「更生プログラム・記録2」
初めは、自分のしていることがストーカー行為だとは思わなかった。
学生時代、すれ違う女子生徒のスカートから白肌のきらめきが零れるのを無意識に目で追っていたのは、なにも自分に限ったことではなかったからだ。
とはいえ僕は、ただ短いスカートから伸びる二本の脚に、さほど興味は抱かなかった。むしろ、薄い布の内側に隠されたそれを神秘的なものとさえ感じていた。
指先でつまみ上げれば容易く暴ける脆弱さと、いけないことを考えているという背徳感の虜になった。
だから、肌を直に見てみたいとは思わなかった。
およそ人間が異性の体について考えるとき、非現実的なファンタジーが織り込まれ、本物もそうであると思い込むように、現実を見てがっかりしたくなかったのだ。隠された秘密の世界が僕の中で生まれた瞬間だった。
気が付くと、女を見つけてはその姿を目で追うようになった。
僕の興味対象は、スカートの裾が膝近くまで下ろされた相手に限られた。短すぎると想像する世界が狭く興が削がれる。くるぶしまで隠されては拒絶の意図さえ感じ、近づくことも憚られた。
パンツ姿にも惹かれたが、想像するにはやはりスカートに限る。僕はそう結論付け、自身が求める神秘的な世界に「絶対領域」という名前を付けた。
世間一般的な尺度とは異なるが、僕にとっての絶対領域はおおよそ膝上から足の付け根にかけてであった。
想像の中ではその肌の美しさを、現実的に不可能な値にまで引き上げることも難しくなかった。しかし、その理想像を極限まで高めるために必要な時間と、女が目の前を通り過ぎる一瞬は、どう頑張っても釣り合わなかった。
故に僕は、その後を尾行するという手段に出た。
偶然の産物か、あるいは天性の才能に恵まれていたためか、誰一人として僕の存在に気づき振り向く者はいなかった。
これ幸いとばかりに、僕はストーカー行為にのめり込んでいった。
相手に気づかれなければ、そもそもストーカーという存在は生まれない。誰の迷惑になるわけでもないのだ。
エゴイスティックな正当化、学生時代であればおよそ良心が許さない考えがすんなり通った。
仕事柄、頻繁に町を歩いているのも好都合だった。女は昼夜を問わず溢れかえっている。電車内で談笑する女子高生、飲み会へ繰り出すOLの群れ、飲食店のウェイトレス、帰宅途中の女子大生。ショーウインドーに飾られた服にうつつを抜かす女たちが前のめりに腰を上げた瞬間など、思わず凝視してしまう。
絶対領域の存在を認めてから数年も経てば、それはどんな果実よりも瑞々しく、どんな酒よりも己を惑わせ、どれだけの大金を積まれようとも明け渡したくない宝箱の宝石になっていた。
不思議なことに、絶対領域についてどれだけ想像しようとも、その根本にあるはずの下着や女性器についてのイメージは全く湧かなかった。
同僚が「タイトスカートなんか履いてお高く留まっている女を、裸に剥いて凌辱する場面を想像するとさっさと抜ける」とうっかり口を滑らせたことがある。
僕は眉をひそめて「お前、それはどうなんだ?」と言ったものだ。
絶対領域の神秘性に興奮することはあっても、そこから性的なイメージに結びつくことはなかった。
同僚に言えばおそらく「男として、それはどうなんだ?」というつっこみが返ってくるに違いないだろうが、昔からそういうことには淡白なほうだからいつか時が来れば欲望がむくむくと湧き上がってくるだろうと、気にも留めていなかった。
そもそも僕が最も崇拝する絶対領域の所持者たちの年齢を考えれば、性的な想像を働かせること自体、犯罪であった。
未成年、特に女子中学生。
触れるだけでいとも簡単に崩れ去ってしまいそうな矮小な存在。
ストーカー行為をしながらも、僕は彼女たちに声を掛けることさえすでに犯罪として成立すると認識していたし、年端もいかない少女に欲情する類の男ではなかった。
女子高生ほども自由の利かない校則下、自然とその制服のスカート丈は膝の周囲を彷徨う。私服ならともかく、太ももの半分まで暴かれた制服姿の女子中学生などそうそういるものではないのだ。
僕に言わせてみれば、二次元において創造されたあれは、男の欲望を具現化した卑猥な俗物であった。
自分の視線が一瞬でも刺されば、そこに絶対領域は生まれる。しかし、ある一定以上熟した体には、どう頑張っても限界が生じる。
その点女子中学生は完璧であった。
女としての自覚が日々付いて行く一方で、拭いきれない幼稚さが見え隠れする可憐な花。その姿は嫌が応にも注目を集めると言うのに、周囲に対してはあまりに無防備。
発育途中の脚は、絶対領域の想像をどこまでも広げる妙薬であった。小学生のほそっぴい脚から現在を経て、大人のそれへと変化していく過程を想像するのは垂涎ものだ。
わざわざ相手に接触し、現実を見る必要などどこにもない。
僕はそうやって自分自身を抑制できた。だからこそ、今まで安全にストーカーが出来ていた。これから先も、そのはずだった。
Nは一息つくと、温い水をごくごく飲んだ。ろくに利かない空調のせいで室内は乾燥していた。
普段は人前で話すとなると緊張のあまり話が途切れるのは当たり前だった。それが今日は、言葉がすらすらと口から飛び出てくる。
「ある日の夕方、僕は自宅から数駅離れた町にいました。仕事は休みで、ストーカー相手を探すための散歩でした。訪れたのは、そのころ新たに足を運んだ土地でした。ちょうど三回目だったでしょうか。近くに中学校が二校もあって、時間帯さえ間違えなければほぼ確実に女子中学生と巡り合えます」
それまでの話と関連が見いだせないことに戸惑ったのか、Yが何か口を動かした。Tはそれ制する代わりに、Nに向かって顎をしゃくった。
「しかし、その日はあいにく誰とも巡り合えませんでした。学校の行事や時間割まで把握しているわけではないので、こんなこともあると割り切って、本当にただの散歩に切り替えた僕は、ぶらぶらとあてもなく彷徨っていました。勾配の急な土地で、散策にはどうしても坂を上らなくてはなりませんでした」
職業上ある程度体が鍛えられているおかげでさほど苦労もしなかったが、なかなか見つからない獲物のことを考えると息が上がった。
「しばらくして、とある神社の入り口にたどり着きました。これも何かの縁だと、長い長い階段の先に、さきっぽだけ見える鳥居を目指しました。階段はところどころに踊り場があって、民家と民家を繋ぐ細道を連結する役割も果たしていました」
Nは一度区切って、恍惚とした表情が浮かべた。
「その、夜のような暗がりから、一人の少女が出てきました」
抑えきれない高揚感が語気ににじみ出ていた。
「彼女はセーラー服を着ていました。ああ、待ちに待った女子中学生です。夕焼けのオレンジと濃い影が錯綜する中で、黒と白に身を包んだ彼女の姿はとてもはっきりと見て取れました。彼女は神社に向けて階段を昇り始め、僕もまたそれに合わせて動き出しました。角度的に、うっかりすればスカートの中が見えてしまいますから、彼女の靴ばかり見ていました。
僕は、彼女が誰か知っていました。いえ、名前をというわけではありません。彼女はそれまでに何度か目撃し、その度に後をつけていた相手でした。最高の逸材、というわけではありませんでしたが、どこか不安定な雰囲気があり、不健康的なベールに包まれている、そんな印象を受けました。そんな相手は初めてでした。いつもならすぐにできる絶対領域の想像が、なぜか彼女に対しては上手くいきませんでした。
ふいに、強い風が吹きました。セーラー服の薄い生地は容易く膨らみました。先に言いました通り、僕は現実の女の脚を見たいとは思っていませんでした。誉れ高き理想郷、そこに少しでも真実が混ざり混んではいけないからです。しかし僕は、顔を上げてしまった。目を逸らせなかった。彼女の脚を、生々しい肌を見たいと、強く思っていました。
願いは叶いました。翻る黒いスカートをバックに、日焼けなど知らないような真っ白な足が二つ。それは僕が想像していた以上に美しいものでした。息することさえ忘れて、見入ってしまった。
まあるくて愛らしい膝小僧、程よく肉のついた太もも、緩やかな曲線。僕はその先にあるものを見ました。それまで毛ほどの興味もなかったというのに、どこに隠れていたのか分からないほどの強い衝動が、「見るんだ、見るんだ」と、僕を駆り立てました。
最近の子は黒いスパッツなど履かないのか。僕は確かそんなことを考えたような気がします。しかしそのあたりは非常に曖昧で、記憶に残っていません。全く考えもしなかったものに、意識の全てを持って行かれたのです。
ねぇ、想像できますか? 大人の男の手に掛かれば容易く折れてしまいそうな、彼女の美しい柔肌の、その付け根に、痛々しい火傷の痕が刻まれていただなんて」
息を呑む声が聞こえた。それが部屋の中の誰かのものか、記憶の中で自分の発したものなのか、Nには判別できなかった。
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