正しく伝わらなかった話
寒暖差の激しい日々が続き、彼岸花を見かけなくなりましたが、あなたはしあわせに暮らしていますか。
こちらは気分がしずんでなめくじのように、這いつくばって生きていました。(たまに気晴らしであなたの怪談朗読を聞いていたものの、それ以外の記憶が思い出せません。無意識で人間は生活し続けることは可能なのですね)
「とある町で道に迷ってさまよい続けたら鈴の音がする木へいけ」という話を朗読されていましたね。驚きました。その木の下で待ち構えている“帰り道を教えてくれる人”の名前に聞き覚えがあるからです。
でも同じなのは名前だけなんです。大人たちからは、しつこく追いかけてくるけど、なにがなんでも逃げろと教わりました。さらわれたら帰ってこられないからだそうです。どんな姿なのか不明だけど、一目で危険だとわかるみたいです。
その町に住んでいる人と住んでいない人とでは対応が異なるのでしょうか。(たまたま同じ名前なだけかもしれません。ややこしくさせたら、ごめんなさい)
伝承というのは、語り継がれるうちに変わっていき、やがて忘れ去られるものだと思っています。もし正しく伝えられなかった結果、二種類の言い伝えに分かれたとしても、それはそれで趣きがあって面白いですよね。
人の心が移り変わるさまを秋の空模様に例えたりしますが、たしかに暑さが身を引き涼しくなってきた頃になると、天候は不安定になります。
雨の日が続き、とくにこのあたりでは昼間が激しいです。傘がないとずぶ濡れになりますが、夜になるとひっくり返したあとのバケツのように水滴一つ落ちてきません。
やんでいるとはいえ道は雨のにおいがこもり、草木には雨粒が残っています。街路樹や電線の下を歩いている時に風が吹くと雨粒が落ちてきます。
それでも気晴らしで散策しているあいだに大雨が降ることはありません。それは、いわくつきの携帯電話を持っているから・・・だと思います。
そうです。いわくつきなんです。
ある少女から引き取った携帯電話は、普段から充電をしていません。だから画面は真っ暗です。ボタンを押してもなにもありません。
ところがある時間帯になると電話がかかってきます。どうですか。ホラー好きとしてわくわくしているでしょう。さらに盛り上がるのはここからですよ。なんと、電話相手は女の子です。おそらく中高生でしょう。滑舌がよく声質がやわらかで、アナウンサーのような落ち着いたしゃべり方をします。
彼女はいつも、制作途中の土人形について語ります。どうしても左側の腕と足が取れてしまう、魚にする過程がむずかしくて何度もやり直す、土と油から見直さないといけない、等々。
彼女は手の込んだおまじないに挑戦していて、上手くいけば願いが叶うそうです。(願いについては絶対教えてくれません)
基本的に彼女がしゃべり、私が相づちをうちます。
ところが、私が橋や交差点に差し掛かると、とつぜん元気がなくなります。
「でも、失敗したらどうしよう」
少女はおまじないにすがる反面、失敗した際の罰則に怯えています。
最近、赤ちゃんみたいな笑う鳥が窓の外にいる。このおまじないは本物だからこそ、失敗した時は覚悟しないといけない。今が一番つらいから、それ以上に最悪なことは起こらない。わかっていても怖くて人形作りに精が出ない。
怖気づく気持ちは、よくわかります。だから私は、励ましました。
どうしても叶えたい願いがあるのなら、成功することだけを考えて進むべきです。「失敗したら」ではなく「成功してみせる」に意識を変えるべく、前向きな言葉を送りました。
「話していたら気が楽になった。がんばるね。ごめんね、空気悪くして」
少女はやる気を取り戻し通話は終了するのですが、そう簡単に不安は拭いきれないようで、次の日になると彼女は弱音をこぼします。そのたびに私は激励するのですが、しだいにこの対応は不正解と思うようになりました。
念視できる知人によると、未練が晴れるまで繰り返し電話がかかってくるそうです。
携帯電話の所有者は「毎晩知らない女の子から電話がかかってきて気色悪い」と怖がっていましたが、私は見放すつもりはありません。
もしかして、止めてほしくて毎晩電話をかけてくるとしたら?
そこで今度は、一大事になる前に引いた方がいいと、止めました。応援がかえって苦しめる時ってありますからね。
「やっぱり、そうだよね。やばいよね。・・・やめておく」
それでも翌晩に電話はかかってきます。
お手上げです。私は少女にどうしたいのか聞きました。そして少女はこう答えました。どうしたらいいのかわからない。でも今のままはいやだ。
今のままというのは具体的にどういった状況なのか?尋ねてみても「言いたくない」と教えてくれません。
じゃあ私はどうしたらいいかと聞きました。
彼女は「わからない」とためらいがちに呟きました。答えるまでに数秒の間がありました。本当は要求があるけど、結局言わないでおこうとする空気を感じました。(言ってほしかったのに)
とにかく、少女の求めているセリフを自力で見つけないと電話のやりとりは延々と繰り返されます。
・・・あなたなら、なんて言いますか?また、口の固い彼女からどう聞き出しますか?私はもう思いつきません。
考えるヒントになるか怪しいですが、情報を二つほど提供しますね。
実は少女と通話していると、どこからか金属製のマラカスのような音が聞こえてきます。はじめは遠くからシャラン、シャランと聞こえてくる程度で、だんだんと近づいてきます。その音から遠さがろうと歩いているのに、追ってきます。そして通話を終えると、無音になります。音の正体はわかりません。
そしてもう一つ。少女が落ち込みだすと、頭の中でとつぜん雑音がかかった声が響くような感覚がやってきます。誰かに耳打ちされたように、突然そのセリフが聞こえるのです。
「それじゃあぼくがみがわりにたとう」と。
身代わり?失敗を引き受けるという意味でしょうか。なぜこのセリフが頭に浮かぶのか不思議です。
どちらも謎のままです。私はこれらについて考えようとしませんでした。
そんなことより彼女を優先したいと思っていたからです。
しかし、結局私は望んだ言葉をかけることはできませんでした。
あの日のことは、はっきりと覚えています。最初から少女は沈んでいました。
「土人形の顔がなくなった」「もうあとにひけない」これは聞き取れました。しかしほとんどの言葉は、電話越しに聞こえてくる金属音に遮られます。
普段なら、私の周りから聞こえてくるあの音が、なぜか彼女の方から聞こえてきます。
進む方を選んだ彼女に私が応援するむねを伝えましたが、金属音が大きくなるだけです。かけるべき言葉はこれではないのでしょう。(と、その時の私は直感で勘づきました)
私は電話に出て、少女は怯えている。正解がわからないなんてうなだれている場合ではありません。私はなにか言わなくてはなりません。それでとっさにこう言いました。
落ち着いて。何があっても味方だから。
その瞬間、耳を叩くような騒音が消えました。ようやく手応えを感じました。重苦しい無音のなか、私は彼女の反応を待ちました。
「嘘をつかないで。絶対嫌いにならないなんて言い切れるの?」
絞り上げるような声は、はなから私を疑っています。その場しのぎではげましているのだろう?どうせあなたも離れていくのだろう?
これまでの不適切な言葉がけとは異なり、このセリフは地雷だったのです。心当たりがないのに友達から避けられ、いつの間にか嫌われ者になっている私だから、いきなり味方と言われても信用できない彼女の気持ちはよく理解できます。
理解できるから「嫌いにならない」と断言しても、かえって不信感を与えてしまうとわかっていました。
言葉では信用は得られない。痛感させられました。でも私は、電話を通して彼女と会話することしかできないのです。
次の言葉?なにもでてこませんよ。私では救えないと・・・もう何を言っても少女には届かないと諦めていました。
だから私は「ごめん」とだけ言って、通話をきるつもりでした。
でもその前に、電話の向こうから穏やかな声が少女にこう言いました。
「大丈夫だよ。もし嫌いになっても見放さないから」
それから電話はかかってきません。
そうか、それが正解なのかと、合点がいきましたよ。たしかに私が彼女の立場なら、そう言ってもらえると、とても嬉しいです。
盲点でした。もっと早くに気づけたら、少女の未練は晴れたのに。
私は本気で味方になろうと思っていたのに、力になれませんでした。
少女には疑われてしまいましたが、私は本当に味方になろうと決めたのです。
でも、信じてもらえませんでした。
嘘にされたのは、本音が届かなかったのは、たんに信頼関係が築けなかったからですね。
わかっているんです。
だって私はただ話を聞いていただけだから。
彼女のことを想っているのなら、望んだ対応ができるはずだから。
いくら心配しても、届かなければ意味がないのです。
いやー、負けましたよ。・・・ちがいますね。勝ちとか負けとかじゃないですね。
つーか誰だよ少女の近くにいた声の主は!
近くにいたのなら、とっとと助けてやりなさいよ。
とにかく、以上が私の体験談です。
謎が多く残りましたが、それらは好きに考察なり調べるなりしてくださいね。私は降ります。もう終わったんで。無関係になりました。
ちなみにホラー好きのあなたは、おまじないに関心があるのではないでしょうか。
私は気がきくので、少女にやり方を聞きましたよ。詳しい内容は別添のメモに書いています。ぜひ、お使いください。ついでに素晴らしいネタを提供した私に感謝してください。
これから寒い季節になります。風邪をひかぬようお過ごしください。
●月◎日
ファン一号
ラヂヲパーソナリティ
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