5
【5】
目の前にあるのはスラムには珍しい石造りの建物だった。建物の二階部には至るところに装飾が施されており、いかにも趣味の悪い成金が立てそうな建物だ。入口には大きな正面扉がそびえたっており、妙な威圧感を放っている。
カリマはその正面扉の横にある小さな扉のノッカーを鳴らした。この正面扉はただの装飾品で滅多に使用されず、もっぱらその横にある小さな扉が使われる。一応正面扉も開くには開くそうだが、少なくともカリマはこの十五年間こちらの扉が動いているのを見たことがいない。
しばらくして中から声がした。
「へいへいー、こちらスカージギルド。お悩み相談でしたら他にどうぞー」
「カリマだ。ウジカイから話がいってると思うが、新入りの紹介に来た」
「あー、はいはいカリマね。ちょっと待っててねー」
声の主はダルそうな間延びした声で返事をし、中からガチャガチャと鍵を開けた。
「はいはいー、ウジカイから話は伺ってますよ。その後ろのちみっこいのが新しい人かな?」
「ああそうだ、中に入れて色々と説明をしたいんだがいいか?」
「別にいいけど出来るだけ騒がしくしないでね。中は今ちょっとピリピリしてるの」
「ん?何かあったのか?」
「昨日の朝から竜の発見報告が多く来ててね。まぁそれだけならいいんだけど、その竜に襲われたって人が結構な数いるの。で、その中にウチのメンバーもいたからねー。他のギルドも集まって作戦会議中」
「そりゃまぁ珍しい」
竜は視認率こそ高いものの、その遭遇率は極めて低い。それにこちらから危害を加えなければ、こちらが攻撃されることもないとされている。そんな竜に大人数が襲われたとなれば確かに一大事だろう。
「でもまぁ僕達末端にはあんまり関係ない話だからね。どうせ自分の身は自分で守れ、以上の結論は出なさそう。おっきな話は上のお仕事だねー」
「そらそうだ、俺たちはとりあえず明日どう過ごすかの方が問題だものな」
「そういうわけ。とりあえず今ならロビーが空いてるから適当にどうぞ。聞かれて困るような話をするなら部屋を用意するけど」
「いや、いいよ。とりあえずの説明を済ますだけだ」
言われるがまま中に入り、ロビーのソファに腰を掛ける。リゼには自分の向かい側に座るよう促した。外の装飾過多に反して中はかなり質素に作られている。申し訳程度の観葉植物に二人用のソファがテーブルを挟んで二脚。白塗りの壁には装飾品の類はなく、今はともっていない蝋燭(ろうそく)立てがあるだけだ。カウンターには万年筆が置かれているが、中には誰も座っていない。
「んでなんでお前が俺の横に座ってんだ、ユーギ。案内終えたならさっさとひっこめ」
「えー、いやだってウチの説明するんでしょ。だったら僕もいたほうがいいかなーって」
「否定はしないがお前、今日は受付担当じゃなかったか。いいのかほっぽり出して」
「どうせ昼間は客なんてめったに来ないしねー。お偉い方はすでに集まって頭突き合わせてお悩み中だし、ちょっとぐらい業務外れてもバレないっしょ」
いつも通りの屈託のない笑みで、ユーギはケラケラと笑った。
「……お前本当に能天気だな。それでよくここの取り仕切り役が務まってるもんだ」
「むしろ『だからこそ』と言ってほしいところだねーそこは。こういうのは適度に力抜かないと人殺しかねないストレス溜まっちゃうしー」
「そんなもんか」
「そうそう、そんなもんだよ。じゃほら早速本題に入ろう。とりあえずそこのおチビちゃんの紹介から入ってくれると僕は助かるんだケドナー」
いつの間にか会話の主導権はユーギに移っていた。ユーギは体を乗りだし、テーブル越しにリゼに手を差し出した。
「こんにちはおチビちゃん。僕はユーギ。カリマの……んーと、友達?」
「馬鹿言うな、ただの商売仲間だ。勝手なこと言ってんじゃねぇ」
「相変わらずカリマはきっついねー。まー、頼りなく見えるかもしれないけど、一応このギルドの取りまとめ役をやらせてもらってるよ。言ったって上の言ってることを下に伝えるってだけなんだけど。ギルドについてはもうカリマから聞いてるかな?」
ユーギがそう尋ねるとリゼは頭を横に振った。それを見たユーギは面白い玩具を見つけたように目を細め、カリマのほうに向き直った。
「えー、カリマまだ教えてないの。嫌がる人だっているんだし、最初に教えなきゃだめだよー」
「どうせ倒れてたんだ、嫌がったらもっかい放り出すだけだ」
「どーせできないくせによく言うよー。とりあえず何も説明してないんだったら、ここのギルドへの登録も合わせて僕が説明しちゃってもいいかなー?」
「ちょうど俺も上手く説明できる気がしてなかったんだ、お前に任せるのが適役かもな。頼めるか?」
「いいよー、承りましたー。ではでは講義のお時間ですなー」
ユーギはふんふんと頷くと楽しげな口調でリゼに話しかけた。
「さーて、まずはまだ名前を聞いてなかったね。おチビちゃんお名前は?」
「…………」
リゼはすがるようにカリマを見つめた。どうやら名前を答えていいかを聞きたいらしい。カリマは無言で頷いた。
「……リゼ」
「おっけー、リゼ君か。事情はウジカイからあらかた聞いてるよ。身寄りがなくて買い手がつかない、だからカリマに買われることになったんだよね」
「……ん」
「その辺の事情は呑み込んでるのねー。ってことはこのカリマの仕事もなんとなく分かるかな?」
「……人……、攫(さら)い?」
すっかり蚊帳の外で聞いていたカリマは頷く。まぁ大方間違ってないし、その発想に至れただけで上出来だ。またこちらが発してない単語を答えたことによって、リゼの言語能力が少しづつだが回復しているのも分かった。
「大体合ってるよー。ただし正確には『人攫い』、じゃなくて『人買い』ね」
「人……買い?」
「うん、人買い。カリマの仕事は無理やり人をさらってきてるわけでもないし、カリマ自身が人を売りさばいてるわけじゃない。だから『人買い』なんだ」
「…………」
リゼの顔から疑いの念が晴れない。そりゃそうだ。『人攫い』ならともかく『人買い』なんて単語、カリマ自身ここに来る前は知らなかった。
「まだ納得してないぞー、って顔してるね。確かに人買いってのは僕らが読んでる俗称みたいなものだけどさ、これでも一応お国に認められた、立派なお仕事なんだよ?」
「認められてる……?」
「そう。一応名目上は人々の社会進出の流動性を上げる為とか需要と供給云々とかあるんだけど、簡単に言えば国の中央に人が足りなかったから集めて来てくれー、っていうのを理由に認可の降りた仕事なんだ」
「なる……ほど……」
もっともそれは表向きの事情で、本当の理由は体のいい奴隷さがしでもあるのは周知の事実だった。天災や人災によって貧困にあえぐ土地に行き、家族の為にと説得をし出稼ぎに連れ出す。心の弱った人々は、その誘いを断ることなどできない。そんなあくどい稼ぎ方をしていれば世間様から『人攫い』と同種に見られても仕方ないという自覚は、カリマ自身ウジカイから嫌という程教えられた。
「人に誇れるような仕事じゃないのは確かだけどね、仕事がないって人に仕事を提供する、いわばなくちゃいけない仕事なのは確かだよ。ちなみにつれて来た人を雇い主に紹介する人は『人売り』ね」
「……ん」
リゼはようやく納得したように頷いた。おそらく言葉通りの意味で捉えているのだろう。騙しているようで少し気がひける。
「んで、そんな『人買い』や『人売り』、『死体処理』みたいな、なくちゃいけないけど疎まれる仕事を一手に引き受けてるのがこの《スカージギルド》ってわけ。リゼ君もカリマの下で働くなら、このスカージギルドの一員になるんだよ」
「……理解した」
「人買業務に関してはカリマのほうが詳しいからやりながら覚えてってねー。いやー、若い子が入るとウチのギルドも活気づくし、ほんとよかったよかった!」
ユーギが子どものように朗らかに笑う。もっともこれも方便であることはカリマにはよく分かっていた。
若い人員は体のいい奴隷を作るのにちょうどよく、身元不明なら他への配慮もほとんどしなくて済む。汚れ仕事を行うスカージギルドならではの理由だ。
「ならさっそく手続きをしなくちゃね」
ちょっと待ってて、と言って、ユーギは奥の部屋に上機嫌で歩いて行った。取りまとめ役にとっても、新たな若い奴隷は吉報だったようだ。
しばらくするとユーギは腕いっぱいに衣服を抱え、初老の老人を連れて帰ってきた。
「やあやあお待たせ、手続きは後ろで済ませて来たよ。ただ服を選んでたら随分時間がかかっちゃてね。そのおかげでキジナ翁を連れて来られたから、悪いばかりでもないけどさ」
さして恥じる様子もなくユーギは頭を下げていた。隣の老人はリゼのほうをじっと見つめている。値踏みでもしているのだろうか。
「……お前がリゼか」
「……そう」
「……ここで生きるなら、精進せよ。礼儀は損なってもよいが、生への渇望は忘れてはならぬ」
老人はそう言ってからリゼに手を伸ばした。リゼも恐る恐る、その皺(しわ)だらけの手を握る。
「儂の名はキジナ。このギルドの団長を務めておる。以後お前は儂の管理下に入ることになる。お前の一挙一動はギルドに影響を与えると心得よ」
キジナ翁はリゼの手を握りかえすと、今度はこちらに向き直った。
「カリマよ、一人で商売を始めたようだな。ウジカイから話は聞いた」
「ええまぁ。まだ利益が上がんねぇですが」
「お前はてっきりこのギルドを抜けて、旅にでも出るものだと思っていたよ。そんなお前が弟子までとるとは」
「よしてください、昔の話です。今はそんな夢見ちゃいないですよ。弟子だって成り行き上仕方なくみたいなもんですし」
「確かに今はどこも飽和状態だが、買い手がつかんわけでもあるまい」
「確かにそうなんですが……、なんつーか手放しづらかったというか……」
まさか買値に納得いかずに怒りに任せて引き取ったとは言えないため、カリマは歯切れが悪そうに言葉尻を濁すことしか出来なかった。
だがそんなカリマの反応を、キジナ翁は好意的に受け取ったようだ。
「ふむ……なるほど、他人には感じとれぬ価値を見出だしたか。ならそれもよかろう。くれぐれもシステマのように、使い捨てることだけはするなよ」
「心得ています」
カリマのそんな反応を見て満足したのか、それ以上何も言わずに、キジナは踵を返して奥の部屋に戻っていった。
「……んで、俺が真面目に話してる間に何やってんだお前らは」
「服合わせだよ? ずっとダボダボの服じゃ可哀想じゃない」
カリマがキジナと話し始めたとき、ユーギはリゼの手を引きカウンターの裏に隠れたのは気付いていた。
キジナのいる前で何か悪事を働くこともないだろうと、高をくくって放置していたのだが、まさかこんなことをやっていたとは。
「……。別に話してる間に、しかもここでやる必要はなかったよな?」
「二人が話している間暇だった、じゃ理由にはならないかな? 奥の部屋は話し終わった団長方が休んでるし、やるならここくらいしかなかったんだよ」
「いやまぁそうだが」
「何よりね、カリマ」
と、急にユーギが声色を変えて詰め寄ってきた。その迫力に、思わず後ずさってしまう。
「ギルドの一員が身の丈に合わない服を着せられてる、なんて話が広まったら、うちのギルド皆が困るんだよ? これまでウジカイに飼われてたから気付かなかったんだろうけど、飼う側になったならそのあたり、しっかりしてもらえないとこっちが迷惑なんだよ」
声量はリゼに聞こえない程度には落としていたが、それでもしっかり伝わってくるほど、ユーギの声は怒気を含んでいた。
「…………。悪かったよ、迷惑かけた」
カリマがそんなことを言った時には、既にユーギはリゼの服選びを再開していた。顔はさっきまでの迫力のある笑顔ではなく、いつも通りの朗らかな笑顔。
「謝ってくれなくてもいいけど、今度やったら口頭注意じゃ済まない、ってことだけ覚えといてね。僕も伊達や酔狂で、このギルド取りまとめてるわけじゃないんだよ」
言われてみればその通りだった。ギルドやスラムの内側からはどう見られてもいい。だが他のギルドや上層の人間にそんな光景を見られれば、たちまち大きな炎になることは確かだ。無用な火種は避けるべき、そんな考えすら頭から抜け落ちていた。
「はい、完成ー」
リゼの長い髪をまとめ終わり、ユーギは満足げに頷いた。
「今は帽子で抑えてあるけど、髪は長すぎるから今度切ったほうがいいかなー。髪を切るのもお金かかるし、今度言ってくれれば僕がタダで切っちゃうよー?」
「はいはい、どうせ髪も金になるからだろ。とりあえず服、見繕ってくれてありがとうな。ウジカイのところでもらうつもりだったが手間が省けた」
「あはは、ウジカイのとこに服なんてあるわけないじゃん。カリマも昔は服に困ってたでしょ? ウジカイは必要なもの以外全部売り払っちゃうんだから」
確かにカリマがウジカイの元にいたときも食事や移動には困らなかったのに、何故か日用品には苦労していた気がする。そういうことだったのか。
「それで、肝心の服のお代だが」
「あー、んー、それなんだけどねー」
ユーギは言いづらそうに答えを渋った。納得していない様ようにぼやく。
「この衣服、実はキジナ翁が出してきてくれてね。『金を出し渋って受け取られず、その格好で出歩かれても困る』から、今回はお代はいいって。僕は取ろうって言ったんだけどね」
「お、ならよかった。今回の仕入れが上手くいかなかったら手持ちが少ないんだ」
「安い服ばっかりだけどねー。適当に格好つくようにはしといたから、しばらくはそれで大丈夫だけど、早めに服ぐらいは揃えることをお勧めするよ」
「はいよ。じゃあそろそろ行くわ、ウジカイのとこにも顔出さなきゃならないからな」
「ん。じゃねー。リゼ君もまた今度」
ユーギはリゼに向かってにこやかに手を振った。リゼもカリマの後ろに隠れながら、ぎこちなく手を振りかえした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます