2.オレオレ電話

 片田舎の広い一軒屋で黒電話が鳴り響く。

八五歳の珠代は壁を伝い黒電話に向かった。

「はい。もしもし」

「久しぶり。元気してたかい。俺だよ、俺」受話器から聞こえるのは五十歳代くらいの男性の声。

「俺、俺って剛志かい。それとも武志かい」

「え、しっかりしてよ。俺だよ」

「あ、剛志かい」

「違うよ。母さん。俺だよ。忘れたの」

「じゃあ、武志だね」

「違うよ。俺だよ」検討外の返答に珠代は混乱した。

「俺じゃあ、わからないよ」

「俺は、俺だよ。だって、名前を付けてくれなかったじゃないか」

「一体、誰だい。あんたは」珠代は妙な引っかかりを感じた。

「本当に忘れたの。ほら、七十年前の夏。母さんが中学生の頃にトイレで産んでくれた俺だよ」

「そんな、まさか…」男の言葉に身体全身に冷汗が走る。

「寂しかったよ、母さん。あの後もずっと待ってたんだよ。でも、迎えに来ないから電話したんだ」

「それで、何の要件なんだい」

「今日は迎えに来たんだよ。これでやっと母さんを独り占め出来る」静まり返った家中にインターホンが鳴り響く。

「ゆ、許してくれ。あの時はあーするしか無かったんだ」珠代は受話器を置いて、玄関の方に叫んだ。

「母さん、大きな声を出して大丈夫かい。剛士だよ。ここ開けてよ」

「あ、剛士かい。今、開けるから待ってて」珠代はすぐに立ち上がろうとしたが、両足を何かに掴まれた。

「母さん。また、置いて行くつもりかい」珠代は声のする方を見なかった。そこには「俺」がいるから。

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