二時限目
社交
高校生というカテゴリーに属している者は大概愚かしい。彼ら彼女らは、自分達は自由な存在だと確信している節がある。それは断じて違う。
俺たちは親の庇護の元で生活している。親の稼いだ金で高校に通わせてもらい、学ぶことを許されている。はなから自由などではないのだ。そんな極々単純なことを忘れ、自分達の過った行動の正当性を主張するのだから、愚かとしか言いようがない。
勉強することに意味を見いだせない者。非行に走り他人に迷惑をかける者。それらはすべて悪であり間違いだ。勉強は意味がないことだと思うなら学校を辞めればいい。悪行を重ねてまで自己顕示している連中は、そのまま愚行を続け破滅し、後悔の念に苦しめられればいい。行動には責任を伴うという事を自覚するべきだ。
放課後、周りの声に耳を傾けながらも、心の中でそんな悪態をついてしまう。やれ勉強が怠いだの、やれ高校生にもなってビールを飲んだことのない奴はダサいだの、全くもって阿保らしい。そんな阿保丸出しな発言をしている三人組の男子生徒は、教卓の真向かいの机に座る俺の周囲に集まっていた。
整髪料とコテで整えた髪の毛を、必死に手入れしている醜男の村井。マッシュ頭で、そこそこに顔立ちが整っている韓国かぶれの河井。芋くさい顏と、それを助長させる坊主頭が印象的な岩井。この三人はクラスのヒエラルキーでは最上位に位置する者達だ。三人共苗字に「井」が付くことから、井の頭トリオと自称している。頭ではなく末尾なのだが、彼らは気にしない。
同じクラスに所属する様になって二週間と四日が経過したが、毎日の様に中身のない会話を繰り返す井の頭トリオ。合間合間に適当な相槌を打ってはいるが、正直もう辛い。そろそろ戦線を離脱してもいい頃だろう。
教科書などを鞄につめ、髪束をやたらと弄る村井に部活に行く旨を伝える。それを聞いた岩井が、茶化す様に俺の背中を叩く。
「白崎さんと二人っきりで羨ましいね〜!!この色男!!」
俺が部活に行こうとするたびにこの台詞を吐く岩井。本人は面白いつもりなんだろうが、正直辟易とする。だが社交を怠ってはいけなのが高校生というものだ。そう自分に言い聞かせ、できるだけの笑顔で一言、
「一向にフラグは建たないけどな」
井の頭トリオが皆笑う。これが一連の流れだ。この過程を踏んでようやく、俺はこの三人から解放される。教室を出て部室のある特別棟へと向かう。特別棟へは一階の職員室の脇にある通路を渡る必要がある。
階段を降り職員室の前に差し掛かると
クラスメイトの橘恵里と出くわした。
「もう帰るの?これからみんなで駅前のカラオケ行こうと思ってたんだけど」
「部活あるから今日はパス」
「休めばいいじゃん」
「金欠なんだよ。今懐が寂しくてね。五百円しかない」
「金欠だったらバイトしろし」
不機嫌そうにそう呟く橘。別に俺一人が居なくても大して変わらないだろうに。
橘とは高校一年の時に同じクラスになり、そこで知り合った。茶髪の長い髪をシニヨンに括っていて、今時のオシャレ女子といった感じだ。丸く大きな瞳と泣き黒子が印象的で、全校の中でも可愛い部類に入るだろう。女王様気質で、クラスの女子内では一番位が高い。出会った当初は、正直うざいと感じていた。だが一年も経つと慣れるもので、そこそこ気軽に話せるくらいの間柄にはなっている。
「コミュニケーション研究会だっけ?白崎さんと二人きりで毎日何してんの?」
橘にそう訊かれ、入部してから一週間の活動内容を思い出す。
「ほとんど読書だな」
「はぁ?読書だけなの?」
「それ以外に思い当たる活動をしていない」
怪訝な顔つきになる橘。
「それって部活動っていえるの?」
「言えないだろうなぁ」
「すんごいテキトーじゃん!!」
「部員が少ないから活動しようにもできないんだよ。」
唇に人差し指を当てて茶目っ気を出した橘が提案してくる。
「じゃあ、ウチが入部してあげよっか?」
「いや大丈夫だ。遠慮しておく」
一瞬の間もおかずに即答した。
「なんでだし!!」
「なんでって、橘と白崎の相性が悪そうだから」
「そんなのわかんないじゃん!!仲良くなれるかもしれないし〜!!」
唇を尖らせ赤子のようにごねている。どうしたものか。俺個人としては、橘が入部しようがしまいがどちらでも良い。だが、部長の白崎は良い顔をしない筈だ。橘のように騒がしいタイプは、白崎は望んでいないだろうから。
ここは上手くはぐらかして、問題の先送りといこう。橘は記憶力がない。どうせすぐ忘れる。
「どっちにしたって今ここで決められることじゃないぞ。手続きとかもあるし、白崎にもお伺いたてとかないと」
彼女は、上唇を吊り上げ不満げな表情をみせる。
「なにそれー。白崎さんの許可ないとダメなのー?」
「一応形式上な。さすがに何も言わずにってのは、後々面倒になるかもしれないだろ?」
橘がううっと唸る。
「わかった。ちゃんと訊いておいてよね!!」
「了解」
なんとか上手くいったようだ。二、三日もすれば、今の事も忘れるに違いない。
「恵里ー!!」
突然背後から橘を呼ぶ声が聞こえた。その声の主は見知らぬ女生徒だった。友達だろうか?その女子生徒は橘を手招きし、橘もその女子生徒に向けて軽く手を振る。
「もうカラオケに行くみたい。また明日ね、旭」
「ああ、また明日な」
橘との談笑を終えて、俺は再び部室へと足を向ける。
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