深層の令妹 ζ(*゚w゚)ζ

夢霧もろは

伊宮奉双譜

「よくできた妹は、人工知能と区別が付かない的なー」

「おい、妹よ。この病院に来る道すがら気付いたんだけど、お前さ。もしかして流行の人工知能というやつなのでは?」


「えー失礼なー。れっきとした人間ですよ、たぶんー」


「いやだって、お前。面会といっても、こうして病院の地下室で曇りガラス越しに会話するだけだしな。ぶっちゃけ架空の存在と思われても仕方ないのでは?」


「たはー照れますなー。よくできた妹は、人工知能と区別が付かない的なー」


「褒めてねぇ。母さん亡くなった代わりに、生き別れの妹と再会できたと思ったら、こんなのってないだろう。父さんはまた失踪しちゃったし、たった一人の家族のことくらいは把握しておきたいんだよ。妹の髪とか目の色すら知らない兄とか、ぶっちゃけありえないだろう」


「そゆんのは、遺伝的に私とお兄ぃとで同じなのではー。知らないけどー」


「そうか、そんなに兄の顔が見たいか。悪友が大学デビュー手伝ってやるっていうから任せた結果、茶髪に染められたあげく白抜きのエクステを付けさせられ、さらにはオッドアイのカラコンまで入れてしまった兄の顔なぞ、いくらでも見せてやるから病室のドア開けろ」


「それはなりませんなー」


「いやまぁ、お前が現実を直視できない病気だってのは知ってるけどさ。実際、兄として把握しておかなきゃいけないこと色々あるだろう。身長、体重、スリーサイズ、つむじは右巻きなのか左巻きなのか、爪の白いところはどのくらいの残すのか……」


「んあーそういうの、私もぜんぜん把握してないから大丈夫ー」


「してないのかよ……! まったくどんな生活してるんだ。情報少ないと自動的に、俺の妹は碧眼つり目の金髪縦ロールってことにすんぞ」


「そういう具体的なイメージはダメだよー。お兄ぃには、できるだけ『妹』ってゆん、3バイトの情報量に留めておいてほしいものー」


「はぁ。この手のやり取り、再会以来いっつもしてる気がするな。……まぁいいや。今日は頼みがあってきた」


「なんなりとー」


「今年もすでに四月が終わろうとしているわけだが。年初に母さんの遺品整理して、受験も無事終わって、ようやく俺も華の大学生ってことで、サークル新歓という体のタダ飯巡りをしてきたわけだ」


「ほほー。それで今月はぜんぜん来てくれなかったとー」


「ここに最後に来たのは、この街へ引っ越してきた直後だから、三月末か。すまん、お前の存在ちょっと忘れかけてた」


「まー仕方ないよー。私はお兄ぃのこと片時も忘れないけどー」


「でさ、楽しいタダ飯食らいも一段落して、譚丁たんていサークルっていうところに入ったんだよ。この伊宮いみやという街に溢れるちょっとした困り事を適当に解決して小遣い稼ぎをしよう、っていうマイクロビジネス気取りの探偵ごっこサークル」


「怪しいですなー」


「やっぱな、そう思うだろ。俺もすぐさまそう思ったね。でもスラッとしたモデルみたいなお姉さんが、休日にいいところへ連れていってくれるっていうからさ」


「ほー。モデルみたいなお姉さん。ほー」


「気付いたら入部届出してたのは致し方ないとして。沢山いるっていう話だった先輩たちが、そのお姉さん含めて全員、この春に卒業したばっかりの社会人ってどいうことだよ。新歓じゃなくて追いコンじゃねーかっ。送りだしてくれる後輩がいなくて寂しかったって、何の思い出もない俺に送られて嬉しいのかよ。ついその場のノリで感動エピソード捏造してみたら、酔った先輩たち涙ぐんでたけどさ!」


「わはははー」


「そんなわけで、ぼっちサークルのリーダーとなってしまったわけで、手元には依頼のお手紙だけが残されたわけで。だいたい今時、自筆の手紙でしか依頼受けつけないとか何様なのさ。適当なソーシャルアカウントぐらい作れよ……」


「まー捨ててしまえばいいのではー」


「そうはいかないだろう。得体の知れない学生サークルに手紙出すくらいだぞ、よっぽど切羽詰まってるに違いない」


「あるいは只の物好きー」


「といっても一人じゃ封を切る勇気も出なくってさ。ここで読みあげるから聞いてほしいんだわ」


「えーやだぷー」


「いや、そのくらいは役だってくれよ。ここの入院費べらぼうに高いからな。毎日、何食ってるのさ」


「私が食べているものは、いずれ私になるもの?」


「そりゃそうだろう。……お前やっぱ父さんの娘だよなぁ。そういう話の持っていき方な」


「ぶぶー私はお兄ぃの妹ですー。それ以上の属性が混ざると、私ちょっと私が分からなくなるからー」


「なにそれこわい」


「こわくないよー。お外はコワクナイヨー。やっぱりこわいよー」


「無理すんな、病人。しばらくは父さんからちょろまかした金で入院費は賄えるから、引きこもり大丈夫な。……で、依頼の手紙、読みあげていくぞ」


「あいー」


「一通目。有栖川ありすがわさんから。……なになに、えー、『祖父が遺した琴の楽譜を解読してください』だとさ。遺産絡みとは、ちょっと重そうな話だな」


「琴譜ってねー、流派によって書き方おもいっきり違ったりするからねー。ちょっと読んでみたいかもー」


「マジか。読めるのか。とりあえず楽譜もらってくるわ」


「よろー」


「二通目。静矢しずやさんから。……なんか字がのたうち回ってる。『悪い悪夢がぜんぶ悪いのでどうにかして。かつて雌雄を決した運命に酔ってる? 酔ってない? 人生という果てのない旅の春心と哀愁を呑んでいるにゃう』だとさ。なんだこれ。さすがに電波すぎるし無視でいいか……」


「無視いくないー」


「なんか筆跡がな。キッチンドランカーだった母さん思いだしてな」


「それは無視も仕方ないと思われー」


「三通目。伊宮さんから。……今度は達筆すぎて読みにくい。『恥ずかしながら、風蛇かざへび様に奉納する舞がどうしても纏まらず、練習を観てはいただけないでしょうか』だとさ。奉納とはいったい」


「向かいの山中にある、伊宮神社の巫女さんとかじゃないかなー。でもあそこ巫女神楽もうやってないってネットの噂だけどー」


「巫女さん! なんというか、神聖さあるな」


「えー私もあるー」


「それはない」


「引きこもり特有のミステリアスさなら、ワンチャンあるー?」


「ワンチャンない。……これで手元にある手紙は全部だ。月一くらいは依頼を受けておかないと譚丁サークルの体裁保てないと思うんだけど、ずばりどれが一番楽そうだろうか。やっぱ一通目か」


「んー。三通目も気になりますなー。暇潰しにねー、この街の気象データ追っててねー。街路がわりと網目になっているせいか、ちょっと風の流れが独特なんだよねー。四月に入ってから、異様に突風が多くてー」


「伊宮の神様が荒ぶってる、って? そんな馬鹿な。……ま、この街の信仰とかは知っておきたいし、とりあえず話くらいは聞いてみるか」


「聞いてみるかー」


「じゃあ、さっそく有栖川さん家と伊宮神社を訪問してくる。昨日、引き渡してもらったバイクの試運転かねてな」


「がんばってねーお兄ぃ探偵」


「ういっす」


「そうだー。どーでもいいけどー私の電話番号教えておくねー」


「え、なに、お前そんなコミュニケーションツール使えるの。そういうのダメとか言ってなかったけ」


「だってーそういうの頼みになると、面会に来てくれなくなるかとー。電話はねー音声の周波数劣化してー、ただでさえフラットなお兄ぃの声色が潰れてしまいますしおすしー」


「メールとかチャットは?」


「それなー。文字情報とか、感情表現劣化しまくりでー。論外ですー」


「分かった、分かった。もうちょい小まめに来るようにするから、さっさと電話番号を教えろ。バイクのインカムでも、着信受けられるようにしておく」


「えーとねー、私の番号はー。円周率の小数点何桁目に埋めこまれているかというと――」

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