蓬莱にごり酒

「恥ずかしながら、そろそろ社会の役に立ちたい、です」

『はいはいー。パリィ、かーらーのー、パリィ。どんどん回避ボーナス稼ぐよー』


「あー、鉤爪当たらない。ちっくしょお、かくなる上は進化ワンチャン。……ワンチャン入った! リアクティブアーマードドラゴン降臨! これで勝つる!」


『それはどーかなー。結晶化した方に回りこんだから、なんのコマンド仕込んでるかお兄ぃには分かんないでしょー』


「押し潰せば問題なかろうさ。火炎でハリケーン呼びこんで、かーらーのー、……げ、このタイミングで炉が燃料切れ……だと……」


『待ってましたー。お兄ぃの尻尾を捕まえてー、お兄ぃが氷漬けー、処理落ち読んでー、心臓串刺してー、私が決めたーーー!』


「……ぐっ……」


『えへー』


「あー負けた負けた。完敗だ。……そのサファイアってキャラさ、強すぎんだろう常識的に考えて」


『えー。お兄ぃの使ってるルビーってドラゴンこそ、正真正銘の壊れキャラだよー。とくにサファは相性悪くてねー、炉の使用時間だいぶ短縮されたとはいえ、まだまだ対戦ダイアグラム的には2:8くらいで不利なんだよー』


「マジか。まぁ、そっちは人間キャラだしな。大きさからして桁違いだし、これでよくタイマンの格闘ゲームが成り立つもんだ。こっちはドラゴンだけあって、進化すると下手な高層ビルよりデカくなるし」


『元々は協力プレイ専用のボスキャラだしねー。同人から商業化する時に、プレイアブルになったらしー』


「そんなチートキャラ使って、手も足も出ない俺の立場は」


『お兄ぃのやってるよーに、進化優先であとは火炎ぶっぱするだけでも、充分に強いんだけどねー。このゲームならではの、処理落ちシステム活用しないとー』


「その処理落ちシステムな。フィールドの遺跡とか破壊すると描画が重たくなるのは分かるんだけど、そのあと一気に加速して時の流れを取り戻す時に、うわあああああってなる……」


『処理落ちしてる間に、先読みコマンドいっぱい入れておかないとー』


「やりこんでるなぁ。初心者相手、ちょっとは手を抜いてほしい」


『やだぷー』


「ガチ勢はガチ勢同士、サイレントドロップさんあたりに相手していただきたく」


『サイレントさんねー。この秋のオンライン賞金付き大会総嘗めして、ネトゲ全般引退しちゃったよー。私も思いっきりリベンジされたー。最後まで神出鬼没なプレイングだったなー』


「え。なんだかんだで当面の生活費を、ゲームの賞金で稼いだってことか、あの人……」


『勝ち逃げだよ、もー』


「まぁ、それはともかく。そろそろゲームは休憩して、本題に入るぞ」


『ぶー。なんのことか、わーかーりーまーせーんー』


「一週間前、譚丁たんていサークル宛に郵送されてきた針入り水晶。送り主が分からなくて不気味なんだけど、針の構造が八重やえさんの水晶と似てて気になるから、お前に転送したわけで。どうだろうか、何か分かっただろうか?」


『これねー。暗号だよー、宇宙パズルだよー、私たちへの挑戦状だよー』


「やっぱり送り主、繭棲まゆずみ先輩なのかなぁ。ナタリア教授の研究室に忍びこんでから、また行方不明になっちゃったし、いったい何をしたいんだろうか、先輩。……それで、中身は?」


『むーりー』


「……お、もしかして解けなかった?」


『ぎぶあっぷー』


「そうか、お前でも解けない問題あるんだなぁ」


『私を何だと思ってるのさー』


「そりゃあ、……妹?」


『だいせーかいー。訊けば何でも調べてくれる音声ソフトくらいに思われていたら、どーしよーかとー』


「ぎくり」


『んでー、宇宙パズルの詳細、聞きたい?』


「もちろん」


『まずはねー、溝の凹凸を01の列に変換してじーっと見つめてみたら、よくあるファイル形式でねー、それをパソコンで実行してみたんだけどー』


「え、ちょっと待て、今さらっと凄いこと言わなかったか」


『んー、CDと同じ原理だよー。ときに凹凸は音になるしー、ときに凹凸は映像になるしー。お兄ぃが教授の実験室でねー、八重さんの幻影を観たみたいにー』


「そういえば、お前。小さいころ、じーっとCDの裏側を眺めただけで、その曲の鼻歌を口ずさんでいたような……」


『それは普通に無理と思われー。針の溝もねー、この病室に転がってたレーザー照射しましたしおすしー』


「あれ、記憶違いか」


『んあー、私ね、そーゆーパターン認識しか能がないからねー。そんなこともできない妹なんてー、わりと生きてる価値ないよねー』


「そんなことはないと思うぞ、兄は、うん」


『えー、たとえばー?』


「……俺の妹として生きてくれてるところとか」


『たはー、とりあえずそう言っておけば許されると思ってるよね、お兄ぃはもー』


「で。パソコンで実行したら、どうなったんだ?」


『ゲームだよー。パズルゲームが始まったんだよー。まず誰もいない星に立っていてねー、望遠鏡を覗くと地球が生まれる瞬間が見えるのー。三千光年先でー、三千年前の地球が誕生する姿がー』


「へぇ、それはまた幻想的な」


『それで勝利条件はー、超高出力のレーザーを打って地球に着弾させることー』


「ひでぇ。生まれたばかりの地球になんてことしやがる」


『ううんー。滅ぼさなきゃいけないのは、人類が栄華を極めている今の地球なんだよー』


「ん? んんん」


『そしてレーザーを打ち出す星にはねー、数日すると隕石が降ってきて、さくっと滅んじゃうのー』


「えー、あー、それがパズルなのか?」


『なのだよー』


「ぐぬぬ。……四十六億年ほど宇宙を彷徨ったのちに、地球へ届くようなレーザーを打たなければいけない? 直線距離では三千光年しかないのに?」


『ごめーとー。そこらのブラックホール使って、レーザーをねじねじ捻じ曲げてねー』


「たかが人類を滅ぼすために、えらい壮大なパズルを用意するものだな」


『でしょー。お兄ぃ、解いてよー』


「お前が解けない軌道計算を、俺がどうにかできるはずがないんだよなぁ……」


『やだー』


「駄々こねられても。謎の水晶については、ざっくり諦めるよ」


『やなのー』


「ううむ、致し方ない。こういう時のために普段から見守り業務に勤しんでるわけだし、ワンチャンあの人に頼んでみるか」


『むー、私以外の妹を頼る気だなー』


「俺の妹は……お前だけだろ。ま、譚丁だからな。使える人脈は使うさ」


 ~~~


「もしもし、名塚なつかれいです。……生きてますか?」


『…………』


「とうとう炭酸中毒で、おっ死にましたか……。南無」


『……生きてます。生きております。思いかえせば、なんとも恥の多い生涯を送ってまいりました』


「はて、どちら様でしょうか。魔王プリンセスさんのお宅におかけしたのですが……」


『にゃあああああああ。あれは一夏の過ちにゃ……』


「あーあ。そこでヘタレて、あっさりしずしずに戻っちゃうのが、静矢しずやさんの残念乙女なところだと思いますよ、ホント」


『最近なっつん、当たり強いにゃ……』


「で、また悪い方にトリップしてたんですかね。ゲームで稼いだ金で飲む炭酸はうまいですか?」


『……』


「…………」


『……』


「あ、いや、言い過ぎました……」


『……。恥ずかしながら、そろそろ社会の役に立ちたい、です』


「え」


『もうマスターペッパーは呑みません。呑んでは……ならないのです』


「それ静矢さん的には、命に関わるやつじゃ……」


『いいですか。マスペには、なにか人格を蝕むものが潜んでいます。けれど、ご安心ください。私は炭酸断ちのプロですから』


「つまり何度も失敗してるんですね……」


『……恥を忍んで、お尋ねします。私こと静矢しずくが社会に必要とされるためにはどうすればいいでしょうか』


「まぁ、普通に就職すればいいのではないでしょうか」


『就職と言いますと、面接なるものが必要なのではないでしょうか』


「それはそうなのではないでしょうか……。

 えー、あー、こほん。それでは面接を始めます。静矢さん、貴方の弱みと強みを教えてください」


『はい、私の弱みは自他共に認めるダメ人間であるこです。引きこもりで、コミュニケーション能力に難があり、うまく自分の気持ちを表現することができません』


「おお、完璧な自己分析……」


『強みは……ゲーム全般を少々。デジタル、アナログ、問いません』


「それはもう普通にプロゲーマーになればいいのでは」


『琴線にふれるゲームを、金銭のための仕事で汚すわけにはまいりません』


「β5との対局に、この秋のオンライン大会。もう何度も汚してきたのでは……」


『ぴゃっ』


「まぁ社会の役に立つ前に、まずは誰か一人の役に立ってみませんか」


『…………?』


「来週、俺、二十歳になるんですよ」


『……にゃあああああ、自慢か、若さ自慢にゃのかあああ』


「え」


『きしゃーーー』


「あの、その反応はどう」


『きしゃーーーっ』


「えーと、あー、ちょっとしたパズルゲームのデータ送るんで、気が向いたら解いてみてください。では」




「あああああ、ミスった。俺はただ、二十歳になってアルコール解禁されるから、一緒にお酒呑んでみたかっただけなのに。

 他に誘える相手いないし、井内いのうちさんも行方不明だし、もう一人で飲み屋に繰りだしてみるか……」

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