免許合宿紀行 4日目 「松江紀行」
1時限目(8時20分~9時10分)
技能教習第1段階 【6時限目】
項目8 カーブや曲がり角の通行(復習)
項目9 坂道の通行
運転に慣れてきたところで、鬼門に差し掛かった。
そんな風に言いたいところだが、そもそも、まだ慣れてきてはいない。
だが、こちらの都合など、知ったことではないと、普通自動車運転免許取得における一つの山場として数えられる「坂道の通行」についての教習が襲い掛かってきた。
まず教官が手本を見せてくれたが、相変わらず、よく解らない。
運転席に座り、やってみるが、よく解らない。
とにかく、よく解らない。
易しい、難しい以前の問題である。
解ってしまえば、どうということはない。
(坂道発進の方法について、より詳しく知りたい方は、こちらの記事をご拝読をください)
だが、この時点では、とにかく、解っていない。
解っていないけど、言われるがままに操作する。
解っていないから、言われるがままに操作するしかない。
言われるがままに操作すれば、車は、そのように動いてしまう。
それがまた困る。
教官は流石で、怪しい気配を感じると、失敗に先んじて、的確に指示を出してくれる。
が、それが逆に、成長の妨げとなっている気がしてならなかった。
言われるがままに、操作しているだけでは、憶えない。
自身の判断で試行錯誤し、失敗ながら、感覚を掴まなければ、覚えられない。
責任を転嫁していることは解っている。
だが、まずは何も言わず、静かに見守っていて欲しいと心の中で願った。
3時限目(10時20分~11時10分)
技能教習第1段階 【7時限目】【AT】
項目11 狭路の通行
項目21 オートマチック車の運転
項目22 オートマチック車の急加速と急発進時の措置
縋り付くように運転教本を凝視し、坂道発進の手順を頭に叩き込んだところで、迎えた3時限目。
「坂道の通行」に続き、普通自動車運転免許取得における一つの山場として数えられる「狭路の通行」についての教習が襲い掛かってきた。
現実にこんな道路はない、あったら引き返すと強く言いたくなるような、S字路、及び、クランクの通行を強いるという教習である。
S字路、及び、クランクを通行するにあたって、最も重要なことは車をゆっくりと前進させることである。
低速を維持することさえできれば、状況確認、ハンドル操作、全てにおいて、時間的猶予が生まれる。
だが、マニュアル車においては、そのゆっくり前進させるということが難しい。
オートマチック車は、シフトレバーをドライブに入れておけば、アクセルを踏まなくとも微速で前進する。
トランスミッションの機構上、エンジンとクラッチを完全に切断できないことに起因するクリープ現象のためである。
クリープ現象には、メリット、デメリットがそれぞれあるが、S字路、及び、クランクの通行においては、メリットとなる。
ブレーキの調整だけで低速の維持ができるため、ハンドル操作に集中できる。
一方、マニュアル車は、クラッチペダルを調整し、半クラッチ状態を断続的につくりだすことで、低速を維持しなければならない。
左足が感覚を掴んでいなけば、中々思うようにはいかない。
そんな事情があってか、初めて「狭路の通行」は、オートマチック車で行われた。
クラッチ操作を忘れて、まずは車両感覚を掴むことに集中しろということだろう。
オートマチック車は楽だという話は、そこかしこで聞いていた。
話の通り、楽だと感じられれば良かったのだが、この時点では、楽だとは感じられなかった。
そもそも運転自体に慣れていなかったということも手伝ってか、運転方法の変化に対する戸惑いの方が大きかった。
ただ、オートマチック車は、自動車に対するシンプルなイメージを体現するものではあった。
つまり、アクセルを踏めば加速し、ブレーキを踏めば止まる。
一方、マニュアル車は、アクセルを踏んでも、ギアを切り換えなければ、一定の速度で加速が止まる。
ブレーキを踏み込んで減速した時、クラッチペダルを踏んでいなければ、エンジンが止まる。
そんな面倒な乗り物だった。
狭路に入って解ったことは、車両感覚が解っていないということだった。
学科教習で、死角について学んでいたが、ただ知っているのと現実に体感するのとでは、やはり、違う。
狭路の通行においては、車体に隠れて見えない前輪が道路のどこにあるかを透視しなければならない。
それがいかんともしがたい。
とりあえず、脱輪することなく通れはしたが、通れはしたというだけだ。
解ってはいない。
解っていないことが、折り重なっていく。
1時限目の技能教習、3時限目の技能教習。
今日の教習は、これだけである。
とはいえ、自由になったわけではない。
7時限目と11時限目に模擬試験が入っている。
正直なところ、煩わしくはあるが、仕方がない。
とにかく、14時20分までは、4時間もの時間があった。
やることは一つである。
送迎バスに乗り込み、ホテルへと帰った。
荷物を置き、それから、ホテルの裏手にある駐輪場へと行き、借りた自転車ではなく、誰のものでもない自分の自転車の鍵を解いた。
スマートフォンを取り出し、マップアプリを起動し、トラッキング機能を有効にし、それから、ハンドルに備え付けてあるマウントに固定した。
これで、どこから走ってきたか、現在どこにいるのか、目的地はどこにあるのか、すぐに確認することができる。
ドリンクホルダーにソルティライチの入ったミネラルウォーターのペットボトルを放り込み、そして、走り出す。
今日の目的地は、松江城の周辺に点在する26の商店である。
何れも、有名店であるとか、観光名所であるとかではない。
昨夜、インターネットで松江市周辺の観光名所を調べていた時に、ふと、思い出したのが、 松江歴史館で行われていた企画展示「吉田くんプロデュース 小泉八雲“KWAIDAN”の世界」に連動して開催されている、まちあるきイベントのことであった。
カラー印刷の参加用紙を確認したところ、「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」と「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」は、 それぞれ、松江市周辺を重点に島根県全域へと及ぶ、観光名所、商店をチェックポイントとするラリーイベントであるということが解った。
そして、島根県の主要な観光名所が地図上に示された「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」の参加用紙は、正に宝の地図ともいうべきものだった。
ただ記念にもらっていただけではあったのだが、僥倖であった。
そして、天啓であった。
「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」に示された島根県内に点在する21の観光名所を巡る。
そんな一つの道標を手に入れた。
また、「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」に並行して、「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」にも参加しようと考えた。
そんなわけで、今日は「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」と「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」のチェックポイントを巡りながら、
松江城周辺の散策をすることにしたのである。
「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」のイベント概要は、加盟店の店頭に掲げられたパネルを確認し、 そこに描かれた「お化け」の名前を集めるというものだった。
店舗の中に入る必要も、そこで何かをする必要もなかった。
幼稚園、理容店、ラーメン屋、自動車販売店、青果店、模型店、宝石店、パン屋、何かよく解らない店、
チェックポイントからチェックポイントへひたすらに走り回り、掲げられたパネルを撮影した。
松江城の西にある"堀川遊覧船 松江堀川ふれあい広場発着場"では、「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」のパネルと 「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」の"吉田くん"、両方が掲げられていたので、どちらもしっかり撮影した。
ここで言う"吉田くん"とは、『秘密結社鷹の爪』の"吉田くん"であり、「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」のクイズを出題するクイズボードのことである。
「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」は、チェックポイントとされた場所で"吉田くん"を探し、出題しているクイズに解答していくというイベントである。
成績優秀者の中から抽選で一名、任天堂の家庭用ゲーム機"Wii U"が贈られる。
また、"吉田くん"が設置されているチェックポイントは、全て文筆家小泉八雲縁の地ということだ。
道中、立ち寄った土産物屋では、勾玉が島根県の名産品であること知り、お土産に買っていくか悩んだ。
悩んでいるところを店員さんに話しかけられ、相性の良い石の色を教えられ、ついでに着ていたシャツを褒められた。
気に入ってたシャツであり、嬉しくはあったが、しまむらで購入したものであったため、お礼を言いながらも、苦く笑った。
「しまむらで買いました」とは、流石に言えない。
後日、言ったとしたら、話が通じたのかが気になり、調べたところ、"ファッションセンターしまむら"は、島根県内にもあった
感動したとか、凄かったとか、そういうことがあったわけではない。
だが、楽しかった。
見知らぬ土地を散策することに、知らない道をロードバイクで走ることに、夢中になった。
正午をまわり、13時を過ぎたところで、「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」とは、関係のない個人的なチェックポイントに向かった。
島根県の名物料理"出雲蕎麦"の名店である。
きちんとした出雲蕎麦を食べていきたいと考え、調べ、選んだ店である。
付近に到着し、地図を確認しながら、それらしい店を探すが、みつからない。
近くに見えた、お寺のような古式ゆかしい和風建築は、正に、お寺以外の何物でもなく、蕎麦屋とは全く関係がなく、惑うしかない。
もしかしてと考え、寺の隣に聳えるビルに入ると、薄暗い広々とした空間の一画に蕎麦屋の姿があった
やや不安になりながらも、店内に足を踏み入れる。
店内は明るく清潔感があり、好感が持てた。
出雲蕎麦の基本である割子蕎麦に、生卵、とろろ、山菜がついた"三味割子蕎麦"を頼んだ。
蕎麦の前に、湯のみ、そば湯、割り下が配られ、本格的だと感動する。
それから間もなく、三段に重ねられた漆器に盛られた割子蕎麦と薬味がやってきた。
まず薬味をつけずに蕎麦と割り下だけで頂く。
美味い。
衝撃を受けた。
29年間の中で食べてきた蕎麦の中で、一番美味しかった。
口に入れた蕎麦は、瑞々しく透明感があった。
薬味の存在を忘れ、一気に一段目を平らげてしまう。
山菜が載せられた二段目、とろろが載せられた三段目を夢中ですすり、ほっと一息。
最後は、そば湯に生卵をといて入れ、そこに割り下を加えて頂いた。
正に、和風卵スープである。
幸せだった。
美味しいものは人を幸せにする。
店の人にごちそうさまを告げ、そして、炎天下の青空にただいまを告げる。
チェックポイント巡りを再開する。
脇道に入ったり、寄り道をしたりしながら、松江城の入り口へと向かう。
「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」のパネル、「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」の"吉田くん"、 先日、天守を登った時には、意識していなかったそれらを撮影するためである。
自転車を駐輪場に停めて、まずは城内にある観光案内所へ向かい、 そこで「鷹の爪団の松江ゴーストハンター」のパネルを撮影した。
それから観光案内所の係の方に、クイズボードの設置場所について尋ねた。
松江城は広すぎる。
道標がなければ探すことは、困難であると考えたからだ。
係の方曰く、天守付近にあるとのことだった。
心のなかで、あれやこれや呟きながら、炎天下の中、ひたすらに石段を踏んだ。
天守にほど近い階段の中ほどで、侍が「ご苦労でござる」とすれ違う人に声をかけていた。
先日の若々しい侍ではなく、髭を蓄えた山男のような侍だった。
侍は日替わりなのかもしれない。
一ノ門をくぐり、天守が眼前に姿を現す。
相変わらず、美しかった。
だが、背を向ける。
天守を観に来たわけではない。
一ノ丸の休憩所で、"吉田くん"を確認し、撮影すると、そそくさと松江城を後にした。
それから、またチェックポイント巡りへと復帰し、松江城を大回りで一周したところで、自転車を停めた。
時計を覗くと、14時に迫ろうとしていた。
そこにあったパネルを撮影してから、次のチェックポイントへ向かうか、自動車学校に戻るかを考えた。
少し無理をすることになるが、次のチェックポイントに行けなくもないという結論を導き、自動車学校に戻ることにした。
残りのチェックポイントは、後日行こうと考えている小泉八雲旧居、小泉八雲記念館の近くにあった。
後日、一緒に周れば事が足りる。
何より、急いで何かをすると碌な事にならないということを知っていた。
バスの予約はしていない。
ホテルに戻らず、自転車で自動車学校まで向かう方が速いと考えていたからだ。
現在いる松江城周辺地域は北、自動車学校は南、駅を挟んで反対の方角にあった。
距離としては5km前後である。
長距離を速く快適に走ることを目的としてつくられたロードバイクにとっては、問題になる距離ではない。
時間も問題ない。
7時限目がはじまるまで30分。
土地勘がないこと、信号に捕まることを、考慮しても20分はかからない。
7時限目(14時20分~15時10分)
仮免許学科模擬試験【4回目】
自動車学校へと辿り着き、駐輪場に自転車を止めた。
安全運転を心がけていたためか、しっかり20分かかってしまったが、とにかく、模擬試験には間に合ったので問題はない。
教室に入ると、既に席は埋まっていた。
空いている席を探し、荷物を置き、模擬試験が始まるのを待った。
合宿4日目の目標点は45点。
結果は3点足りない42点であった。
間違えた問題、悩んだ問題について確認し、復讐を誓う。
それから、自動車学校を出た。
復習は後でいい。
再び、ロードバイクに跨り、西へと走った。
目的地は、「吉田くんと巡る怪談の地ラリー」のチェックポイント"洞光寺"である。
11時限目の模擬試験が始まるまで3時間。
自動車学校から洞光寺までの距離は往復で5km。
時間も、距離も、問題はない。
洞光寺に到着し、石段を登り、境内へと足を踏み入れる。
特に奇妙なところはない普通のお寺というのが、個人的な印象である。
洞光寺は、小泉八雲のお気に入りのお寺であったそうで、その著書にも度々登場する。
小泉八雲の著書の一つ『神々の国の首都』の冒頭では、松江の朝の風景の一つとして、洞光寺の大釣鐘の音が描かれている。
"吉田くん"を釣り鐘の近くで発見し、写真に捕える。
目的は果たされた。
境内をゆっくりと歩いて回り、暮れようとする洞光寺の景色に、ほっとため息をついた。
11時限目(18時20分~19時10分)
仮免許学科模擬試験【5回目】
45点だった。
合格点である。
復習が功を奏した。
解答用紙を提出すると、教官が点数を確認し、教習原簿に認め印を押した。
とにかく、これで仮免学科試験の受験資格を得ることができた。
課されたノルマが一つ消えたことは、喜ばしい。
が、喜んでばかりもいられない。
問題は、学科教習ではなく、技能教習であることは、既に明白だった。
送迎バスが出るまで、まだ時間はあったが、待つ必要はない。
玄関を出て、駐輪場へと向かう。
ホテルに向かって、ペダルを回しながら、夕食に何を食べるか考える。
考えながら走っていたら、気づけば、ホテルまで間もなくのところに来ていた。
道を引き返す気にもなれなかったので、ホテルの近くにある蕎麦屋に入った。
お昼に蕎麦を食べたことを忘れていたわけではない。
一日中、走り回っていたせいか食欲がなく、さっぱりしたものが食べたかった。
お昼は冷たい割子蕎麦だったので、温かい釜揚げ蕎麦を頼んだ。
なんというか、普通の蕎麦だった。
■本日の支出■
野菜ジュース
120円
三味割子蕎麦
830円
合計
950円
■本日のチェックポイント■
⑦松江城
⑫洞光寺
⑬堀川遊覧船(松江堀川ふれあい広場発着場)
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