罪の告白

「疎遠……じゃないと思う」


「さっきの口ぶりからすると、今は交流はしてないんだろ?」


 こくりと頷く。


「うん。小学生の頃の友達だったんだけど、中学に入ってからはね……」


「それを疎遠って言うんだと思うぞ」


 黒川はゆるゆると顔を横に振る。


「なんていうのかな? 嫌になっちゃったんだ。一緒にいることが辛くて。だから中学に上がってからは意図的に避けてたの」


 彼女は物憂げにそう言った。一緒に居る事が辛い……か。俺もここ最近は井の頭トリオに対して、同じ感情を抱いている。誰だって他人と付き合う事を億劫に感じる事はあるだろう。だがそれで終わりだ。大抵の人は損得勘定が働き、自分の本音を覆い隠す。装いをもって、普段と代わり映えのない日常を過ごしていく。


 しかし、彼女はそうできなかった。小学校卒業を機に、友人たちとの交流を自ら断った。何故だろう? あまりにもリスクが大きすぎる。中学に進学したって、学区が違わない限り、同じ学び舎で学ぶ事になる。下手をすれば、その友人達と同じクラスになる事だってある。それを遠ざけようものなら、村八分になる事は分かりきっている。


「なんで避けたんだ? 嫌になる事があったって、てきとーに合わせて連んでいれば良かっただろうに」


 そう問うた俺に、彼女はひどく悲しげな表情を向ける。そして何かを悔いているかのような口調でこう語った。


「小学生の頃ね、私たちのグループでイジメみたいなのがあったんだ。そのグループを仕切っている子が急にね、気に入らないって理由で特定の子の悪口を言い始めて。最終的に背中に砂を流し込んだり、体育の時に足を踏んづけたりしてた」


 黒川はその頃を思い出しているのか、スカートをきつく握りしめ、またも俯きそっと溜息をついた。それからぽつりと呟く。


「私はその空気に逆らえなかった。一緒になってイジメに加担して」


 俺も白崎も何も言えなかった。ただ、彼女の告白を聞く事以外には、何もできなかった。


「ずっと仲良しだって思ってたんだけど、違かった。イジメられてた子とは中学に上がる前に仲直りしてたんだけど、多分上辺だけだったんだと思う。それを見たら友達って何なんだろうって。だから避けてたの」


 黒川は俯いたままそう言った。


 俺は、仕方のない事だと思う。何処にだってヒエラルキーは存在する。それこそ幼い小学生達の間にもだ。人は自分より下の者を見ると安堵する。外見にしても能力にしても、自分より劣っている人間が側にいるだけで安心できる。劣等感に苛まれずに済むからだ。そのある種の逃避は人間の性なのだろう。だからしょうがないのだ。イジメは絶対になくならない。


 それでも彼女は自らの過ちを悔いた。だからこそ避けた。そこにはきっと、諦観もあったはずだ。友達という関係性がもつ脆弱性。それを幼い頃に知ってしまい、苦悩し、諦めた。


 では何故? 彼女はまた求めている? それは何処までいったって絵に描いた餅に違いないのに。


「私には……わかりません」


 白崎がそう口にした。彼女のその顔からは、困惑と苛立ちが確かに見て取れた。そして、その焦燥を黒川へとぶつける。


「どうしてですか? そんな経験をしたのに。何故、まだ有りもしないものを、求められるのですか? 貴女は学習したはずでしょう。それなのに……」


 矢継ぎ早にまくしたてる白崎に、黒川は目を丸くしていた。俺も驚いている。彼女がこんなにも、感情を露わにしている事に。だが、俺たち喫驚なぞ気にもとめずに、白崎は問いかける。


「知っているはずです。みんなが言う信頼関係なんて絵空事だと。それに気づいたから、その友達との関係性を終わらせたのでしょう? なのにまだその絵空事を信じているのですか?」


 その問いに対し、黒川はすこしの間考え込む。そして白崎と見つめ合い、一切目を逸らさずに、一言、


「私はやっぱり、あるって信じたかったから。だから信じる」


 そう答えた。信じたいから信じるか……中々にロジカルな言い分だ。かなり俺好みではある。


 だが黒川のその言葉は、一層白崎を苛立たせたようで、またも黒川に食ってかかる。


「信頼だなんてものは、ペテン師が作り出した妄言です。この世の何処にも、完全に信頼し合えている人たちなんて居ません。そんな物を追い求めても、何も得られない。また裏切られるだけです!!また昔のような思いを」


 ポンポロロンと、不意に音がなる。空気を読まない音色が流れ、俺たちは硬直した。音は鳴り止むことはせず、神妙な場の空気を乱していた。音の源は白崎のスマホだ。彼女は「すみません」とだけ言い、スマホを手に取り部室を出た。


 俺と黒川は、ただ無言であった。何も交わす言葉が見つからなかったからではなく、今ここで二人の間に言葉があってはいけないと思ったからだ。何となくフェアではない気がした。2分ほどして白崎が教室に戻ってきた。


「すみません。実は母が貧血で倒れたらしくて」


「大丈夫なのか?」


「大事はないそうです。ですが、やはり心配なので、今日はうちに帰ります」


「そうか。なら鍵は俺が返しておくよ。部長でなくても、できる仕事だ」


 白崎はポケットから鍵を取り出し、俺に渡した。


「お願いしますね」


 そう言って鞄を手に取り、部室のドアに手をかける。だがすぐに離すと、身を翻して黒川の方へ向いた。


「黒川さん。今日はひどく言い過ぎました。ごめんなさい」

 

 そう言って頭を下げた。それを見て黒川があわあわと慌てる。


「あ、あやまんなくてもいいよ!!私だって変なこと言っちゃってたし!!」


「いえ、今日はどうも冷静ではありませんでした。本当にごめんなさい」


「わ、私の方こそごめんなさい」


 二人とも頭を下げる。このまま謝罪の応酬が続いてもいけないので、白崎に声をかけた。


「謝ってないで、早く母親のところに行ってやれよ」


「すみません。では失礼します」


 彼女は、俺と黒川に軽く会釈をして、今度こそ部室をあとにした。

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