シーチキン、缶詰辞めるってよ

 静かな広い空間に、彼はじっと佇んでいた。


 ここは彼が工場長をしている缶詰工場。いや、缶詰工場だった、と言うべきか。古いがきれいに磨かれた機械は、いまはもう動いていない。


 長らく保存食品の手段として栄華を誇ってきた缶詰は、いまや、そのほとんどがパウチ方式に変わってしまった。


 ホールトマトの缶詰に、白桃、ミカンのフルーツ缶、過去には調理済みの食品の缶詰――焼き鳥缶やサバやいわしの煮付け缶詰なんてものも存在した。


 けれど、それはもう過去の栄光。


 有限である資源を使い、環境に負担をかける缶詰は徐々に減り、ついに2117年3月31日の今日を以て、今後、一切の製造を禁じられた。


 つまり、この缶詰工場はもう二度と稼働することがない。昨日つくられた缶詰が、世界最後の缶詰だったのだ。


 目に焼きつけるように自動缶詰機を見つめていた彼は、取り出し口に残された、最後の一缶に手を伸ばした。


 トマトにフルーツ、サバにいわし、それらが次々に缶詰であることを辞めていく中、それは最後まで缶詰の王者であり続けたシーチキン缶だった。


「お前も、缶詰じゃなくなるのか」


 彼はつぶやき――踵を返すと、静かに工場を後にした。


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タイトルはakuyaネコ型猫様にご提案いただきました。ありがとうございます。

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