13
順弥は手についた血と脳奬を払い、地面に横たわる自分の剣を手に取った。そして、伊沢の正面に立つ。
「最後の一人だな」
嗤った。
「――惜しいな」
「何っ!?」
伊沢がぽつりと呟いた言葉の意味が分からず、順弥は訊き返した。
自分の仲間が眼の前で全滅したというのに、伊沢は全く動じることなく、順弥を正面から睨み返していた。
凄まじい眼光であった。
「惜しい、と言ったのよ。貴様ほどの実力があれば、『ノウド』の幹部クラスにはなれたろうにな」
「なって、どうするんだ?」
「言うまでもない」
伊沢が、獰猛な笑みを浮かべる。
無敵の軍隊を指揮し、人類を狂気と殺戮、破滅の地獄へ叩き落とすのだ。
「それは、俺の望みじゃない。俺は、自分の望みを叶えるために、貴様等を殺す。そう決めたんだ」
言い放ち、剣を構える。
「知っているよ。だから、ここで貴様を生かして捕らえるつもりはない。――殺す!」
伊沢が吠えた。その瞬間、彼の影――文字通り影から、何かが順弥目がけて飛び出した。
「――!?」
影の一部が光り、それが走ったとき、順弥はとっさに腕を十字に交差させて顔面をかばった。
ぎ…。
金属板を尖ったもので引っ掻くような、背筋の寒くなる音がした。
そして、その影は空中で一回転すると、伊沢の脇に音もなく降り立った。
銀色の獅子であった。
順弥の鎧を引っ掻き、傷つけたのはその鋭い爪だったのだ。
「――紹介しよう。わしの魔装鎧『銀獅子』だ」
信じられなかった。伊沢の魔装鎧はただの鎧ではなかったのだ。奴の鎧は意志を持ち、単独で行動できるのだ!
「物騒なペットだな。他人様に迷惑をかけないうちに、俺が地獄の動物園に送ってやるよ。二度と解けぬ首輪つきでな」
うそぶいて、順弥は地を蹴った。
そして獅子の頭目がけて剣を振るう。
しかし、一瞬早く獅子は空中に跳び、見上げたときその姿は順弥の頭上にあった。
「くそっ」
首を喰いちぎらんと飛びかかる獅子に、順弥は片手で剣を突き出した。その直後、少年は、さらに信じられない光景を目の当たりにすることになる。
頭上の獅子を追い、結果的に地面に対して垂直になった剣の先に、獅子がまるで重さがないかのように舞い降りたのである。
「そんな――」
絶句する順弥の視界の中から獅子の姿が消えたのは、次の瞬間だった。
そして、順弥は左腕に何かが当たるのを感じた。
ふと眼をやったとき、別に痛みもなかったので、最初、何が起こったのか理解できなかった。
だが、獅子の咥えるものを見た途端、全身に痛みが走り、そこから血が奔騰した。
そしてわかったのだ。
ああ、あれは、俺の左腕だ。
つまり、順弥の剣先から姿を消した銀獅子は、一瞬で順弥の左腕に飛びかかり、腕を喰いちぎったのである!
天に向けて絶叫する順弥を、伊沢は笑みを浮かべて見つめていた。
「どうやら、地獄へ行くのはお前の方らしい。――別に寂しくはなかろう。あそこには貴様の殺した魔装兵士が何百といる。そしてこれから無数の人間がそこに行くのだからな」
伊沢の眼が赤光を帯びた。その光を浴びて、銀獅子が伊沢の身体に装着される。
魔装鎧『銀獅子』をまとった伊沢は、ゆっくりと腰の剣を引き抜いた。
ゴオゴオと音を立てて刀身が燃えさかる、それはまさに『炎の剣』であった。
「ほ、炎は…この
脂汗を顔中に貼りつかせ、順弥はなお強がりを言う。
「知っているよ。貴様の鎧は魔界の炎を背負って召喚されるからな。――だが、貴様自身はどうかな? 剣で貫かれてもなお、生きていられるかね」
「試してみるか…? 俺の中で燃えさかる炎は、そんなろうそくの火よりももっと激しいぜ」
「そこまで減らず口が叩ければ、大したものだ、少年よ。ならば、受けてみるがいい!」
大地を震撼させて、伊沢が突っかける。
順弥目がけて剣が伸びた。
戞然(かつぜん)と鉄火が散り、二本の剣が激突する。
「ぐぅ…」
一合目は、何とか受けた。しかし振り下ろされる剣の勢いは凄まじく、片手では何度も剣を受けることは難しかった。
止まりかけていた血が、再び迸った。
すぐに、次の攻撃が来た。
下方より伸び上がる剣撃を抑えようと剣を振るうが、その勢いを止めることは出来ず、
「しまった!?」
順弥は剣を弾き飛ばされてしまった。
空中で円を描き、そして地上に突き刺さる剣を取りに走る力はもはや残されていないのか、順弥は茫然と立ち尽くすのみであった。
「どうやら、限界のようだな」
「……」
「クク。得意の減らず口も叩けぬか。楽しめなかったのは残念だが――まぁいい。死ね!」
伊沢が獅子型の兜の向こうで咆哮し、最後の剣は振り下ろされた。
その刹那、順弥の眼がギラリと輝きを帯びる。
そして、順弥は、何と伊沢に向かって大きく一歩踏み込んだのである!
「――!?」
何をする気なのか?
剣を止めることも出来ず、伊沢は剣を順弥目がけて叩きつけていた。
炎の剣は、順弥の右肩の装甲を叩き割っていた。
だが、それだけだ。何故なら、順弥が伊沢の懐に飛び込むことによって、剣の威力を殺いだからだ。
炎が順弥の肩の肉を焦がす。じゅう、という音に顔をしかめる順弥。しかし、
「まだだ。――まだ、死ぬわけにはいかない」
瞬間、素早く身体を入れ替えて伊沢を背負い投げる!
ずんっと地面が振動する。
伊沢が起きあがろうとする隙をついて、順弥は剣を取りに走る。
剣を一颯して構えたとき、伊沢は眼の前に迫っていた。
剣が炎を巻いて伸びる。
受ける必要はない。躱せ!
剣風に舞う木の葉のように、順弥は伊沢の脇をすり抜け、背後に立った。
「――!?」
愕然と振り向く伊沢目がけて、真っ向から剣を振るう。
戞っ!
激突する剣!
飛び離れ、伊沢は剣を構えた。
素晴らしい素材だ、と思う。恐らく中村を倒したことで『侍』の
――行くぞ!
再び激突する二人。
順弥は、もはや片腕とは思えぬ剣さばきで、伊沢の攻撃を受け、また躱していた。
そして何十合目の攻撃だろうか、ついに伊沢の剣が順弥の腕をとらえ、その手から剣を叩き落とすことに成功した。
今度こそ限界のようだった。
順弥は肩で大きく呼吸を繰り返している。
眼光の鋭さは未だ衰えずだが、血を大量に失った身体は、如何に魔装兵士とはいえ、立っているのが不思議なほどだった。
炎の剣を構える伊沢。
恐らく、何らかの攻撃をしてくるだろう。だが、それが最後だ。
一気に間合いを詰める。
そして炎の剣を振り上げ――
「何っ!?」
順弥の右腕が動いたのは見えた。
それが剣を取るのでなく、自分に向けて繰り出されたことも。
まさかその拳が、鎧ごと腹をぶち抜こうとは!?
伊沢は大量の血を吐いた。その血が順弥の暗黒の鎧に降りかかる。
忘れていた。奴の拳は『獣人』の身体さえも引き裂いたのだ。
しかし――
「哈ッ!」
伊沢は血を吐きながらも、逆手に持ちかえた炎の剣を順弥の右肩――破損した装甲の部分に突き立てた。
鎖骨を砕き、肺をも貫き、刃は半ばまで順弥の体内に埋め込まれていった。
「ぐわああぁぁ!?」
順弥は、文字通り炎を吐く絶叫を上げた。
剣の炎が肺を初めとする臓器を燃やし出したのだ。それが気管から流れ込む新鮮な空気に引火し、口から迸ったのだろう。
これで終わりだ。
何とか腕を引き抜くと、伊沢よろめきながら、炎に包まれる順弥から離れた。
だが、順弥の執念は伊沢の想像を遥かに上回るものであった。
何とか体勢を立て直そうと試みる伊沢に向かって、順弥はなお炎に包まれながらも地を蹴ったのである。
このとき、順弥は鎧の意志に半ば精神を支配されつつあった。生き延びるために、完全に支配されぬよう注意しながら、自ら身を委ねたのだ。
文字通り獣の如きスピードで伊沢に迫る!
「――馬鹿な!?」
慌てて剣を構える。
間に合わない!?
思わず、伊沢は眼をつぶった。
死。
もはや、早坂順弥は両腕の機能を失っている。剣を持つことも出来ない。そんな魔装兵士に何が出来るのか。だが、その眼光と気迫に、伊沢は恐怖を抱いたのだ。
眼を閉じて数瞬――伊沢にはもっと長い時間に感じられた――が過ぎても、順弥は襲いかかって来なかった。
力尽きたのか。そう思い、眼を開く。そこに驚くべき光景が展開されていた。
順弥は、今まさに伊沢に襲いかからんとしていた。真っ黒に炭化した口腔を、まるで咬みつかんばかりに大きく開けて、伊沢の眼の前にいた。だが、動いていなかった。気を失っていた。
「総長! だ、大丈夫ですか!?」
空中から、そう声をかかった。
「風見か…」
それで理由はわかった。順弥の動きを偵察していた『鳥人』の風見が、勝つ筈の牙狼連合のまさかの危機に慌てて急行し、手にした長槍で順弥の心臓を貫き、地面に縫いつけたのだった。
「い、今まで何をしてやがった……」
「すみません! それが、わからないんです」
「――何? どういうことだ」
伊沢は魔装鎧を解き、順弥から離れて地面に座り込んだ。
その眼の前に風見が空中から下りてくる。
「はい。一〇五号がこっちに向かってすぐに、自分も追おうと飛んだのですが…」
風見はその途端に平衡感覚を失い、二〇〇メートルの空中から落下し、地面に激突した際に頭部を強く打ち、気を失ったのだという。そして、つい先程ようやく蘇生し、公園の生命反応の少なさに愕然となり、駆けつけたのだとも言った。
「まぁ、いい。――お前のおかげで何とか片づいた。戻るか」
「はい、そう…」
「――!?」
伊沢は声を失った。眼の前で、風見の首がずれ始め、そのまま地面に落下したのを見てしまったからだ。
風見は、何が起こったのかわからぬまま死んだに違いない。
順弥か!?
愕然と少年を
しかし、順弥は気を失ったままだ。死んではいないのだろうが、やはり相当のダメージを負っているか、未だに眼を覚ます気配はない。
では何者が?
辺りに視線を飛ばす。その瞬間――伊沢は自分の左胸から生える銀光を見た。
「なんだ――?」
それが剣の刀身だと、最初わからなかった。
血を吐いた。
そして、それが引き抜かれた刹那、自分の首が左にずれていくのを感じた。
敵は、背後にいた!?
ずれゆく首を強引に振り向かせ、伊沢はその敵の姿を見ようとした。
だが、月が雲に隠れ、伊沢がその顔を見ることは、永遠に訪れなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます