新入部員との熱き議論

 白崎の積極性に感心していると、コンコンとノックの音が聞こえ、ドアが開かれる。


 そこに立っていたのは森脇先生と、あと1人見知らぬ女子だった。肩の上できっちりと切り揃えられた黒髪のおかっぱ頭。顔のパーツは全体的になって幼いが、綺麗な三白眼だけ主張が強く大人びていた。女子にしても低い身長で、つい学校の怪談でよくある、トイレの花子さんを連想してしまう。一瞬目があったがすぐ逸らされ、森脇先生の後ろに隠れてしまった。俺が嫌われているのか、ただ単に人見知りが激しい子なのか。まあ恐らくは後者だ。なにせ俺と彼女は初対面なのだ。


 森脇先生が実に愉快そうな顔で言う。


「二人とも、楽しく部活動しているかー?」


 白崎がそれに答えた。


「ええ、それはもう楽しく」


 猫をかぶる白崎を尻目に、森脇先生に問う。


「そこにいる女子生徒は誰なんですか?」


 先生は高らかに笑い声をあげ、こう言った。


「諸君!!今さっきこの同好会は、正規の部活動として認可された!!」


 そこで言葉を切り、すぐ後ろにいる女子生徒に目を向ける。


「この子が新しくコミュ研の一員となる、黒川琴美だ。同じ学年だし仲良くやってくれ」


 俺は驚愕する。こんなにも都合よく部員が集まったから。ではなく、森脇先生が今後もコミュ研という略称で通そうとしている事に。絶対に阻止しなければ。


 そう一人で決意を固めていると、いつの間にか白崎が黒川の側におり、握手を交わして歓迎していた。


「入部してくれてありがとうございます。この部の部長を務める、二年D組の白崎芽衣です」


 自己紹介の流れのようだ。俺もその流れに乗る。


「B組の旭翔太だ。よろしく」


 黒川は緊張しているのか、少し吃りながら挨拶をする。


「よ、よろしくお願いします」


 頭を深々と下げる黒川。どうやら悪い子ではないらしい。そんな黒川に先生が優しく声をかけた。


「それじゃ、あとは頑張れよ黒川」


 そう言って、先生はそのまま帰って行った。


 席に戻り新入部員を見つめる白崎。ぽつんと佇む黒川。


 何をしていいのかわからないのだろう。俺は椅子から立ち上がり、教室の後ろで積まれている机を一つ取り出す。


「好きな場所に置いて座ってくれ」


「あ、あんがとう」


 どういたしまして。俺も定位置に戻る。黒川はその場で少し悩み、白崎と向かい合うような位置に机を移動させ座った。白崎は正面に座った黒川と目を合わせる。


「黒川さんはC組でしたよね?」


「私のこと知っててくれたんだ」


 黒川は嬉しそうに小さく呟いた。


「学年全員覚えてるのか?大した記憶力だな。チートじみてる」


 白崎は滅相もないという風に、首を横に振り否定する。


「違います。何百人の名前なんて、とてもじゃないけど覚えきれません。芸術の選択科目が同じなんです」


「なるほど、そういう事ね」


 西北高校では、授業で複数のクラスと交流する機会がある。体育と芸術科目だ。その芸術科目の時間に、黒川の事を知ったのだろう。


 そういえば二年C組といえば、速水のクラスでもあったな。誰にともなく言う。


「速水と同じクラスか」


「う、うん。同じクラス。た、たまに話し掛けてもらってる」


 先程と同じく吃り気味に答えているが、さっきより少し上ずった声だった。気持ちは分からなくもない。速水はだれとでも分け隔てなく接する。あの顔でだ。惚れてしまうのも無理はない。


「速水くんとは友達なんですか?」


 黒川にそう訊かれたので即答する。


「腐れ縁なだけだ。友達じゃない」


 よく周りに誤解されるが、別に速水とは友達なワケではない。ただ付き合いが長く、行動を共にすることが多いというだけだ。互いに気を使わない仲ではあるが、そこに友情といったものはない。何かあるとすれば、それは惰性だろう。


「そういうの……なんかいいな。本当の友達っぽくて。すごい羨ましい」


 黒川がにこりとしながら言う。その言葉が棘のように引っかかる。最初に部室に入ってきた時から薄々と感じてはいたが、黒川は人と接するのがあまり得意ではないようだ。友達がいないか、少ないか。そう想像することは難くない。だから羨ましいなんて言葉が出たのだろう。


 どうやら白崎は外見や頭脳だけでなく、運にも恵まれているらしい。何もせずに求めていた人材が入部してきた。白崎からすれば濡れ手で粟を掴んだようなものだ。


 心底穏やかそうな表情の白崎が会話に加わる。


「速水さんと旭さんは親友だと聞いていますが」


「だれから聞いたんだよ、そんなこと」


「旭さんのクラスの岩井さんです。昼休みも速水さんと二人でいることが多いと聞きました」


 俺はその言葉に、つい真面目に答えてしまう。


「それは昼休みの時間を、岩井たちとのくだらない会話に消費したくないから、結果的に速水とつるむことが多くなるだけだ。好き好んでそうしているわけじゃない」


 白崎が首を傾けた。


「随分と岩井さん達に対して辛辣ですね?」


 うっかり井の頭トリオへの不満が口に出てしまった。いつもあいつらの馬鹿話に付き合っていて、俺の鋼の精神も少し磨耗していたようだ。


 まあこの二人には聞かれても問題はあるまい。白崎は自身の秘密を俺に知られているし、元々噂などを吹聴して回るタイプではない。黒川に関してはいらぬ心配だろう。あの三馬鹿とは関わり合いになる事はまずない。


 変に取り繕う事なく普段通りの口調でこう返す。


「ただのクラスメイトだからな。一緒に居るのが面倒だと思う事もあるさ。人間関係を円滑に進める上で、適度に距離を保つ事も重要だろう?」


 白崎は妙に満足げな顔をして頷いた。


「確かにその通りですね」


 ふと、声が上がる。


「あっ、あの!!」


 見れば黒川が真剣な表情で、俺と白崎を交互に視線を向けている。何か言いたい事があるのかと思い、黒川をじっと見つめ話の先を促す。


 黒川は何かをためらうように、唇を結びスカートをきつく握りしめていた。だが意を決したように息を浅くすい、こう言った。


「白崎さんと旭さんは、友達とクラスメイトの境ってなんだと思いますか?」


 俺の発言に何か思うところでもあったのだろうか? すこし考えを廻らせ答える。


「境目なんてないと思うぞ。きっと本質は同じだ。たまたま同じコミュニティに属しているだけの赤の他人だからな。友達にしたってクラスメイトにしたって、そのコミュニティから抜ければ次第に疎遠になっていくからな」


 俺の考えに白崎も同調する。


「赤の他人とは言い過ぎかもしれませんが、私もその二つに違いはないと思います。友達という概念自体、定義が曖昧で不確かなものですが、時が経てば関係性を失うといった点では同じです」


 口調は穏やかなものだったが、徹底したリアリズムを言葉の端々から感じる。黒川も同じ感想を抱いたのだろうか、目を丸くし驚いていた。それもその筈。白崎は基本、自分の意志や考えを口に出さない。協調性があり、おっとりとした性格で何かを主張することもない。万人にはそう映っているのだ。黒川もその万人度もと違わず、白崎の事をそう認識していたのだ。だから驚く。


 白崎が黒川に少しだけ自信をさらけ出しているのは、校内には黒川の友達がいないという事を知っているからだろう。噂話も話す相手がいなければ成り立たない。白崎は相当に性格が悪い。全てを計算して行動しているのだ。


 そんな性悪女に、孤独少女が反駁する。


「で、でも!!いつまでも変わらない友情ってあると思う!!です……」


 黒川のへんてこりんな敬語につい吹き出しそうになる。距離感を測りかねているだろう。だがこうして正面切って議論を交わせているという事は、自らの考えに基づいて行動できる人間だという事だ。それに黒川のおかげで、ちゃんとした部活動らしくなっている。


 ここは一つ黒川に助け舟を出そう。それが議論の活性化にも繋がる。それにそちらの方が面白そうだ。


「世の中も広いし、そういった関係性もあるにはあるのかもな。幾久しく続く友情とか」


「です!!」


 俺のフォローで気を良くしたのか、朗らかな笑みを浮かべて首を縦にふる黒川。それとは対照的に、白崎の細く薄められた冷ややかな目がこちらに向く。きっと「先程までと言っている事が違うんですが」みたいな意味を含んでいるのだろう。それなりに威圧感があって少し怖い。


 白崎はこちらを睨みながら、自らの考えを口ににする。


「夢を見過ぎです。いいですか?そんな関係性は、幽霊や妖怪と同じ類のものです。思い込みから生まれる産物。正体は枯れ尾花。そんな物は、はなから存在しません。存在しないものを、さも有るかのように振舞い続けても、いつかは現実に気づきます。その時に後悔しても遅いんです」


 白崎の余りにも辛辣な正論。黒川は咄嗟に、反論しようとしたのか口を開いたが、何も言い返せない事に気づき直ぐに閉じた。


 俺はというと、感心していた。形而上的価値を真っ向から否定する白崎に。

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