20
順弥は、『ノウド』日本支部のある教会に向かっていた。
京子は、結局、津田由紀のマンションの地下室に残してきた。
何か良い手だては無いかと地下室を探った時、地下室の奥深くに、シェルターのような部屋を発見したのだ。
その部屋は、巧妙に隠されていて、普通の手段ではまず発見できなかった。
それが発見できたのは、やはり、由紀の
厚さ十数センチにも及ぶ分厚い扉を開けると、天井のLED照明が自動的に点灯した。
部屋の広さは八畳ほどあった。
フローリングのワンルームのような部屋だ。
キッチンもトイレもあるようだし、食料も保管されている。
これまで閉ざされていたにもかかわらず空気は澱んでいないところを見ると、空調もきちんとしているのだろう。
いざという時のための部屋か。
そこなら、ひとまず身を隠すことが出来る。
そう考えて、京子をその部屋に連れて行った。
泣きじゃくる彼女を何とか落ち着かせると、順弥は必ず戻ることを約束して、部屋を出た。
もう、一人にはさせない。
もう、独りにはないたくない。
だから、必ず生きて戻る。
そう約束して、彼女に背を向けたのだ。
危険だと承知していた。
だからと言って、どこにも連れてはいけなかった。
警察に保護してもらおうとも思った。だが、奴等はどこに潜んでいるのかわからないのだ。津田由紀も、モデルのマネージャーとして一般社会にとけこんでいたのだ。
どこにもいても危険なのは変わりなかった。
順弥は、津田由紀を体内に吸収することで、結界を張ることが出来るようになっていた。とりあえず、他者の眼、意識から京子を隔離する。今は、それしか出来なかった。もし結界に気づき、接近する者がいるとすれば、それは『ノウド』の魔装兵士だろう。その時は、結界が敵の接近を順弥に知らせるようになっていた。
そして今、ひとけのない街を、文字通り一陣の風と化して駆け抜けていく。
一度、頭上を戦闘機らしき影が一機通り過ぎていったが、毫も気にならなかった。
全てを止めてやる。
絶対に、許せない。
今の順弥は、一個の大きな炎であった。
誰にも止められない灼熱の炎。
その炎が、一直線にここに向かってやってくる。
「とうとう、来るかね、一〇五号」
その姿を、壁一面に並べられたモニターで見つめる男がいた。
池田博士。一連の魔装鎧シリーズを設計・開発した『ノウド』日本支部の
早坂順弥――いや、一〇五号が大竹を破ったことは、すでに彼の耳に届いていた。そして今、彼等のもとに凄まじい勢いで迫ってくる『騎士』に対して壮烈な防衛網が展開されつつあった。その数、百数十体。そして、その中に『ノウド』の幹部の一人でもある寺垣がいた。このとき、寺垣は博士の開発した魔装鎧
その防衛網へ、一〇五号が飛び込んでくる。
嗤わずにはいられなかった。
一〇五号のまとう『騎士』は、偶然の創り出した傑作とも言えるものだ。その『騎士』と、自分が造り上げた最高の『銀騎士』が激突する。そして『騎士』を葬り去ったとき――その瞬間の光景を思い描くだけで笑みがこぼれるのだ。
そのとき、二人の男が背後のドアから音もなく入ってきた。
「どうであった?」
池田博士は背後を振り向きもせず、そう声をかけた。流暢な英語であった。
Tシャツとジーンズの上下を身につけた、禿頭で筋肉質の大柄な男と、髪が長くすらりとした長身の、スーツ姿の男。
二人とも、異様なまでに冷たい瞳をしていた。
「恐ろしい少年ですな、まさに身を焼かれる思いでしたよ」
背筋の凍りつきそうなほどの笑みを口許に浮かべ、スーツ姿が答えた。
こちらも英語であった。
「勝てるのですか?」
禿頭が、にやにや笑いながら訊く。
面白がっているらしい。
「そのつもりで、わしはアレを造った。そのために、寺垣様には生命を救ってもらったのだからな。勝たねばならんのだよ」
「なるほど。――しかし、この作戦に失敗したときは――」
「失敗したときは――?」
それでも、池田博士はモニターから眼を離さない。
「奴もろとも、この日本支部を爆破し、我々はあなたを本部にお連れします」
とスーツ姿。
「魔装鎧シリーズは評価すべきものです。むざむざ、あなたの頭脳を失うわけにはいきませんからね」
「脳髄だけを取り出して、情報を吸い取る気か」
「――さて。それは、上が決めることですから、我々には何とも」
スーツ姿がとぼけたとき、防衛網で動きが起こった。
一〇五号が姿を見せたのである。
「では、見せてもらおうか。日本支部の底力を」
禿頭は、あくまでも楽しそうであった。
その瞬間、順弥は自分が最終決戦の場に到着したことを悟った。
もの凄い数の気配が蠢いている。
殺気があった。
そして、同じくらいの恐怖があった。
いずれも、全て順弥に向けられたものであった。
ここに来るまで一人も住民の姿を見かけなかったのは、こういうわけだったのだ。
住民は、全てここにいる。
そして、全員、何らかの鎧を身につけていた。
来い。
一人残らず、止めてやる!
順弥の眼が兜の奥で凶暴な光を放ったとき、
「うわあああああ!」
目の前の人だかりの中から、一人の
破れかぶれの突進であった。
手には剣を持っているが、使える状態ではないようだ。
だが、順弥に手加減はなかった。
この街に初めて足を踏み入れたときの、あの歓迎ぶりを思い出したのである。もとより、魔装兵士を一人でも行き残らせるつもりはない。
戦士の、凄まじいまでの恐怖の形相が、鎧の向こうに見える。
順弥の猛撃ぶりを、すでに聞き及んでいるのだろう。
だが、それでも突進は止まらない。いや、止められないのだ。自分の意志とは無関係に身体が動いている。
ノウドの幹部クラスのみが使えるという絶対命令『聖戦』の発動だろう。
正常な改造手術を受けた兵士は、全員深層心理にその命令を拒否できない何かが植え付けられているのだ。
悲しいな。
一瞬、少年は兜の奥で眼を閉じた。
それは、死にゆく悲しき
だからと言って、順弥の攻撃に容赦はなかった。
次の瞬間、カッと眼を見開き、振り下ろされる剣の刀身を左手で叩き割るや、右手で相手の頭部を正面から鷲掴みにしたのである。
瞬間――
「ひいぃぃぃぃ!」
相手の悲鳴が長く耳に残った。
かまわず、そのまま相手の後頭部を路面に叩きつける。
手の中で、何かが砕ける嫌な感触。
そのまま十メートル近く引きずり、ようやく順弥は足を止めた。
後ろに、血の痕が長く尾を引いている。
足許に、今殺した顔も知らぬ兵士の死体が転がっている。もう、生命の鼓動は聞こえない。
まず、ひとつ。
再び、順弥が人だかりに眼を向ける。
先刻よりも増して恐怖の眼が順弥に向けられている。
来い。
順弥の眼が、そう語っていた。
「凄まじい殺気だな」
池田博士は、目の前にずらりと並んだモニターを見ながら、楽しそうに呟いた。
「だが、その殺気がアダになることもあることを知れよ、少年」
眼鏡の奥の眼がギラリと
「聞こえますかな、寺垣様」
どうやら、無線機か何かのスイッチであったらしい。
「良好だよ、ドクター」
モニター脇のスピーカーから、寺垣の声が聞こえてきた。彼の声もどことなく嬉しそうである。
よほど、彼等の立てた作戦に自信があるのだろう。
しかし、無敵であり不死身でもある漆黒の『騎士』を、どうやって止めるというのだろうか。
今、純白の鎧に身を固めた寺垣の目の前に、一〇五号は立っていた。
闇色の鎧。
血塗られた運命の鎧。
お前さえ出てこなければ、こんな事にはならなかったというのに…。
秘密結社『ノウド』がこの世を支配するために生み出した魔装鎧。
奴一人のために、何人もの大切な駒が失われた。
こんな事は、シナリオにはないことだった。
だから、止めてやる。
兜の奥で唇を噛みしめ、拳をぎゅっと握りしめると、寺垣は作戦の遂行を全魔装兵士に命じた。
そして、最終決戦の幕が開いた。
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