キルタイム
特別棟二階にある部室の前に到着した。この場所の利点は、同じ階に図書館があること。手持ちの本を読み終えた時、気軽に図書室でを利用できる。デメリットは、二年B組の教室から遠いことだ。階段の上り下りが面倒に感じている今日この頃。
部室の扉を開けると、白崎が退屈そうにスマートフォンを弄くっていた。
「おいっす」
そう挨拶する。すると白崎がこちらを向き、少し首を傾けた。
「こんにちは旭さん。少し遅かったのではないですか?」
「会話に時間を割くことも学生としての仕事だ。それに、お前が早いだけだと思うぞ」
白崎はブレザーのポケットから鍵を取り出し、見せつけるようにぶら下げながら一言。
「教室の鍵を借りれるのは部長であるわたしだけですからね。一番に来るのは当然です」
部室として扱われている各教室の鍵は、その部の長にのみ貸し出しが許されている。以前何かのトラブルがあったらしく、西北高校のセキュリティは厳重だ。
詳しくはよく知らない。けれど聞く所によれば、空き教室の鍵を虚偽の申告で入手した男女が、なにやら如何わしい行為に及び、その行為が教師に見つかり大問題になったとかなんとか。お盛んなことで結構。
白崎の机から数歩離れた所に椅子を置き座る。鞄の中から読みかけだった漫画を探すが、どうにも見つからない。そういえば昨日の夜に、部屋にある棚に戻したんだったか。失念していた。
仕方がないので、現代文の教科書を手に取り読む。しかしす退屈に襲われすぐ閉じた。教科書なんて、授業以外で使うものじゃない。さてどうするか。手持ち無沙汰になったので、ちら、と横目で白崎をみる。彼女はスマートフォンの画面とにらめっこしていた。
ラインだろうか? 流行っているのだという。携帯を持たないので、その手の知識には疎いが、この数年で大きな革新があったらしい。スマホが普及してから、メールという機能が廃れ、携帯電話同士の連絡手段がラインへと移行した。とにかく便利なのだとか。教室でもよく、ポンポロロンと気の抜けた着信音が鳴っている。授業中に聞こえてくることもあるがその際には、教職員の怒号も追加される。学校内ではマナーモードにするように。
と、かたり、とスマホが置かれた音がした。それに続いて白崎がぽつりと呟く。
「暇ですね」
多分独り言ではない為、それに答える。
「ゲームでもしてたらどうだ?スマホって色々できるんだろ」
「ゲームにはあまり興味がなくて」
「それは人生損してるな。俺なんか休日の殆どは、ゲームと読書で消えるぞ」
「それこそ大損じゃないですか」
呆れるようにそう口にした白崎。短く息を吐き、こう続ける。
「そうではなくて。部活動中なのにも関わらず暇を感じてしまうって、どうなんでしょうか」
「俺にそんな事言われたってなぁ。部員は二人しか居ないんだ。暇になるのは当然だろう?」
「一週間ですよ。一週間私たちは、無為な時間をだらだらと過ごしているんです。ただ漫然とスマホを眺めたり、読書をするために同好会を立ち上げた訳ではありません」
「全くごもっともな意見だが、やれる事なんて他にないだろ」
だが白崎は強硬に主張した。
「やるべき事なら一つあります」
「というと?」
「私たちで新しく部員になってくれる人を探すんです。あと一人増えれば正式な部活動として認められますし」
俺は手をひらひらと振った。
「ならそこら辺にいる男子にでも声を掛けて来いよ。すぐに入部届けにサインするだろうさ」
「誰でもいいという訳ではありません」
「じゃあどういうのなら良いんだ?」
白崎は少し考え込む。
「意志が弱く孤立気味な人、ですかね」
自分の思想を植え込みやすいから、という事だろう。それが白崎の求めている人材。橘とは真逆の性質だ。先ほど入部を了承しなくて正解だった。
孤立している人間を、部に誘い入れると白崎は言っているが、正直悪手だと思う。そういった人間は話しかけられる事を好ましく思っていない。勧誘した所で快く入部してくれる人がいるかどうか。
おれは白崎の提案を否定する。
「そういうタイプを誘っても疎まれるだけろ。俺の時みたいに森脇先生が動いてくれてるだろうし、大人しく暇をつぶしていようぜ」
「その森脇先生の人選に問題があるんです。また旭さんのような人を連れてこられても困りますし」
さいですか。
それから白崎は真面目な表情で付け加える。
「それに、仮にも部室を与えられている同好会なのですから、それなりに活動しなければいけません」
それもそうだな。このままじゃ読書研究会に鞍替えする事になってしまう。それでは白崎の目的を果たすことはできない。そうなれば俺が入部をした意味もなくなる。
重い腰を上げ白崎に問う。
「分かったよ。それで、いつから始める?」
白崎の唇が笑みを形作る。
「思い立ったが吉日です」
この一週間で白崎について分かったことは、意外にもアグレッシブな一面を持っているという事だ。俺も見習おう。
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