数は何点なの?」

「87」

あっ、言っちゃった。

「結局答えるんかい!」

「まあ、今回は勉強したからさ。そういうわけで、一番心配なのは思いの丈なんだよ。」

ハア、と大きな溜め息を付き、再度覚悟を決めることにして、少々皺の気になるテストを取り出した。



○以下思いの丈をぶつけてください。


今回は文化問題が全然できなかった。

十分だ


えっ。


悩みすぎて普通に落ち着いた、私のつまらない思いの丈。答えはたったの3文字。

「ふう、なんだなんだ。先生、私が叫んだのは忘れてるみたいじゃないかー」

正直言って、拍子抜け。ヘラヘラ笑っちゃう。でも、私、文化問題8点中2点しか取れなかったんだけど何が十分なんだろう。よくわからないけど喜んでおけばいいか。

ホッとした表情で木崎さんを見ると、彼女も身を乗り出して覗きこんできた。

「十分だ、なんて3文字がシンプルで塩田先生らしい。」

「ちなみに、木崎さんの思いの丈は?」

前に向き直って見せてくれたスペースがこちら。


○以下思いの丈をぶつけてください。



奥さんとのなれそめを教えてください。

奥さんいない



ほへえ?いや、ほへえも当然だよ。木崎さんがミーハーなのは知っていたけど、まさかここまで…。まじまじと木崎さんの顔を見ると、彼女は手をひらひらと振って否定した。「まあ、私もなれそめ気になってたんだけどね。でもそうじゃなくて。」

木崎さんは視線を私からはずし、前に振りかえり、ある人へと視線を注いだ。


「ファー!亜紀ちゃん、舞ちゃん、美紗ちゃん、あっ、そうだ!あと木崎ちゃん!先生の直筆とか、ほんとしんどい…尊い……ありがとう!!」

なぜか麻倉聖が、女子たちのテストの裏側を切り取り回収していたのであった。理由は説明する必要はないでしょうね。

ピッ、と指をたてて木崎さんはこう言った。

「私、聖ちゃんに思いの丈、買収されたの。」

いくら、買収とはいえ、周りの女子は若干引き気味に見えなくもない。

あは、あはは、と固まる顔をひきつりながらも頑張って笑おうとすると、聖の声がまた聞こえた。

「でも、なんで私の思いの丈、『ふーん』しか書いてもらえなかったの!?好きですって書いたのにっ…愛、愛なの?愛が足りないのか?逆に突っぱねられるのも萌える、しんどい。」

切り取った思いの丈と自分のテストを振り回して大喜びしている聖。

「グッハァ、ほんとに素敵なの、かっこいいの!やばい!」

あ…聖、お楽しみのところ大変申し訳ないんだけどさ。

「聖、自分のテスト落として私の足元まで飛んできたんだけど。」

「ふぇ?ぎゃあ!それはダメだ、柚月ありがとう」

ハッと夢から覚めたようにして、私の方へ歩いてくる聖に、私はテストを差し出した。

「どういたしまして。あのさ見えちゃったんだよ点数。」

「うん?」


「……………37点って何事」

しーん。その場の空気が一瞬凍ったような気がした。

「…デスヨネ。いや、あのね!勉強したんだよ!したけどさ。」

「ほう」

「ほら、だって。塩田先生が、テスト勉強は前日に三時間眺めれば十分と言ってたじゃん!ひいん、信じてはいけなかったんだ……。」

これまた、聖はなんとあわれな。人の事ながら、信じてしまったというのは少しわかる。だって、先生は提出物や授業の遅刻、忘れ物に非常にシビアだから、変にきっちりしてそうな印象が強い。……もっとも、口を開くとそうでもなかったりする。

「思いの丈に力いれて、当たったら砕け散ったんだね、よしよし。」

何とも言えない気持ちになり、珍しく落ち込む聖の肩をポンポンと叩いた。

「……先生に当たって砕けるなんて本望」






はい、なにも聞こえないね。

でも、私はあることをこのテストで認識した。それは、「十分だ」と思いの丈に書いてくれた塩田先生に対して、もしかしたら褒められたのかもしれないと心の内で少し嬉しく思う自分がいたことであった。

聖の肩越しにチラッと先生を見ると、彼はいつものようにテストを覗く生徒を面白そうにに見ていた。

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