免許合宿紀行 10日目 「完全なる自動車学校の日」

修了検定を受けたこと、仮免許学科試験を受けたこと、昨日の午前中にあったことが、既に、遠い昔のことのように感じられた。

喜びを実感する間もなく、第2段階の教習ははじまり、戸惑う間もなく、路上教習に挑んでいた。


忙しい日々は続く。

今日から、3日間は、午前にも、午後にも、纏まった空き時間はない。

1日ごとに7時限の教習があり、朝から晩まで、自動車学校で過ごすことになる。


修了検定、仮運転免許学科試験から、第2段階教習へ。

ここが正に、免許合宿の山場だった。


仮運転免許を予定の日数で取得できたこともあって、気持ちは軽い。

羽根を伸ばしたいという気持ちはあるが、そんな暇はなく、そして、暇ができるころには、きっと、その気はなくなっている。


2時限目(9時20分~10時10分)

学科教習第2段階10

項目9 特徴的な事故と事故の悲惨さ


「特徴的な事故と事故の悲惨さ」では、 事故の発生時間帯、事故の発生場所、交通事故の代表例、二輪車の危険性、交通事故の悲惨さ、シートベルト、チャイルドシートの有効性についての教習が行われた。


交通事故というものが、統計学的に分析され、対策が講じられてきたことが、よく解る教習だった。

教本には、事故を未然に防ぐためには、まず何処に気をつければいいか、要点が論理的にまとめられていた。

一方で、何かが欠けている気がした。


それは自動車という凶器に対しての畏怖の啓蒙である。

自動車は、日本国内で1年間に平均して4,000人の人間を殺している。

自動車が如何にして人を殺すのか、それは自動車を運転する全ての者が知っておくべきことであると、私は考える。


動画を一つ紹介しておく、海外で製作された交通安全を啓蒙するコマーシャルを集めたものであるそうだ。


見たくない映像 それでも運転する人見てください

http://www.youtube.com/watch?v=Wi1SfNuN3N0


自動車が、如何に、たやすく命を奪い、人生を狂わせるものであるか、それを思い知らせてくれる。


アクセルを踏めば人を殺せる自動車と、引き金を引けば人を殺せる銃、何が違うというのか?

いや、不慮の事故を引き起こす、自動車の方がより危険なものかもしれない。

笑いたいなら、笑えばいい。

私も、苦く笑いながら書いている。


確かに極論だろう。

だが、私にとっては、どちらも、同じくらい忌避すべきものであることは事実に他ならない。


自動車が現代の社会に必要不可欠な道具であることは解っている。

絶対になくなることはないだろう。

だからこそ、自動車という危険な道具を扱う人間は、自動車という凶器の現実から、自動車がつくりだす残酷で凄惨な現実から、目を背けてはならないのではないか。


4時限目(11時20分~12時10分)

学科教習第2段階11

項目10 自動車の保守管理


「自動車の保守管理」では、自動車の保守、タイヤの交換、日常点検についての教習が行われた。


自動車というものは、基本的に専門の技術者に任せるものであると考えていたのだが、そうではないらしい。

洗車以外にも、できること、しなければならないことが、それなりにあることを教えられた。


とはいえ、どうにも敷居が高い気がしてならない。


自転車に関しては、点検も整備も、全て自身で行っていて、余程のことがない限り、専門店に頼むことはない。

基本的な清掃、パンク修理から、変速機の調整、ブレーキの調整、チェーンの交換、全て自分で行っている。

だが、それは工具さえあればできるようにつくられているからであり、また、何か間違えたところで壊れる心配もほぼないからだ。


自動車は、自転車とは違う。燃料で動く複雑な機械仕掛けだ。

やはり、自分では触りたくはないというのが、正直な気持ちであった。


7時限目まで時間があった。

送迎バスの運転手に声をかけ、宿泊するホテルに行く予定があるかを尋ねたところ、

他にも教習生を送る予定があるとのことだったので、一緒に送ってもらうことにした。


帰って何処かに行こうという気はない。

ただ、一人になりたかった。


騒がしいところが苦手というわけではない。

人間が嫌いなわけでもない。

寧ろ、誰かと仲良くなれる機会をつぶしていることにため息が出る。


だが、正直なところ、そんなことはどうでもよくなるくらいに憂鬱であった。

技能教習が怖かった。

だから、心を静かにするために、心を穏やかにするために、一人になりたかった。


"Do not disturb"をかけておいたドアノブを回し、部屋へと入る。

自然とため息がこぼれる。

一人はいい。

他人が隣にいるだけで、人の心は張り詰める。


友人、彼氏彼女と一緒に合宿に参加している教習生も、それなりにいた。

心を支え合える存在が傍にいることが羨ましくはあった。

だが、一方で、同じ部屋で宿泊することには、耐えられないという確信があった。

1人の時間がなければ、心が安まらない。


ワイドショーを観ながら、ネットのニュースを読みながら、昼食を食べた。

情報を頭の中に入れ、世界と繋がっていると錯覚する。

私にとっての情報は、喫煙者にとっての煙草と変わらない。


怠惰な時間を過ごし、自動車学校へと戻った。


7時限目(14時20分~15時10分)

技能教習第2段階【4時限目】

項目4 進路変更

項目5 信号・標識家・表示に従った運転

項目6 交差点の通行

項目7 歩行者の保護

項目8 道路及び交通の状況に合わせた運転

項目9 駐・停車


路上教習で走行する経路は、ほぼ決まっている。

道路は遥か彼方まで続いているが、自由気ままに走れるわけではない。


この自動車学校では、路上教習の経路は、大別して北と南の2系統があり、 そこから、設定された通過地点によって、さらに分岐していく。

通常の路上教習においては、経路は南北それぞれに3つずつ、合わせて6つの経路が指定されており、 それらは教習手帳で確認することができた。


この時間に走ったのは、北の経路の中の1つだった。

どんな道を、どんな風に走ったかは覚えていない。

ただ教官に指示されるままに、黙々と運転をした。


教習が始まる直前までは、心は怯え竦み、何も考えられない。

だが、運転席に座り、エンジンを掛ける頃には、それらは全てどこかへと去っている。

走り始めてしまえば、ただ集中できた。

奇妙ではあったが、そうなることは、都合が良かった。


事故を起こすことなく、自動車学校へと戻った。

これで終わりではないことは、解っているが、どうしようもなく、緊張していた糸は緩む。

そのせいか、或いは、疲れていたせいか、方向転換はうまくいかなかった。


方向転換と縦列駐車さえなければ、気持ちも少しは楽になるのだがと、恨みを募らせた。


8時限目(15時20分~16時10分)

学科教習第2段階12

項目11 駐車と停車


「駐車と停車」では、駐車と停車の違い、駐車、停車ができる場所できない場所、駐車、停車の方法、駐車時間の制限、保管場所の確保についての教習が行われた。


駐車と停車の違いを、正確に理解していなかったことに気付かされ、 そして、、駐車禁止の場所が、こまかに規定されていることに驚かされた。


車を駐停車させる時には、そこが駐停車させていい場所なのか、瞬時に判断を迫られることを知り、ため息がこぼれた。


運転を学べば学ぶほどに、処理すべき情報が増えていく。

人間の情報処理能力の限界を超えている気がしてならなかった。


10時限目(16時20分~17時10分)

学科教習第2段階13

項目12 乗車と積載

項目13 けん引


「乗車と積載」では、乗車と積載の規定と特例についての教習が行われた。

「けん引」では、けん引の方法と制限についての教習が行われた。


多くは、日常的に必要とされる知識ではなかったが、知っておくに越したことはない。

恐らく、必要となる頃には、詳しい規定は忘れているだろう。

ただ、一度学んでおくことで、規定があること、そして、それを忘れていることに気づくことができる。

この教習の意義はそこにあるのだろう。


故障車などは、普通自動車免許さえ持っていれば、けん引することができるとのことだが、 そんな機会が訪れないことを強く願った。


11時限目(18時20分~19時10分)

技能教習第2段階【5時限目】

項目4 進路変更

項目5 信号・標識家・表示に従った運転

項目6 交差点の通行

項目7 歩行者の保護


12時限目(19時20分~20時10分)

技能教習第2段階【6時限目】

項目4 進路変更

項目6 交差点の通行

項目7 歩行者の保護

項目8 道路及び交通の状況に合わせた運転


11時限目では、南コースを走った。

12時限目では、北コースを走った。


それくらいしか憶えていることはない。

それだけ集中して運転をした。

運転することができた。


路上教習では、忘れていることに気付かされることは、しばしばあったが、一方で解らないことはなかった。

走り始め、流れに身を任せてしまえば、あとは想定外の状況が起きないことを祈る以外にすることはなかった。


ただ自動車学校に戻ってから行われる縦列駐車と方向転換の教習には、未だ苦しめられていた。

車両感覚という何かを掴もうとするが曖昧すぎて、指先からこぼれていく。

基準となる確かなものが欲しかった。


ホテルに戻ると、真っ先にレストランへと足を運んだ。

この期に及んで、外に食べに行く気は起きない。

疲れているというだけではない。

ホテルのレストランの料理には、とても満足していた。

ここで食事をする毎に、シェフに対する畏敬の念は強くなっていった。


昨夜は、3日連続となる、焼き鯖定食であった。

4日連続でも良かったのだが、油っぽいものが食べたいという気持ちがあったので、ソースかつ丼を頂くことにした。

相も変わらず、文句なく美味しい。

今夜も感服させられた。


夕食を終え、幸せな気持ちのまま、部屋へと戻る。

洗濯物を放り込んでいるポリ袋が膨らみ始めていたので、洗濯をしておくことにした。

合宿に参加してから、2回目となる洗濯である。


フロントで洗剤を40円で購入し、それから、ランドリー室を覗く。

誰もいない。

どれも回っていない。


足早に部屋へと戻り、ポリ袋を掴み、そして、またランドリー室へと向かう。

洗濯機に硬化を投下し、あれこれ放り込み、それから、洗剤投入までの時間を確かめ、スマートフォンのタイマーにセットする。

特に高い服もないので、部屋へと戻り、タイマーが鳴るまでくつろぎ、鳴ったので、ランドリー室へと向かう。

洗濯機に洗剤を投入し、また部屋へと戻り、くつろげてはいない気もするがくつろぎ、アラームが鳴るのを待ち、そして、ランドリー室へと向かう。

停止した洗濯機から洗濯物を取り出し、薄手のものと厚手のものとで分けて、2台の乾燥機へ、それぞれ放る。

空いているのだから、有効に利用しない手はない。

それから、また、何度か、ランドリー室と部屋を往復し、最後に乾燥機から取り出した洗濯物をポリ袋に放り入れ、部屋へと戻った。

乾ききったものは洗濯済みポリ袋に入れたまま、まだ乾ききっていないものは部屋のハンガーにかけた。


洗濯の何が面倒かといえば、しつこく繰り返し記述したように、部屋とランドリー室の往復に他ならない。

ランドリー室で待てばいいという意見もあるだろうが、個人的には、その選択肢はなかった。


本を読んで待つ気にはなれなかった。

読書は、誰もいない、音のない空間でするものだと考えるからだ。

雑誌を読む週刊もない。


携帯ゲーム機も持っていないし、スマートフォンでゲームをしたりもしない。

ヘヴィーなパソコンゲーマーであることを自称しているが、一方で、外に出てまでゲームはしない。

ゲームは暇つぶしのためにやるものではなく、ゲームをするためにやるものだと考えるからだ。


何れにせよ、洗濯や乾燥が終わるのを待ったり、確認しに行ったりすることは、正に時間の浪費以外の何物でもない。

衣服をそれなりの量持ってきたのは、間違いではなかったと、洗濯をする度に確信する。

2日おき、3日おきに洗濯などしていられない。

毎日洗濯するなど狂っている。

他の宿泊客が使っていたら尚時間が掛かるし、トラブルの原因にもなりかねない。


荷物はかさばるかもしれないが、行きも帰りも宅急便で送ればいい。

衣服は多すぎるくらい持ち込み、ため込んで一気に洗濯をする。

それが免許合宿の正解である。


■本日の支出

野菜ジュース

120円


洗剤

40円


洗濯機使用料

300円


乾燥機使用料

400円


合計

860円

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る