ショー・マスト・ゴー・オン――PART3

 ――北海道の一部と千葉は滅び、ゾンビ化した人間たちがこの劇場に押し寄せてはいるが、芝居の幕は上がり続けている。


 舞台はそろそろ後半に差しかかったころだった。


 私は、ドアから侵入しようとするゾンビたちを必死で押し返しながら、舞台裏まで響く役者たちの台詞を聞いていた。


 灰皿を投げられながらも耐えた、汗と涙の日々。美術と照明の意見が合わず、徹夜で話し合いをしたあの日々の結晶が、いま花となり、咲き誇ろうとしている。


 この芝居は「劇団櫂船かいぶね」の誇り。たとえ親の死に目に会えないとしても、皆、この公演にすべてを賭けている。そして、舞台監督である私の使命は、この芝居の幕を最後まで上げ続けることなのだ――。


舞台監督ブカンさん、私、もう……!」


 ゾンビがなだれ込もうとするドアを、共に押さえる受付スタッフが音を上げたのは、10分ほど後のことだった。


「何を言う! 俺たちがここで押さえなければ、誰が舞台を守るというんだ!」


 汗を滴らせ、それでも声を押し殺して励ますと、


「でも私、もう……」


 彼女の力がふっと抜けた。と、思った次の瞬間、


「あああああああっ!」


 苦悶の声を上げ――その肌が青黒く変色していく。未知のウイルス、人間がゾンビ化するという恐ろしいウイルスが、とうとう彼女にも感染したのだ。


「や、やめろ!」


 人間の意志を失い、襲いかかってきた彼女に、ドアを押さえる手が緩む。途端に、力の均衡が崩れ、開いたドアから次々にゾンビが侵入してくる。私をぐるりと取り囲む。


「くそ……」


 私は腰袋からバールとかなづちを抜き、牽制するように両手で構えた。


 それでも襲ってきた一体の頭部にかなづちを振り下ろす。二体目の首をバールで飛ばす。三体目のみぞおちに蹴りを決める。ピチャッ、腐った汁が頬に飛ぶ。


 少しは考える頭があるのだろうか、残りのやつらがうなり声を上げてこちらをうかがう。


「さあどうした……早くかかってこい……!」


 彼らを舞台に行かせてはならない。私はぐいと頬を拭うと、ゾンビを睨みつけた。



 The show must go on――たとえ舞台裏で何が起こっていたとしても、芝居の幕は決して下ろしてはならないのだ――――

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