「ロックでよろしいでしょうか」
「あー、この龍ころしってやつ一杯ください」
「飲み方はどうなさいますか」
「……? はい、できるだけ美味しくいただきます」
「……? ロックでよろしいでしょうか」
「えーと、このイカれた時代に中指を立てながら一気呑みしてやるぜ……!」
「くすっ。それではロックで。ゆっくり味わって呑んでくださいね」
「……うーん、やはり酒の作法も知らずに、一人で飲み屋に来るべきではなかったか……」
「おい、細身の兄ちゃんよお。なんだ、酒を呑むのは初めてか?」
「……はぁ。そうですね」
「あー、姉ちゃん姉ちゃん。そのにごり酒な。オレから兄ちゃんに注いでやっから、こっちによこしな」
「?」
「ちっ、龍ころしか。おう、兄ちゃん。どうして、初めての酒にこいつを選んだ」
「曰くありそうな名前だったので」
「ふん、そりゃあンだろ。
「伊宮の神は、
「そりゃ同じだかンな。蛇も、龍も、この街にとぐろを巻く荒神のことよ」
「へぇ、そうなんですか。じゃあ、龍ころしって名は、荒神を酔わせて退治した伝承にちなんでとか、そういう」
「あ!? 兄ちゃんもそのクチか。たしかに蔵元はそう喧伝しているらしいがな。伊宮に伝わる伝承が、そんな安い話なわけないだろうが。まったく五十年ぶりに帰郷してみれば、誰も彼も知らないときた。
龍ころしは、元々、龍こいし、と言ってな。龍に嫁ぐ巫女のために醸造された神酒のことよ」
「それは、また。ロマンチックそうな話ですね」
「その伝承も欺瞞だがな。おしなべて世はそういうクソなことばかりよ。たいがい伝統ってのは良いように捩じ曲げられるもんだ。俺は船で世界中を回ってきたからよ、嫌というほど目にしてきたぜ。……だから、こんな酒に若いもんが酔っちゃいけねぇ。老い先短いものが呑むと決まっている」
「あ、おい。爺さん!」
「かーっ。兄ちゃん、なんでも初体験は大事にするもんだ。そうか、そんなに酒が呑みたいか。オレなんざガキの頃、酒蔵に忍びこもうとしては、木刀で殴られたもンだ。それで学校のアルコールランプをよ」
「いや、爺さん。昔話はいいから、初めてのバイト代で買った人の酒を勝手に」
「なンだ、懐が寒いのか、兄ちゃん」
「手の掛かる妹がいるんで」
「は、そりゃ悪いことしたな。侘びに、本物の神酒を呑ませてやらあ。五十年物の一点物よ」
「一点物……?」
「しかも、そいつは鍾乳洞の奥深くに隠されていて、蓬莱の霊験あらたか、呑めば不死になると聞けば、どうだ」
「不死……!」
「いい顔すンじゃねえか。決まりだな兄ちゃん。老いぼれ最後の宝探しに付き合ってもらおう」
~~~
「――そんなわけで、血気盛んそうな爺さんと、伊宮神社の裏にある鍾乳洞へ宝探しに行くことになったぞい」
『どうせ酔っ払いの戯言だぞ♡』
『……また不法侵入……』
「いや、そうは言うけどさ。宝探しと聞いて乗らなかったら、
『その鍾乳洞、開発のため取り壊すって話♡』
『……諸行無常……』
「そうなのか。じゃあ、なおのこと、取り壊される前に宝探し行かないとなぁ。
つか、そうやって左右同時に違うこと喋られると、すっげー聞きとりにくいんだけど、電話ってこういうのものなんだっけ。っていうか、どうやって発声してるんだ、それ……」
『ちなみに私が主音声♡』
『……副音声……』
「そうかー、俺も二十歳になったわけだし。お茶目な妹に、ステレオ音声でツッコミ入れるくらいのことはできないとなー。……って、できるか!」
『そうそう、ハッピーバースデー♡』
『……はぴば……』
「お、おう。ありがとうな」
『この善き日のために、他の私からもお祝いメッセージを預かってるぞ♡』
『……録音同時再生……』
「いや、お兄ちゃん、もう充分に嬉しいっていうか。なんか嫌な予感するから、そろそろ電話切っていいだろうか。大人になった俺は忙しいんだ、うん」
『祝辞。お兄ぃの今後ますますのご活躍を期待しております。兄妹愛についても』
『めでたいであります。誕生日というものは、とくにかくめでたいであります。留保なきお兄ぃの肯定であります!』
『ハッピーバースデートゥーお兄ぃ、でしょう。ハッピーバースデートゥーお兄ぃ、でしょう♪』
『ふ、ふん。本当は、この私だけがお兄ぃにおめでとうを言いたかっただなんて、そんな独占欲めいた感情あるはずもないんだからね!』
「ありがとう。ありがとう。ありがとう。ありがとう。うっるせえええええええ」
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