奇妙なノート

 翌日の放課後、俺は学校の図書室に立ち寄った。朝学校へ行く準備をしていたら、夕方の六時以降に帰宅するように姉貴から厳命された。そんな準備がかかるような料理を作るのかと訊ねたところ、どうやら旭家で闇鍋をするつもりらしい。


 もう何度目だろうか、闇鍋。何時からか旭家では何か節目があった時、闇鍋をするように習慣づいてきた。その度に俺は腹を下し、父親は頭痛に苛まれる事になる。もう止めようと、何度も母親や姉には言っているのだが、女性陣は辞めるつもりはないのだと主張する。全く困ったものだ。しかし闇鍋が開催されるというのは決定事項。抗っても仕方あるまい。


 図書室に寄る前、速水を誘ってゲーセンにでも行こうかと考えていたが、どうやら今日は生徒会の活動ががあるらしい。選択肢がなくなった俺は、こうして図書室で時間をつぶす事にした。


 西北高校には、学生たちが普段生活する本棟、科学準備室や図書室などがある特別棟に別れている。ちなみに特別棟は空き教室が多く、大概の文化部の部室として提供されている。つまり文化部員でもなければ、放課後にわざわざ特別棟に足を運ぶ生徒は少ないという事だ。


 図書室に入ると、中にはほとんど人は見受けられなかった。図書委員であろう女子生徒がカウンターの内側に陣取り、読書をしながら番をしている。1度視線が俺に向くが、直ぐに目線を本へと落とす。あまりよく見なかったが、読んでいた本はディックのヴァリスだろう。あの装丁には見覚えがある。流石は図書委員といったところか。いいセンスをしている。


 さて、おれも活字に触れて脳を活性化させるとしよう。本棚から適当な本を探す。鞄の中には読みかけのペーパーブックがあったが、せっかくの図書館なので、普段なら読まないようなジャンルの本を何冊か手に取る。そして図書室の入り口のドアから一番遠い石を選び、そこに向かう。


 席に座り鞄を置いて、本を読み始めようとした時、足元に一冊のノートが落ちている事にか気がついた。誰かの落し物か? そう思い何の気なしにノートを手に取りが開いてみる。


 その直後、戦慄が走った。


 ノートには西北の生徒と思われる名前と、一人一人の趣味や傾向、人となりなどが事細かに書かれている。そこには速水の名もあった。別のページを開くと、一人一人への対応や接し方などが、これまた細かくつづられていた。


 まるで生徒の取扱説明書でも読んでいるかのよう。このノートの所有者は相当に闇が深い。


 読み進める内に、このノートに記されている人物たちの間にある共通点がある事に気づく。女子の方は自信がないが男子は皆、去年の速水と同じクラスの人達なのだ。帰納的推論に基づけば、これは去年の一年C組の生徒を分析したノートという事になる。


 しかし、そうすると妙な点が一つある。ある人物の名前が欠けているのだ。


 その事に思い当たった時、肩で息をした女子生徒がそばにいる事に気がついた。集中して考えを巡らせていると、ついつい周りが見えなくなってしまう。


 その女子生徒は、パーマがかかった栗色の髪を胸まで伸ばしていたが、その反面楚々といった顔つきだ。瞳が大きくやや切れ長の目は、冷ややかさと可愛らしさがうまく同居していて、顔の輪郭は顎に向かってスッキリしている。艶やかな薄いピンク色の唇は見るもの全てを虜にしてしまいそうだ。スラリとした細い体型はまるでモデルのよう。人の名前を覚えるのがあまり得意ではない俺でも、この女子生徒は知っている。昨日散々その名を耳にし、このノートには記されていない人物。


 白崎芽衣と俺は束の間、視線が交差していた。

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