冬でも半ズボンのあいつ
冬が来ると、あいつのことを思い出す――。
いつもの通勤電車に揺られ、いつもの通勤路を歩く。オフィスビルの建ち並ぶ駅前を足早に通り過ぎていくのは、スーツにネクタイのサラリーマン。秋も深まった最近は、その上にコートを着ている者もよく見かける。
冬が来れば、彼らは首にマフラーを巻き、手袋をはめ、冷たい北風を耐えるのだろう。季節によって、人は服装を変える。当たり前のことだ。
しかし、あいつだけは違った――俺は遠い日のことを思った。
あいつはいつでも半ズボンをはいていた。冬が来て寒くなり、校庭に雪が積もったって、あいつの半ズボンは変わらなかった。
そんなあいつのことを、俺は尊敬していた。俺の尊敬がわかったのか、あいつの俺を見る眼差しも温かかった。俺たちは互いに話すことはなかったが、尊敬という絆で結ばれていたと思う。
しかし、中学に入り、制服によって半ズボンを否定されたあいつは、制服の長ズボンを切るという暴挙に出て――退学した。俺もその後を追うように中学を退学したが、それから先のことは知らない。
いま、あいつはどうしているだろうか――冷たい風に首をすくめたそのときだった。
人波に逆らうようにやってきた一人の男に、俺は目を奪われた。思わず立ち止まる。サラリーマンたちが迷惑そうに俺を避け――向こうも俺に気づいた。俺たちは、あの頃のように言葉は交わさず、見つめ合った。
スーツにネクタイを締めた彼の下半身は、半ズボンだった。特注物だろうか。上下の生地は同じで、それが不思議な一体感を醸し出している。突き出た足に生えたスネ毛に、俺は時間の移り変わりを感じた。
向こうもそれは同じだったのだろう。小さく微笑んで会釈すると、再び歩き出す。
そうか、彼も貫き通したのか――熱くなる目頭を押さえて、俺も再び歩き出した。特注のワイシャツからはみ出した胸毛が風にそよぐ。
冬でも半ズボンのあいつと、冬でもタンクトップの俺。
主義を貫き通す限り、二人の絆は決して切れることがないのである――。
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