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【11】
聞けばスカージギルドだけでなく他のギルドからも集められた実動メンバーが、口伝で伝えて回っているらしい。避難場所は各ギルド。カリマもリゼを連れて足早にスカージギルドへ向かった。
ギルドに入るとロビーは人で溢れていた。わめき騒ぐもの、じっと座りただ俯くもの、せわしなく歩き回るものと実に様々な人々がいたが、皆に共通して言えるのは落ち着いている人間が少ないということだった。
カリマはその中にウジカイの姿を見つけ、近寄っていった。こんな時は気持ちを落ち着けることが何より大事だ。それに必要なのは見知らぬ他人ではなく見知った知人であり、あとは少しのジョークがあればいい。それを教えてくれたのはほかでもないウジカイ自身だった。
「よおウジカイ、ここに酒がないのがそんなにさみしいのか?」
カリマがそんな言葉と共に近寄っていくと、それだけで救われたかのように顔をあげた。声は心なし震えていた。
「お、おうカリマじゃねぇか。そうなんだよ、まったくギルドの連中も気が利かねぇよなぁ」
「生憎ギルドは介護施設じゃねぇんだよ、お前の世話をしてるくらいならスラムのゴミ掃除でもしてたほうがマシだ」
「ならどっちにしろ俺の世話をしなくちゃならんじゃないか」
互いに笑いあい、不安をなんとか弾き飛ばす。こうしていなければ不安に押しつぶされてしまいそうだった。
「とりあえず元気そうでよかったぜ。いくら糞野郎だとはいえ、育ての親に死なれたんじゃ寝覚めが悪くて仕方ねぇ」
「そりゃこっちのセリフだよ。ここに来てからも可愛い息子たちを捜しに行こうとして、なんども外出を止められてるんだぜ?」
「心にもないことを」
「お互い様だな」
ようやくウジカイも落ち着きを取り戻したようだった。ここまで軽口が叩けるのであれば問題ない。
「被害状況はどんな感じだ?」
「ユーギから聞いてはいると思うが死者三人、重軽傷者十二人の大惨事だったとよ。これでも襲われたのが朝のせいもあって、だいぶ抑えられたって話だ。これが夜だったらここまで落ち着いた対応ができなかったそうだ」
おおまか来る前にユーギに聞いた内容と同じだった。竜のほうは一匹だったのにもかかわらず、大きな被害を出した上に捕縛できなかったとも。
どうかんがえても昨日の夜リュートと話した、あの竜たちの襲撃だった。
「今はどうやって対策を組もうか各ギルド考えているところだ。スラムは最低限の人数だけが巡回に回ってる。噂じゃヤクヤが昨日話してたシステマの検体だって話も流れてる」
「なるほど、ところでキジナ翁は?」
「奥の部屋でユーギと一緒に作戦会議中だ……、おいどうしたよ。行ったってお前じゃ入れやしねぇぞ?」
「いや、ちょっと小便だよ小便。それとも一人が怖いなら一緒に来るか?」
「ガキじゃねえんだ、留守番くらいしっかりできるさ」
「そらよかった。リゼ、行くぞ」
カリマはリゼに声をかけ、奥の部屋に進む通路へと向かう。途中の便所に入り、声を落としてリゼに話しかけた。
「昨日のこと、覚えてるか?」
「なんのこと……?」
ここまで確認が取れなかったからここで確認したが、やはり昼間はリュートは裏に引っ込み、リゼが表に出てきているらしかった。加えて記憶の受け継ぎも、聞いた通りされていなかった。
「ここで起きててくれりゃあ相談出来たんだがな……。まぁお前に愚痴言ったって仕方ねぇな」
元々少ない可能性だったため早々に切り捨て、カリマは便所から出る。やはり奥の会議室に行き、ユーギとキジナに直接話すしかないだろう。
会議室の扉を叩き、許可を得て中へと入室する。中ではユーギとキジナを筆頭に、スカージギルドの重役がそろっていた。キジナがカリマをギロリと睨む。
「何をしに来たカリマ。もし遊びに来たのであれば、そこの窓から外へ放り投げるぞ」
「おいおい、有益な情報を持ってきたってのにその仕打ちたぁ随分ですね。情報源を投げ捨てるおつもりですか?」
「……今は一刻も惜しい。何か言うなら早くしろ」
「はいはい、では」
多少仰々しく相手をした後で、カリマは本題を話し始めた。昨日リュートからの話から得た、数少ない、しかし有益な情報を。今回の竜はシステマギルドの検体であること。竜を作る研究をしていたこと。数は最大で九匹いること。意思の疎通は不可能なこと。非常に凶暴でかつ混乱しており、目にうつるものすべてを攻撃対象とすること。どれもこの会議では出ていなかった情報なようで、皆驚愕に目を見開いていた。
「……今の情報は確かか、カリマ」
「出所は明かせませんが確かな情報です。今はシステマギルドの失態を嘲笑うよりも先に、積極的な協力を促し、事態の収拾に努めるのが先決だと思われます」
「……そうだな、ご苦労だった。下がれ」
「情報を吐き終わったらもう用済みですか、へいへい出てきますよ」
口では文句を言っていたが、カリマ自身ここにいる意味はもう薄そうだと考えていた。自分には何か力があるわけじゃない。伝えるべきことは全て伝えれば、あとは上の連中が何とかしてくれるのを待つしかない。
部屋を出ると、追いかけるようにユーギが部屋から出てきた。急いで出てきたらしく、息も絶え絶えだ。
「おいおいいいのかよ、お偉い方に随分睨まれただろうに」
「別にいいさ、僕だって格好としてあそこにいるだけで、何か役に立ってるわけじゃない。それより話がある。ちょっとこっちへ」
そういうとユーギはカリマたちを空き部屋へと誘導した。リゼも含めて部屋に入ったのを確認すると、鍵を閉め、声を落としてユーギは話し始めた。
「さっきの情報、多分半分はヤクヤとウジカイからだろ?」
「正解。どうして分かった?」
「昨日飲み屋で散々話してるのを聞かされたんだよ。君がすねて帰ってしまったから、代わりに僕が呼び出された」
「そりゃ災難だな」
「でもそれはどうでもいい。問題は竜の状態や頭数についてだ。ヤクヤは上機嫌でペラペラと話していたが、そんな情報は毛ほども出てこなかった。あんなに饒舌で情報収集に長けたあいつの舌から出てこない情報を、君が知っている?」
「そりゃ教えらんねえな。俺の信用に関わっちまう」
「僕の考えを言おうか」
ユーギは一呼吸置き、カリマの後ろに隠れたリゼを指さす。
「その子が十匹目の竜だ」
さすがにこれには度肝を抜かれた。思わず何も言えずにつばを飲み込んでしまう。
「……根拠は?」
「一つ目。昨日のヤクヤの話だと被検体のうち六匹は培養漕から出て来た時点で死亡。残り四匹が確保できていないと言っていた。ここで出てきている数は十匹なのに、君は九体と言った。他の情報は僕の情報と合致する部分も多いのに、この部分だけに齟齬が発生しているのはおかしい」
「……俺が間違えただけかも」
「二つ目。実は今残ってるのは一番凶暴な個体のみで、残り四匹の内二匹はスカージギルドとシステマギルド内でそれぞれ処理でしている。これを殺したとき、竜が消えた後に人の遺体の形をした遺物が発見された。これは一般には公表されていないが、各ギルド上層部は竜が憑き物の一種であることを知っている」
「……なるほど」
「三つ目。昨日着替えをしているときに背中の鱗を見たけど、あれは竜鱗病の鱗じゃない。竜鱗病の鱗はね、あんなふうに固まってあるんじゃなく体全体にポツポツと広がるんだ」
「……お見事」
言い訳をする隙間もない。ごまかすのは不可能なようだった。
「んで、それが分かったところでどうすんだ。言っとくが今はただのガキだぞ」
「こうする」
ユーギはつかつかとリゼに近づくと、何の予備動作もなくリゼの首筋に手刀を振り下ろした。たまらずリゼの意識は失われ、前のめりに倒れこむ。ユーギはその身体を抱え込んで支えた。
いきなりの行動にカリマが目を白黒させていると、ユーギはぽつりと呟いた。
「人に憑いた竜は、本人が気を失っている際に目を覚ます。だからこうやって本人の意識を強制的に落としてやれば……」
ユーギの腕の中でリゼがビクンと大きく震え、ゆっくりと目を開けた。頭にはいつの間にか、昨日見た角が生えていた。
「まったく、夜でもないのに起こしおって。何の用だ」
「すみませんね竜の旦那、こちとらちょっと急用でして」
始めて意志疎通をする竜に対してそんな軽口を叩けるユーギはやはり大物なのだと、カリマは他人事のように感じていた。
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