土用の梅干し

 何してるん、塀越しに聞かれて、「梅干しです」、そう答えると、その近所のおばさんは呻きとも、感嘆ともとれない声を漏らして去って行く。


 その後ろ姿を見送って、私は再び視線を落とした。


 竹ざるの上には、ほんのりと赤く色づいた梅が並んでいる。ひい、ふう、みい、よう……全部で十粒ほど。


 実は、私も、私の夫も、それほど梅干しが好きではない。けれど、梅雨時に並んだ大粒の青梅を見ると、何故だか「買わなくちゃ」という気分になり、最初はウイスキー漬けにしようと思っていたのを「少しは梅干しにでもしてみようか」と思ってしまう。


 その結果が、この十粒。


 塩漬けが終わり、ふやけて色褪せた青梅を真夏の太陽に晒す。そうすると、梅はほのかに赤くなる。ふっくらと柔らかな、赤ちゃんのほっぺたのような肌になる。


 赤紫蘇を入れない白梅干しだというのに、不思議なことだ。


 私は、毎回、この神秘的な変化に心を奪われる。梅干しを食べなくともつくりたくなってしまうのは、きっとこの美しさのせいだろう――一つ一つを丁寧に箸で天地返ししながら、そう思う。


 柔らかな赤い肌。強い日差しに白く吹く塩。三日三晩、昼は干し、夜は梅酢に戻し、梅干しは完成する。


 猛暑日が続くとニュースでは言っているが、梅を干す日本の夏は、それだけでとても静かで穏やかだ。そして、毎年こうしていることで、私もいつしかそんな「日本の夏」の一部となっている、そんな気持ちが心を見たし、それがとても誇らしいのだ。


「シャルロット、スイカを買ってきたよ」


 縁側から夫が呼ぶ。はあい、私は応えながら、まだ覚束ない箸使いで、最後の梅をくるりと返した。

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