「むかしむかし伊宮の街に、天から堕ちた半龍がおったそうな」
「はい、もしもし。
『
「爺さん……」
『ってことで、お楽しみの秘酒捜索隊は延期だ。抜け駆けすンじゃねぇぞ』
「や、一人じゃ行きませんよ。鍾乳洞の入り口は見つけたけど、重機ごろごろ転がってて、一般人が立ち入っちゃいけない雰囲気漂ってたし」
『あー、皐月建設の奴ら、気が早ぇンだよ。こんな放置しくさった山に大金積んでくれるのはありがたいけどよ。まだ土地の権利はオレにあっから、そこらの土方どもに絡まれても気後れする必要はないぞ。何かあったらオレの名前出しておけ』
「それが今日は工事やってないみたいで。だいぶ雨足が強くなってきて、石階段を降りるのも危なそうな感じになってきたので、神社の軒下借りて雨宿りしてます」
『おう。石階段から転げおちて、寒空の下で死なれでもしたら寝覚めが悪ぃかンな。神前のお供え物、適当に食っておけ……あっ腰痛ぇな、こん畜生』
「爺さん……。洞内の道さえ教えてもらえれば、俺一人で行くよ。いくら気が若くたって」
『放っとけ。いいか、オレが船乗りとして、どれだけの荒海を渡ってきたと思ってンだ。ソマリアの海賊が襲ってきた時だってなあ』
「あー、武勇伝の類は酒のつまみでお願いしたく」
~~~
「おい、起きろ。痴れ者」
「…………あれ、しまった、俺、軒下で寝て。……あ、はい?」
「汝、皐月の者か」
「貴方は……?」
「誰何する前に、告げる名があろうよ」
「……名塚
「つまらぬ。我を見ても畏れおののかぬか」
「この神社ときどき、自称巫女さんがいたり、自称魔法少女がいたりするんですよ。だから、蛇の面を被った神主っぽい人が出てきても、そうそう驚いたりはしません」
「はっ、我の姿が人に見えるか。探偵よ」
「…………」
「ま、五十年ほど眠っていたからのう。我を祀る社に、狐の類が棲んでしまったとしても、致し方あるまい。して、巫女やら魔法少女やらに化かされた探偵風情が何用よ。返答次第では」
「……神酒を盗みにまいりました」
「はん、酒呑みか。よかろう、よかろう、蓬莱の古びた酒なんざくれてやるわ。探しだせるものならな」
「それはどうも。ずいぶんと寛大ですね」
「では、汝は皐月と無関係なのだな。ここへ発掘しに来たわけではない、と」
「発掘?」
「よい。心当たりがないのであれば、それでよい。しかし、酒の香はどこから嗅ぎつけた。今の世に、アレの存在を知る者がいるとはな」
「知り合いの、お爺さんから」
「そやつの名は?」
「……
「厳哲……だと」
「ああ、大丈夫ですよ。地主って言っても、長らく親戚任せで放置してきたらしいですし、自称
「汝。顔色一つ変えず我を自称呼ばわりとは、ずいぶんと罰当たりなことを述べるではないか」
「むむむ。最近ちょっと色々あって、誰彼構わず不敵になってるきらいがあるなとは、自分でも……」
「今時の若者よの。では、一つ問おうか。……神の存在意義とは何か」
「えー。自らのアイデンティティを人に委ねてくる神様とかどうなんですかね……」
「むしろ神とは概念からして、か弱きものであろうよ。その上で、人の世に利や害を為す気紛れがゆえに。……して、汝の答は」
「そう言われても、実のところ俺、風蛇様についてはよく知らないんですよね」
「ほむ。それでは一つ、伊宮の伝承について聞かせてしんぜようではないか。そも、元来は蛇ではなく、龍と心せよ」
「あー、やっぱり龍が正しいんですかね。……
「むかしむかし伊宮の街に、天から堕ちた半龍がおったそうな。龍に課せられた命は、星の記憶を蒐集すること。しかし、空の穢れに身を裂かれた龍は、傷ついた半身を小さな山で安め。気付けば、鎖で縛りつけられていた」
「なるほど……。それで、草璃山というわけですか」
「龍は星を巡ることを諦め、伊宮の記憶を刻む命を受けいれる代わりに、こう啼いた。――伴侶を捧げよ。我と共に、悠久の孤独を生きる伴侶を捧げよ、と
人々は悩みました。いくら山に縛り祀ったとはいえ、荒神である龍がその気になれば伊宮を滅ぼすなど容易いこと。しかし、永遠を手に入れた人間など、どこにもいません。そこで神主が一計を案じて、娘の巫女ににごり酒を持たせ、龍に奉じました」
「その酒が、龍こいし、ですか」
「伊宮に根を張るため、その身を結晶化させつつある龍を前にして、巫女は言いました。――わたくしは貴方様と近しい者。卑しくも人の血に、穢れなき蛇の血が混じっております。だから十年に一度、身を隠すことをお許しくださいませ。旧き皮を脱ぎすて、ふたたび貴方様と悠久を過ごすための儀式が必要なのでございます。その間の孤独はどうか、この酒でお慰めください」
「けっこう本格的な伝承なんですね。酒は、巫女の入れ替わりを誤魔化すためのアイテムというわけですか」
「さて、ふたたび問おうか。神とは何か。なぜ人は神を求める?」
「…………」
「答えよ」
「……一般的に、そのような地主神は、地域にしがらむ因縁を物語るための依代なのだと思います。おそらく伊宮には、そこの鍾乳洞に人を立ち入らせたくない因縁があったのでしょう。だから、誰かがそういう伝承を語りはじめた」
「探偵らしい、小賢しい捉え方よな」
「民俗学をやっていた母の受け売りです」
「ほむ。では、忘れられた伝承がどうなるかについては教わったか」
「え……?」
「不死の巫女が死んでしまった今、我は探しているのだ。報われなかった物語の終わらせ方を」
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