夢見る少女じゃいられない

 わたしは動物が大好きな女子高生だ。


 犬や猫はもちろんのこと、馬や牛や、羊やヤギや、鳥だってリスだってサルだって、みんな大好きだ。その証拠に、狭いわたしの部屋にはあらゆる種類の動物たちのぬいぐるみや、ポストカードが所狭しと飾られてるし、通学鞄やスマホやネイルだって、可愛い動物たちでデコっているから、わたしの周りにはムツゴロウさんよりも動物がいるって言っても過言じゃない。


 だから、わたしの動物好きは誰でも知っていて、だから付き合い始めたばかりのわたしの彼氏は、付き合って三カ月の記念日に一緒に県外の牧場に行こうって誘ってくれた。そこにはたくさん動物がいて、中でもリナの大好きな馬に乗れるんだぜって。わたしはその話に大感激して、二つ返事でオッケーして、ポニコちゃんって呼んでる、お気に入りの馬のぬいぐるみをぎゅーっと抱きしめた。


 本物の馬に会える! 約束の日がきて、わたしは牧場直通のバスの中でも、ドキドキしっぱなしだった。実は、わたしは本物の馬に会ったことはない。馬どころか、うちはペット禁止のマンションだから犬も猫も飼ったことがないし、親は忙しいから家族で動物園なんて機会もなかった。だから、わたしはいつもポニコちゃんを抱いて、空想にふけっていた。ポニコちゃんが本物だったら、どんなにいいだろう。部屋にあるぬいぐるみのすべてが本物の動物だったら、どんなに素敵だろう。


「ムービーでばっちし、撮っててやるよ」 


 楽しそうに窓の外を見るわたしに、彼氏はスマホを片手に笑った。「永久保存版で」


 うん、とわたしも笑って、座席から立ち上がる。「着いた、行こう」


「まじ、楽しみにしすぎじゃね?」


 彼氏はわたしに手を引っ張られてまんざらでもない様子でにやつく。わたしは牧場のゲートをくぐり抜けると、「乗馬」と書かれた矢印の方向に、家族連れをかき分けて、ヒールの高い靴で走った。芝生のような青草の上では、ヤギや羊たちがのんびり草を食べている。けれど、わたしは一頭の大きな動物に目を奪われていた。


「……見て、馬、本物の馬だ!」


 乗りますか? という係員の言葉に、わたしはぽうっとしながら何度もうなづいた。係員に支えられて背に乗るわたしを、馬がちらりと振り返る。ああ、馬。夢にまで見た可愛らしい馬。つけまつげもしてないだろうに、なんてまつ毛が長いんだろう。目も黒目がちで、目力ハンパない。それにポニコよりも柔らかで光沢のある美しい毛並み…。わたしは夢見心地で馬の背にまたがった。


「リナ! こっち向いて!」


 彼氏がスマホをこっちに向けて、手を振っている。わたしはこみあげる感動の中、子供のように手を大きく振った。その瞬間――。


 ぼたぼたぼたっと大きな音がして、わたしは思わず後ろを振り返った。そして、何が起きたのか分からないわたしの鼻に、漂う異臭。直後にどぼどぼどぼという、大量の水が撒かれるような音。それから一呼吸置いて、わたしの耳に、わはははは、と彼氏の大きな笑い声が聞こえた。


「リナの馬、うんことしっこ、同時にしたぞ! すげ、くっせえ!」


「生き物なんで……すいませんね、はい、動きますよ」と、係員が苦笑いしてから、わたしの乗った馬を引いた。馬は、何事もなかったかのように歩き出した。丸い柵の中を一周、ゆっくりと移動するわたしたち。わたしは放心状態で揺られながら、自分の部屋にあるたくさんの動物のぬいぐるみを思い浮かべた。


 犬、猫、鳥、ヤギ、羊……そのどの動物も、うんこをするだろう。当たり前だ。みんな生きているのだから、うんこやおしっこをするのだ。うんこをしたいときに、おしっこをしたいときに、ぼたぼた、どぼどぼ、と。そんなこと、当たり前すぎるくらい当たり前のことなのに、どうして今までわたしはそれに気付かなかったんだろう。そして、どうして部屋中のぬいぐるみが本物だったらなんて馬鹿なことを考えていたんだろう。


「リナ、さっきの動画見る? これ、テレビとかに投稿したらまじウケそう」と、彼氏が笑いながらスマホの画面をこちらに向ける。


 帰ろう、わたしは唐突に言った。いつもとは違うわたしの様子に、彼氏は「え?」と、リアクションが取れずにただ聞き返した。けれど、わたしはあっけにとられた彼氏をそのまま置き去りにして、足早に牧場の外へ向かった。道沿いにいるヤギや羊が、どうしたことかとわたしを振り向く。急ぐ足元を良く見てみると、真っ青に見えた草の中にも、たくさんうんこが落ちているのがわかった。わたしは地面を見ないように、顔を上げて駆けだした。後ろから彼氏の怒ったような声が聞こえる。わたしはたぶん、今日中に部屋の動物グッズを全部捨ててしまうだろうと思った。

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