譲れぬ思い

 友情は幽霊や妖怪と同じ、か。黒川のいう「いつまでも変わらない友情」とは、存在する根拠に乏しく、信じるに値しない物だと、彼女はそう言っているのだ。いかにも白崎らしい物言いだった。


 部内はしーんと静まり返っていた。黒川は顔を下げ口を噤み、白崎は腕を組み無言で眼前にいる女子を見つめている。構図で言えば、蛇とそれに睨まれるカエルそのものだ。黒川には頑張って議論を交わしていて欲しいものだが、あんな風に正論をぶつけられては、望み薄だろう。人は正しさに弱い生き物だ。正しさとは言うなれば力そのものであり、力持つ者には逆らいづらいと言うのは道理である。


「……」


「……」


 皆一様にして黙り込んでいる。俺は普段なら、沈黙にも平気で耐えられる性質だ。だが今は、その沈黙の質が甚だ悪い。異論や反論を一切受けつないと、そう体全体で意思を発するもの。それにあてられ、強者に恐怖し発言を控えるもの。こうした人間のみで形成された静けさは、それはもう居心地が悪くなる。幼い頃に、友人宅の家庭内で行われていた喧嘩を目撃してしまったかの様な悔恨を、久々に味わった気がした。


 居た堪れない状況になってきたので、空気を変えるために、黒川に一つ聞いてみる。


「友達とクラスメイトの境目についてだったか?黒川はどう思ってるんだ?」


 自分に振られて驚いた様に顔を上げる黒川だったが、恥じらいながらも毅然と答えた。


「えーとですね、お互いに信頼し合えているかどうか、です」


 白崎が眉をひそめていた。それもその筈、彼女にとって一番耳にしたくないワードを黒川が発したからだ。俺は目頭を押さえたくなる衝動に駆られる。今の今まで、ここまでの失態を演じたことがあっただろうか?息苦しい空気から抜け出したいが一心で、黒川から「信頼」という言葉を引き出してしまった。


 恐る恐る白崎の顔色を伺うと、渋面をつくり黒川を睨みつけていた。それに気づいた黒川がまた俯き縮こまる。さらに悪くなる部内の空気。どうすれば部の雰囲気が明るくなるのか皆目見当がつかない。


 困り果てていると、白崎が重々しく口を開いた。


「相互信頼ですか。そんな物はこの世の何処にもありませんよ」


 その言葉に黒川が顔を上げた。そして白崎と見つめ合う。そこには先程までに感じた内気さや弱きな部分が見えない。


「私は絶対にあると思う」


 静かに、それでいてはっきりとした口調で返した黒川。ここに至りようやく理解できた。黒川が信じるものと、白崎が忌避するものは同一なのだと。


 白崎は失笑を織り交ぜこう言った。


「ありませんよ。絶対に。そもそも信頼と言うものは欺瞞を孕んでいます。

相互理解の上に成り立つものが信頼関係ですが、お互いを完全に理解なんて出来ません。必ず何処かに疑念が生じます。はなからにして相手を疑っているのに、何が信頼なんでしょうか」


 確かに、白崎の言うことは一理ある。信頼関係というのは、だれもが手にできるものではない。手にできたとしてもそれが本当であるとは限らない。真実性を追求してしまえば欺瞞という壁に落胆してしまい、真実から目を背ければそれ自体が欺瞞になりうる。必ず欺瞞が生じる物を信じることはできない。だから否定する。


 正しさを振り回す白崎に、黒川は真っ向から対峙する。


「それでも、互いに理解し合おうとと努力して、そんで信頼しあえる素敵な関係って、私はあると思う!!」


 感情的に訴える黒川に、白崎は冷たくも語気を強めに言い放つ。


「非常に観念的で説得力に欠けますね。黒川さんがそう思えているのは、友達がいた経験がないからで、」


「おい。言い過ぎだ」


 さすがに今の一言は聞き流せなかったので注意する。議論に熱を上げるのは構わないが、相手を貶す発言はいただけない。


「……すみません。失言でした」


 言葉を詰まらせながらそう言うと、黒川に対してぺこりと頭を下げる。


「私だって、昔は友達がいたよ」


 黒川は力なくそう呟いた。


 少し、別の話題に移して白崎にクールダウンの時間を作ろう。普段の冷静さを欠いているように見える。


 「その昔の友達とは疎遠になったのか?」


 無神経な質問だとはおもったが、この際仕方ない。白崎と黒川はお互いを知るべきなのだ。そうして上手く付き合っていくコツを覚えなければ。これからは同じ部員なのだし、これもまたコミュニケーション研究会の活動内容の一つだ。

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