アストロノートは考える。
黄鱗きいろ
アストロノートは考える。
空を見上げると、まあるい地球がぽっかりと浮かんでいる。
アストロノートは考える。
アストロノートの皮膚はカーボンで、頭脳は希少金属とプラスチックだ。
だけどもアストロノートは考える。
空は青というよりは黒。色紙を貼り付けたような暗黒。色紙に針で穴を開けたみたいに、ぽつりぽつりと恒星が点在している。
そんな中、地球だけは鮮やかだ。
海の透き通るような青。白から灰色に変わっていく雲。大気圏のぼんやりとした光。軌道上に浮かぶ様々な仲間達。夜の側にまわれば、煌々ときらめく都市。ラグランジュ点を目指して伸びる長い長い塔。
そんな賑やかな地球から見れば、ここはそれはもう寂しく見えることだろう。
アストロノートは考える。腹から伸びたアームで苗木を掴みながら考える。
画用紙に描くのなら黄色。もしくは銀色。形は丸だろうか。それとも弓型だろうか。
うさぎを書くかもしれない。国によってはカニらしい。もっとも本当のここにはクレーターがあるばかりで、うさぎもカニも見たことはない。未踏の裏側にはもしかしたらいるかもしれないけれど。
アストロノートは地面を掘った。細かい砂がもうもうと舞い上がる。何度も崩れてようやく掘り終わった穴に、アストロノートは苗木を植える。
アストロノートは考える。地球の誰もをアストロノートが見えないように、地球の誰もがアストロノートを見えはしないだろう。
いいや、もしかしたら望遠鏡を構えている坊やがいるかもしれない。薄暗い部屋の窓辺で、真っ暗な丘の上で、ほんの些細な変化も見落とさないように、こちらをじっと見ているかもしれない。
アストロノートだって、その気になれば小さな目をうんと伸ばしてスルスルとこちらに向かってくる船を見ることだってできるかもしれないのだ。
今だってほら、流れ星のようなものすごい勢いで、塔に向かって宇宙船が飛んでいくのが見えるのだから。
アストロノートは考える。分厚い車輪で移動しながら考える。
もしそうならアストロノートは何か地球に答えるべきだろうか。ハロー。こんにちは。今、夜なのはどの辺りだろうか。場所によって言語を変えるべきだろうか。手を振ってあげるべきだろうか。
アストロノートは土をまく。黒く湿った地球の土だ。
びりびりと包装を破くと、土の中から一匹のミミズが顔を出した。ハロー。こんにちは。アストロノートには口は無いけれど、アストロノートはそう言った。
アストロノートは考える。きみはきっと宇宙ミミズ第一号だ。名前は何がいいだろう。タロウ? ジョン? だけどライカやグドリャフカは止めておこう。きみだってここで平穏な余生を全うしたいだろうし。
アストロノートは水をまく。宇宙ミミズは土の上に下ろされると、するするとその中へと消えていった。ここはきっといい土壌になるはずだ。
アストロノートは考える。いつの日かアストロノートの任務が終わって、ここが草木で埋め尽くされる日を。
もしそうなったら、地球から見たここはどんな風になっているのだろう。
緑の繁茂する美しい衛星になるのだろうか。それとも黒々と森の点在するおかしな見た目になるのだろうか。そうなると月のうさぎかカニにはとても悪いことをしてしまった気分になる。
ここは月都市開発部第一ステーション植物科。
鈍色のアストロノートはそんなことを考えながら今日も草木を月に植えるのだ。
アストロノートは考える。 黄鱗きいろ @cradleofdragon
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