神社はだめだという話

拝啓 怪談が風物詩の季節となりました。あなたの活躍が期待される時期ですね。今月に入ってから朗読に選んだ話がどれも当たりばかりでとても嬉しいです。来週の朗読ラヂヲも楽しみに待っています。


 小銭を拾い続けてからご友人の体調がすぐれないのですか。ちゃんとおはらいに行きましたか?道に自分が大事だと思う物を落とすことで自身に憑いているものを落とす方法がありますからね、ご友人は余計なものまで拾ったのかもしれません。落とし物を所有していいのは憑かれる覚悟があるヤツだけだ、というセリフ、本当だったのですね。

 いまだご友人が心身ともに不調であれば、はら力のある者のところへ連れて行った方がいいでしょう。

 日ごろから神様を信じていないくせにお百度参りを実践しても、効果ってあるのですか?そもそも間に合いますか?なんか、不安です。

 個人的意見ですが、神社は危険なので近づかないことをおすすめします。本当にあの場所は危険ですから。



 これから書くは不可解で衝撃的なので、多少身構えてください。

 日差しが強く、セミの騒がしい鳴き声に覆われた町中を歩いていました。ずっとこもっていたので外の空気が吸いたくなったのです。

 散歩だからとくに何も考えていなかったけど……そういえば神社のまわりをうろついていました。(今思うと、引き寄せられていたのかも)


 鳥居から男が飛び出してきました。ひどく怯えた表情で。何かから逃げ出したような勢いで。

 だからぶつかりそうになりました。女の子なら受け止めるつもりでしたが、男なので私は後ろに下がって回避しました。派手に尻もちをついてしまいましたが無様な姿を女の子に見られていなかったので、不幸中の幸いということにしておきましょう。


「大変なんだ!助けてくれ!」


 向こうからぶつかってきたのだから謝罪くらいするかと思いきや、彼は救助を要請したのです。


「妻が、神社で神隠しにあって・・・」

 

 男の話はこのような内容でした。

 妊娠中の妻と安産祈願のためにこの神社へお参りをしました。男が顔を上げると隣にいた妻が消えていたそうです。ほんの一瞬のことです。彼は神社の敷地内を探しました。本社の裏や小藪から妻の手足や首が発見されたそうですが・・・・。


「いくら探しても肝心の胴体が見つからないんだ」

「神様が胴体だけ攫ったんでしょうかね」

「なぜ妻が攫われるんだ!胴体がほしければ他の奴でも・・・・!」


 男が怒鳴りましたが私は答えられません。人間なので。

 それに私は、半信半疑で聞いていました。その神社に妊婦や赤子を入れてはいけないのです。取り替えられるから。(※「何と」についてはわかりません)

 だから安産祈願で無人の神社に訪れたという時点で、私は彼に一芝居打たれている、あるいはこの男が化かされているのではないかと疑っていたのです。


 散歩の最中で面倒くさいやつにつかまってしまった。意気阻喪な私の気持ちを読み取ったのか、男は大人気ない態度をとってしまったと詫びました。それから自分はまた妻を探すと言い出しました。完全に冷静さを欠けています。

 専門家に任せた方がいいとおせっかいで止めようとする私を遮るように、男は自身のリュックを預かるよう頼みました。当然断りました。それなのに彼は背負っていたリュックを慎重に置くと、鳥居の向こうへ吸い込まれていきました。私怒っていいですよね。

 なんてバカな人なのでしょう。五体満足で神社から出られたことが奇跡かもしれないのに。

 ともかく私は唯一頼れる人のいるお店へ急ぎました。リュックをどうしようか迷いましたが、詰め込み過ぎて膨らんだ外見とは裏腹にリュックの重量しか感じませんでした。この重さなら運べると判断し、背負いました。

 後に悔やむことなど知らずに。


 ・・・このリュック、だんだんと重くなっていきました。体力がないのに早歩きでがんばったから、疲労でリュックが重く感じたとかではなく。

 少しずつ重みが増していくにつれ歩みは減速し、最終的に立っているだけで精一杯でした。

 私の体力ではいくらあがいても目的地に着く前に力尽きてしまいます。肩の骨が砕けてしまわないうちに背負い紐を外しました。 


 べちゃり


 水風船を叩きつけたような音が、セミの鳴き声より大きく聞こえたのは気のせいでしょうか。てかなんですか「べちゃり」て。

 嫌な音をたてたリュックから、液体がこぼれてアスファルトに広がります。

 そういえば男は慌てていたのに、そっと音を立てないようにリュックを置いていましたね。雑に扱っちゃだめなやつでした。

 私はリュックを電柱の端に置き、店へ全力疾走。


 角を曲がると、店主の小金さんが買い物袋を抱えて店に入ろうとしていました。私は必死に呼び止めました。

 顔を上げた小金さんは、私を見るなり怯えにも近い驚きの表情を浮かべました。落とした買い物袋に目もくれず私に駆け寄ると、強く私の肩を叩きました。

 こちらの事情など知らない筈なのに小金さんから「何を背負っていたの!」と聞かれました。正直に「リュック」と答えると「だからその中は?」とさらに問い詰めてきます。

 中身を確認していないので答えられませんでした。代わりにリュックを背負う羽目になった経緯とリュックを落とした後のことを伝えました。

 小金さんはふに落ちないようで「うーん?」と首をひねっています。


「妊娠中の奥さんだけがいなくなったの?」

「そう、妻だけ。男の方は無事だった」

「赤ちゃんは?」

「おなかの中にいるのだから妻と一緒に消えたのでは?」


 おかしな質問をする小金さんに当然のことを言ったのに「あ、そうなのね」と意外そうな反応をされました。

 赤ちゃん。一切考えていませんでした。


「でも男は『妻の胴体だけが見つからない』と言っていなかったかしら」

「妻の体のうち、胎児の入った胴体だけが見つからない、という意味だろう」


 どうやら小金さんは神隠しに遭ったのは妻だけでお腹の赤ちゃんは残されたと想像していたそうです。つまり、妻が立っていた場所に胎児だけが転がっていた・・・?そんなばかな。


 男が胴体を探している理由が、妻は無残な姿に変わり果ててしまったがせめてお腹の子供だけでも救い出してあげたいという執念の方が納得いきます。もうすぐ生まれそうなのであれば、なおさら執着するでしょう。


「妊娠何ヶ月かは判らないけれど」


 しかし小金さんは胴体の重要性を私とは別の視線で考えていました。


「赤ちゃんはお母さんのお腹の中で成長するものでしょ?」

「そう。だから胎児はお腹の中に・・・」


 途中で、私はどもってしまいました。


 男が胴体を探している理由に赤ん坊が関係していることは小金さんも異論はないようです。

 ただ、赤ん坊がにいるかで意見が分かれています。

 もし小金さんの言う通り胎児が外に出たとしましょう。

 子宮から出てきたのなら、男が胴体を探している理由が見当たりません。これが私の意見。

 しかし小金さんは違う。出産の期に満ちていないのに胎児が外に出ていれば、


「まさか小金さん。子宮に入れ直すつもり?」

「私じゃなくて旦那さんがそうするのでしょう?」


 話が噛みあっていませんが、指摘する気になれません。

 常識外れな発想です。しかし私の考えが正解で、小金さんの考えが間違っている根拠を私は持っていません。正解を知っているのは本人だけ。


「動機がどうあれ夫の行動は無謀ね。私は神社に行って説得を試みるから、あなたはコケシを用意して店で待機しているのよ。あと塩。忘れちゃだめよ」


 リュックを軽々持ち上げて、小金さんは神社のある方角へ行ってしまいました。・・・私は何を預かっていたのでしょう。


 あれから神社には近づいていません。

 そういえば神社を舞台にした怪談は意外とありますよね。

 あそこは神聖と畏怖が隣り合わせの場所です。神を信じていないのであれば行かない方がいいですよ。

 たまたま居合わせただけでツかれるなんてたまったものじゃありませんよ。


 ちなみにコケシはどう使ったのか気になりますか?普段なら、コケシに何かを移すのですが、今回は使いませんでした。

 戻ってきた小金さんにコケシを渡したら「なんのことかさっぱりわからない」と、不思議がられました。私が目をつけられていたというおちでしたか。……そうですか。

 

 今となってはあのリュックの中が気になって仕方がありません。確認しておけばよかったと後悔しています。考察とかできそうですか?返事待ってます。


 まだ暑い日が続くので、体には気をつけて。


                                 敬具

 ∞月§日

                              ファン一号

百度参りで済ませようとするあなた

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