第4話

第三節 蘇った先住民の「歴史を取り戻すパワー」


「先住民ピコートが、カジノ収益を新たなゲームに投資。投資先は政界」

 一九九四年夏のニューヨークタイムズ紙一面に掲載された特集記事の見出しである。

 白人移民との抗争や白人が持ち込んだ天然痘の蔓延で人口が激減したピコートは、長い沈黙を破り、不死鳥のように蘇ったのだ。

 ピコートの居留地はコネチカット州フォックス・ウッズ(狐の森)にあり、わたしは早速取材に出かけた。森林地帯の一角にモダンな建物群が並んでいる。

居留地内には巨大なカジノ・リゾートがあり、大勢の白人観光客らがゲームに興じていた。

 五つのカジノにその数五千八百というスロット・マシーン。テーブル数三百五十に千四百以上の部屋。二十四のレストラン。スペシャリティ・ショップが十七にゴルフコースと、その施設の巨大さには圧倒される。

 合衆国のカジノと言えば、西はラスベガス。東はニューヨーク・マンハッタン島の西にあるジャージィ・シティというのが、これまでの常識であった。

 ところが、コネチカットの片田舎にあるピコートの経営するカジノが、一九九五年、全米で最も収益率の高いカジノとして、一躍トップに踊り出たのだ。九四年の推定収益は約九億ドル(当時の円換算で約七二○億円)に達している。

政界への投資は、先住民政策に熱心な議員に対するロビー活動を支援する目的があるが、カジノが生み出す莫大なマネーは、居留地内に先住民歴史資料館を建設する費用に充てられる。

「失われつつある自らの歴史を取り戻し、アイデンティティを確立する」というのが最大の眼目だ。

 九千年以上も遡る部族の狩猟キャンプの跡や部族国家が繁栄した時代の砦跡などの発掘調査が進んでおり、考古学資料の編纂が急ピッチで行われていた。

 一九九八年八月十一日にオープンした地上三階、地下二階の博物館と研究センターは、建設費など総コストが約一億九千万ドル(約百五十五億円)で、民族学と古代学のコレクションと映画、ビデオ等によるアーカイブ資料を駆使して、ピコートの生活、文化、自然史を紹介している。

 また研究センターはアメリカとカナダに居住するネイティブ・アメリカンの歴史と文化を研究する学者のみならず、一般の利用も受け付ける開かれたセンターというのが売り文句で、年間のビジターは三十万人を数え、全米でも指折りの施設である。

 一方、子弟の教育にもとりわけ熱心で、幼稚園から大学まで、教育費はすべて部族が賄う。

 子弟の通う居留地の外にある学園が、九○年代初頭、経営が悪化した。校長が居留地を訪れ、学園に対する寄付を呼びかけたところ、ピコートの部族協議会は即座に寄付を決定した。協議会はその見返りとして、子弟の親が学園の運営委員に就任することを認めさせた。さらに、白人の子弟が圧倒的に多い学園の必修科目として、「アメリカ先住民の歴史」を取り入れさせた。

 ところが、事はそううまくは運ばない。白人の保護者が校長の独断を非難し、糾弾の矛先はピコートに向けられる。

「先住民がギャンブルで儲けたカネの寄付を学園が受けるとは何たることだ。神聖な教育を冒涜する行為だ」

「ピコートの連中はギャンブルのカネで土地を片端から買収して、われわれ白人の住む地域を植民地化しようとしている。彼らは帝国主義者だ」

 過激な白人の主張に、居留地では緊張が走った。

「白人は我々の努力を認めない。何が植民地化だ。帝国主義だ。お前ら白人こそが、我々の聖なる大地を踏みにじって来たのに、よくそんな事が言えるものだ。寄付は中止すべきだ」

「折角、白人社会との交流が始まろうとしている。白人全てがそんなことを言っているのではない。極一部の人間だけだ。大局を見ようではないか」

 結局、校長が粘り強く両者を説き伏せて、新しい取り組みが曲がりなりにも始まった。

 フォックス・ウッズの森は、ピコートから袂を分かったモヒーガンが暮しているウンカスビルから真東に約十キロ離れたところに広がっている。

 居留地の主な建物の入り口には、マシャンタケット・ピコートの国章が掲げられていた。

「マシャンタケット」は繁茂する樹林という意味で、樹林に奥深く分け入り、狩猟生活をしていたピコートの歴史を象徴している。国章には、小高い黒い丘の上に、枝を張った黒い大樹が青空を背にくっきりと浮かび、樹の下では白狐が佇(たたず)んでいる。大樹に寄り添う《白狐》はピコートの象徴であり、過去の凄惨な歴史を決して忘れない、という意味が込められているという。

黒い丘のところに族長のシンボルが白抜きされている。代表的な族長ロビン・カサシナモンのものだ。一六三七年の白人移民らによるピコート大虐殺後に族長となった人物である。

 その虐殺から三六○年余りの星霜が流れた今、不死鳥のように蘇った部族が《自らの歴史》を取り戻して、居留地の周りに広がる地域社会とどのような未来を築いていくのか。それはピコートのみならず、多数派である白人の課題でもある。

 ところで、ピコートをはじめ、アメリカ先住民が歴史を取り戻す手段となったカジノ経営の総収益は一九九五年に五十四億ドル(四千三百二十億円)だったのが、二○一二年には二百七十九億ドル(二兆二千三百二十億円)と記録的な伸びを示している。

 各部族は歴史を保存する資料館や学校の建設、それに奨学金など、部族の将来に収益を投資する一方で、部族構成員に対しても定期的に利益分配を行うまでになっている。

 二○一四年一月現在、全米二十八州にある四百二十以上のギャンブル施設を経営する約二百四十の部族が利益分配を実施しているという。 

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